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相手をこちらの色に染めるのではなく、自分と同じ色の陣地を広げることが重要

言うまでもないが、白い碁石は白のままで黒い碁石は黒いままだ。碁石の色を変えることはできない。碁盤の上で重要なのは「陣地」なのである。つまり、「相手をこちらの色に染める」ことではなく「自分と同じ色の陣地を広げること」が重要なのだ。(鈴木傾城)

教育の荒廃も「経済格差」から生まれ、それが日本社会そのものを荒廃させていく

日本人が日本いつまでも先進国であると思っている。そうだろうか……。非正規雇用者、ニート、引きこもり、生活保護受給者がどんどん増えていることを見ても分かる通り、今後は日本の底辺層は想像以上に増えていき、それが日本の標準的な光景になっていく。(鈴木傾城)

市来豊《いちき・ゆたか》氏のことと、電子書籍『カンボジア1993写真集』

我が友、市来豊《いちき・ゆたか》氏は、昔のカンボジアを知る「カンボジア友だち」である。1990年代のカンボジアに強烈に憧憬を持っている人間なんてそうそういない。市来氏はそんな稀少な人間のひとりだ。 私は1990年代の後半からカンボジアに入ったのだが、市来氏は前半から中盤にかけてカンボジアにいた。この頃、彼は私生活でいろいろゴタゴタがあって悩み多く、気がつけばフリーのカメラマンとしてカンボジアに入っ […]

まだ一年は半分残っているが、私自身はもう今年も東南アジア行きはあきらめた

先進国は着々とファイザーやモデルナのような「効くワクチン」の接種を終えていて、感染は広がっても死者が極度に減少しているので収束させやすい環境になっているのだが、途上国はまだまだ修羅場である。コロナでも先進国と途上国は収束に差が生まれている。(鈴木傾城)

セルフネグレクト(自己放任)によるゴミ屋敷。私も何かあればそうなるのか?

孤独によって心が荒んでいく人は多い。孤独がどうしても解消できず、「自分は社会に必要とされていない存在だったのだ」と悟った人はどうなるのか。やがて自暴自棄になり、世の中のすべてがどうでもよくなっていく。そんな中でゴミを捨てようという気になるだろうか?(鈴木傾城)

「誰とでも仲良く」は、あり得ない。きれいごとよりも現実を見よ

相手をハメて精神的に苦しめ、自分は被害者様になって要求をエスカレート、とことん相手を苦しめながら金を引き出させる。それが「被害者ビジネス」である。犯罪者は永遠に被害者の立場で威張り散らす。始末が悪く、陰湿で卑劣な犯罪である。性善説の日本人はこれに弱い。(鈴木傾城)

多文化別生。それぞれの国が独自の世界を構築して互いに干渉しない世界がいい

多文化共生というのは絵空事の話だ。そんなものが実現できていたら、人類は1万年前から平和だった。人種・宗教・言語・文化の違い……その他、ありとあらゆる違いが対立と衝突と暴力を生み出しており、人類はそれが解決できないのだ。だから、多文化別生でいいのではないか。(鈴木傾城)

日本人の貧困化は、「グローバル化」と「多文化共生」の2つがもたらしたのだ

日本企業は安い労働者の確保のため、最初は朝鮮人を、次に中国人を、現在はベトナム人を大量に受け入れた。もちろん、これで終わりではない。今後はインド圏の安い労働者、そしてアフリカの黒人も「グローバル化」と「多文化共生」で日本に大量に入り込んで日本に定着する。(鈴木傾城)

「運の良し悪し」というのは、意外に私たちの命運を決める大きな要素である

あまり認めたくない人もいるかもしれないが、何かの場面で助かるかどうかは、その人が善人や正しい人であるかどうかとあまり関係がない。悪行の限りを尽くしてのうのうと生き残る人間もいれば、善の限りを尽くしても非業の死を遂げることもある。そういう現象がある。(鈴木傾城)

私はワクチン積極派だがワクチンを拒絶したいフィリピン人の気持ちはよく分かる

調査機関の報告によると、フィリピン人の61%が「接種しない」と答えている。接種したくても政府の接種プログラムに問題があって受けられないのではなく、フィリピン人自らが「接種しない」を選んでいるのである。フィリピン人がワクチン接種を拒むのは理由がある。(鈴木傾城)

アフガニスタンの女性たちは解放されることはなく、見捨てられて生きていく

アメリカは敵国として浮上する中国に対抗する思惑を持ちつつ、2021年9月11日にアフガニスタンから撤退する。ガニ政権は取り残され、恐らく半年から1年で崩壊する可能性も指摘されている。イスラム原理主義集団であるタリバンが再びアフガンに君臨する。女性たちの地獄が始まる。(鈴木傾城)

社会は「自分で自分の人生を切り拓くことができない人」をも必要としている

好きでもないようなものは興味を失うのも早い。趣味であればすぐに見向きもしなくなるし、仕事であれば辞めることばかりを考えるようになる。日本人は合わない仕事でも惰性でだらだらと続ける人が多い。「好きなことで食べていく」という発想を持たない人が多いので、好きなことを仕事にしようとしないのである。(鈴木傾城)

自分を追い詰めるのは外部環境ではなく、しばしば自分が下した自分の判断から

振り返れば誰でも「あの時こうしていれば良かったのに」「あんなことをしなければ良かったのに」と思うことはいくつもあるはずだ。それは1つや2つどころではないはずだ。きちんと生きている人ほど多くの判断をしているわけで、そうした判断ミスの記憶も多い。しかし、そうした判断ミスがあっても人生が破綻しなかったということは、それは幸運なことであったはずだ。(鈴木傾城)

大林美佐子さんを悼む。今も無数の女性が支援から漏れたところで生きている

大林さんは殺されたことによって多くの人に薄幸の人生を知られるようになったが、今も名もない女性が路上をさまよい歩いて必死で生きている姿がある。無数の女性が、政府や行政や支援から漏れたところで生きている。日本のどん底《ボトム》は、より哀しい光景になっていく。(鈴木傾城)

『ブラックアジア外伝2 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化(完結)

本日は、『ブラックアジア外伝2 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化しております。『売春地帯をさまよい歩いた日々』は、これでほぼすべてコンテンツ化が終わり、これにてシリーズが完結したと考えて頂いて構いません。たくさんの書籍化に付き合って頂き感謝致します。

コロナウイルスがインドで凶暴に変異したことで、インドの女神を思い出した

インドの女神はどんどん凶暴な方に変異する。これが、インド国内に潜り込んだコロナウイルスが凶暴な方に変異する姿にダブった。「コロナウイルスもまたインドに入ったら、インドの女神のように振る舞うのか」と私は思ったのだった。「デルタ」はインド文化を学んだと肩をすくめた。(鈴木傾城)

他人の批判をモノともせずに突っ走っている人は、SNS時代に適応しているのだ

生きているだけで疎んじられ批判され、それがSNSで「見える化」される。そんな時、自分を理解してくれない人がいることに思い悩む人も多い。結論から言うと、最も合理的かつ効率的なのは、反対者や批判者はあっさりと「切り捨てる」ことなのである。(鈴木傾城)

『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化

本日は、『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化しております。『売春地帯をさまよい歩いた日々』は、タイ編〜カンボジア編〜インドネシア編〜インド・バングラデシュ編〜フィリピン編と刊行してきましたが、諸般の事情でこれに漏れたコンテンツを「ブラックアジア外伝」としてまとめました。

「排除アート」とは、アートのように見せかけたホームレス排除の芸術作品である

人々はホームレスを排除したい。できれば永遠に居つかないように何とかしたい。しかし、あからさまに追い出したり、看板を立てたりすると人権団体が怖い。だから、アートのように見せかけて、実は「ホームレス排除」が第一目的のオブジェクトやデザインが都市に増えるようになっていった。(鈴木傾城)

『ブラックアジア:フィリピン編 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化

本日は『ブラックアジア:フィリピン編 売春地帯をさまよい歩いた日々』を電子書籍しております。インド圏の売春地帯から再び東南アジアの売春地帯に戻り、私が目指したのは今までまったく関わりのなかったフィリピンでした。多くの男たちを売春地帯に引きずり込んだコンテンツの数々です。どうぞ、お読み下さい。

誰であっても誹謗中傷とは無縁でいられない「全方位の中傷時代」になったのだ

誰であっても、誹謗中傷とは無縁でいられない壮絶なまでの「全方位の中傷時代」になった。私は10年以上も前から「SNSは人をつなげるのではなく、人を攻撃する暴力の場になる」と言い続けてきた。実際にそうなった。インターネットは人々の悪意が渦巻く最前線と化したのである。(鈴木傾城)

『ブラックアジア:インド・バングラデシュ編 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化

本日は『ブラックアジア:インド・バングラデシュ編 売春地帯をさまよい歩いた日々』を電子書籍しております。インド編は一部が『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち』に掲載されておりますが、インド編の全体は、この『インド・バングラデシュ編』で読むことができます。(鈴木傾城)

自殺、心の破壊。日本は精神的に深刻な状態にある人がケアされない社会である

日本人はギリギリまで精神的なストレスに耐えて、耐えて、極限まで耐えて壊れていく。日本の自殺率が先進国で問題視されるほど高いのは、精神的に深刻な状態にある人がケアされないで放置されていることを意味している。だから、日本人の私たちは自分で自分の心を注意深く観察する必要がある。(鈴木傾城)

違った文化や思想を持った国が相手を尊重しつつ相互に利益を引き出す方法とは

現在の「多文化共生」は間違っている。なぜなら、それはひとつの国の中で、ありとあらゆる人種や宗教や文化や伝統をぐちゃぐちゃに混ぜて、「さあ、互いに共生しろ」と言っているからである。ひとつの国の中で「異質」を一緒にしたら、軋轢が生じるのは誰が見ても明らかだ。(鈴木傾城)

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