バングラデシュで湧き上がる「ボイコット・インディア運動」の裏側に何があるか?

バングラデシュで湧き上がる「ボイコット・インディア運動」の裏側に何があるか?

今、バングラデシュでは「ボイコット・インディア運動」が湧き上がっている。この運動はシェイク・ハシナ首相率いるアワミ連盟が4期連続で政権を獲得したことから生まれている。いったい、バングラデシュに何が起きているのか……。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

ボイコット・インディア(#BoycottIndia)運動が広がる

どこの国でも隣国とは国民感情が悪いのは周知の事実で、たとえばインドとパキスタンは同じ人種なのに宗教的な対立がこじれて犬猿の仲であり、「次の核戦争はインド・パキスタンであってもおかしくない」といわれるほどだ。

では、インドとバングラデシュはどうなのかというと、これまた良好とはいえず、最近は徐々に対立が先鋭化しつつある。

2024年1月、バングラデシュではシェイク・ハシナ首相率いるアワミ連盟が4期連続で政権を獲得し、最大野党のバングラデシュ国民党(BNP)が投票をボイコットしたことで、物議を醸した「一方的な」選挙が実施された。

選挙時には敵対する有権者に脅迫や政治的暴力が行われ、野党指導者は逮捕され、メディは規制された。反政府の抗議デモが湧き上がって10万人が集結して一部が暴徒化して放火も起きて死者も出たほど、ハシナ首相に対する抵抗は大きかった。

国際社会は公正な選挙を行うようにバングラデシュに働きかけたが、アワミ連盟は激しく拒絶し、結局は投票率が低迷する中でシェイク・ハシナ首相が当選した。もちろん、バングラデシュの国民は、この結果に納得していたわけではない。

シェイク・ハシナ首相のバックにはインドがいてバングラデシュの選挙に介入しているとしてインドを非難する世論が噴き上がり、ついに「ボイコット・インディア(#BoycottIndia)運動」「インディア・アウト(#IndiaOut)運動」が広がっているのが今の状況だ。

インド製品を拒絶し、ボイコットすることによって、インドとハシナ首相との関係を断ち切り、ハシナ政権を崩壊させるという「身を切らせて骨を断つ」運動なのだが、これがSNSで急速に広がっていてハシナ政権を神経質にさせている。

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経済格差によって両国の関係が不均衡になった

バングラデシュとインドの歴史は複雑だ。1947年、インドはイギリスから独立したのだが、当初からヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が激化して分離独立することが余儀なくされた。それがインドとパキスタンである。

パキスタンは東と西に分離していた飛び石国家であったが、やがてこの東西の対立も深刻化して、1971年に東パキスタンが独立してバングラデシュが誕生した。このような歴史があるので、三者は常に対立の火種を抱えており、何かきっかけがあるとすぐに衝突となって燃え上がる。

バングラデシュとインドのあいだには歴史問題もあれば宗教問題もあれば領土問題もあるのだが、最近になって深刻化しているのが経済問題だった。

インドは南アジア最大の経済大国となって発展していく一方で、バングラデシュは開発途上国のまま取り残されている。この経済格差が、バングラデシュ国民のあいだでインドに対する不満を生み出す要因となっているのだった。

経済格差によって両国の関係が不均衡になり、結局は経済が強いインド側の意向が通りやすくなる。たとえば、2020年、インド政府はバングラデシュからの牛肉輸入を禁止している。

これはバングラデシュで牛疫ウイルスが検出されたことによる措置だったのだが、この措置が一方的かつ強硬的だったので、バングラデシュの畜産業は大ダメージを受けた。

インド側は自国の防疫対策のためにやったことなのだが、バングラデシュの国民からすると、こうした一方的な措置がインドの横暴に見えたのだった。「ヒンドゥー教徒のインドが、イスラム教徒のバングラデシュ人を見下している証拠だ」と憤る声も上がっていた。

しかし、シェイク・ハシナ首相はそのインドにぞっこんで「インドは偉大な友人だ」と述べている。国民感情と、独裁者ハシナ首相のあいだには深い温度差があった。

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バングラデシュの経済そのものにダメージを与える

「シェイク・ハシナ首相はインドと結託することによって政権を維持しているから、インドは偉大な友人みたいな発言が出てくる」と国民は見ている。

そのハシナ首相が独裁に向かいつつあるのを国民は納得していない。その結果として、バングラデシュは反政府運動が大きな問題になっていき、ハシナ政権を揺るがそうとしているのだった。

圧倒的な組織力で選挙不正を強行して政権を維持するシェイク・ハシナ首相に対して、野党側はもはや選挙で勝つ能力は喪失してしまったに等しい。そのため、野党もまたこの「ボイコット・インディア運動」を利用して、支持を広げようと動き出している。

最大野党のバングラデシュ国民党(BNP)の幹部たちは「前回の総選挙でインドがいかに干渉したか、皆さんはご存じのはずだ」と述べ「私たちは皆、ボイコット・インディア運動をはじめなければならない」と呼びかけた。

「我々はインド製品をボイコットしなければならない。インド製品を買わないし、親戚にも買わせない」

実際、ダッカとチッタゴンのいくつかの店舗の従業員は、食用油、加工食品、トイレタリー、化粧品、衣料品など、一部のインド製品の売り上げが落ち込んだとマスコミに語っている。

この運動がもっと広がっていくことになると、深刻な影響を及ぼすかもしれない。

しかし、そのボイコット・インディア運動は、ハシナ政権にダメージを与える前に、バングラデシュの経済そのものにダメージを与える運動でもある。

「インド製品をボイコットしろ」と叫べば叫ぶほど、インド製品の売り上げが落ちて、インド企業もバングラデシュへの進出を避けるようになる。さらにこのボイコット運動がインド側に伝わることによって、インド国内でもバングラデシュに対する心情は悪化する。

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ボイコット・インディア運動は両刃の剣

この運動を主導するのは、フランス在住のバングラデシュ人ピナキ・バッタチャリヤ氏である。

「今回、国際社会はバングラデシュの総選挙が自由で公正な方法で行われることを望んでいた。しかし、その選挙は自由でも公正でもなかった。この選挙はインドがあからさまにシェイク・ハシナに味方したあと、茶番選挙をなんとか実施した」

インドはそれを否定しているが、ハシナ政権がインドとは良好な関係を保てる政権であるというのは認めている。

「ハシナ政権は、インドの安全保障、戦略的、経済的利益に資する」

しかし、政権維持と独裁化のために国民を弾圧するハシナ政権や、バングラデシュに対して高圧的で見下している感のあるインドに対して、バングラデシュ国民の不満は募る一方であり、それがボイコット・インディア運動に力を与えている。

バングラデシュにとってインドは重要な貿易相手でもある。これが広がっていくと、インドとバングラデシュの経済関係も断ち切られてしまい、孤立したバングラデシュ経済はますます困窮していくことになる。まさに両刃の剣である。

シェイク・ハシナ首相は、もちろんこの運動に対しても徹底的な大弾圧によって解決を図るだろう。もし、それによって運動にかかわっている人間たちが、徹底抵抗のために過激化するようになると、バングラデシュは大混乱に見舞われていくことになる。

シェイク・ハシナ首相の大弾圧によって反政府側は壊滅させられるのか、反政府側がハシナ政権に打撃を与えるのか。それとも、対立が拮抗してバングラデシュは財政破綻してデフォルト(債務不履行)に追い込まれたスリランカのようになってしまうのか……。

どのような結末になっても、バングラデシュには一波乱ありそうだ。

ブラックアジア
『ブラックアジア・インド・バングラデシュ編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』

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