レッドタグ。共産主義者排除のためのフィリピン政府による仕組みは維持されるか?

レッドタグ。共産主義者排除のためのフィリピン政府による仕組みは維持されるか?

フィリピン政府は共産主義者を明確に「国家の敵」と定義し、国家の安全保障に対する脅威と見なしている。そこで、こうした危険な共産主義者を社会的に排除するための動きとして、システム化されたのが「レッドタグ」である。共産主義者をピンポイントで排除していく仕組みだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

共産主義者を社会的抹殺するシステム

民主主義国家・資本主義国家にとって共産主義は、社会の根底を破壊する害悪として認知されており、多くの資本主義国家にとって国家転覆をもくろむ共産主義者の排除は社会的重要事項のひとつでもある。

共産主義は資本主義を否定するだけでなく、宗教をも否定する。そのため、宗教心の厚い国であれば、なおのこと共産主義の排除は喫緊の課題となる。東南アジアで言うと、たとえばフィリピンは共産主義者に対する嫌悪やアレルギーが強い。

フィリピンはもちろん、民主主義国家・資本主義国家の一員でもある。

それだけでなく、この国は東南アジア有数のカトリック教国家であり、歓楽街や背徳区(Red-light District)に生きている女性ですらも十字架のペンダントをして、処女を守り切るような意識を持っている女性もいる。フィリピンの共産主義排斥意識は非常に強い。

こうした国情を受け、フィリピンには「レッドタグ(Red-Tagging)」と呼ばれるものが存在している。共産主義者や、国際人権団体が激しく批判しているのが、この「レッドタグ」である。

かつて、アメリカでは共産主義者をあぶり出して社会から放逐するマッカーシズム運動があったのは有名だ。1948年〜1950年代前半に起こっていた運動だ。反共運動の一環として今でも広く知れ渡っているものだが、フィリピンの「レッドタグ」はこれに近いかもしれない。

レッドタグは、フィリピン国内に棲息する共産主義者・共産主義団体を吊しあげて、社会的抹殺するためのシステムとして機能している。

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フィリピンの共産主義者は危険な存在だった

フィリピンに、この「レッドタグ」ができたのは、実際にフィリピンでは共産主義者によるテロや拉致や暴力などの犯罪行為が横行していたからだ。

フィリピンにはフィリピン共産党(CPP)が存在するのだが、この組織の軍事部門として1969年に設立されたのが「New People’s Army(新人民軍)」である。通称、NPA。

このNPAは毛沢東主義に汚染された凶悪犯罪テロ組織であり、全盛期には2万5000人もの兵力を誇示して反体制派の牙城となっていった。1970年代、1980年代にわたって政府軍としばしば交戦してフィリピンの治安を乱している。

1990年代にはフィリピン政府も本腰を入れて、NPAを撲滅しようとしたが、衰退はしたものの今も依然として反政府組織として数千人もの人員を抱えてテロ活動を行っている。

外国人の拉致・身代金の要求は、イスラム過激派のアブサヤフが有名だが、このNPAも同じことをしている。こうした動きを見てもわかるとおり、フィリピンの共産主義者は、実際に社会に大きな懸念となっているのだった。

フィリピン政府はこうした共産主義者を明確に「国家の敵」と定義し、国家の安全保障に対する脅威と見なしている。そこで、こうした危険な共産主義者を社会的に排除するための動きとして、システム化されたのが「レッドタグ」だったのだ。

政府の内偵によって、共産党員や、NPAなどの共産系テロ組織の構成員や、その支持者・共鳴者に対して「タグ」をつけ、ピンポイントで社会から排除していく。レッドタグのレッドは、まさに「共産カラー」を指している。

フィリピン政府は、このレッドタグのターゲットを名指しで批判し、この人物を雇っている組織や所属している組織に解雇を求め、さらにこの人物が抵抗するのであれば容赦なく「反政府活動をおこなっている」として逮捕してきた。

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政府によるレッドタグの乱用化がはじまった

フィリピン人の大半は共産主義に嫌悪しているので、この政府当局が行っているレッドタグに関しては黙認している。しばしばテロを行って治安を乱す反政府組織の壊滅のためには必要なものであると考えている。

しかし、ドゥテルテ元大統領の時代になってから、このレッドタグの危険性が急速に問題視されるようになってきた。

当時のドゥテルテ大統領は、しばしば自分の政治的な敵対者や、社会運動家、人権活動家、ジャーナリストなどをレッドタグ化するようになっていったのだった。

つまり都合の悪い人物や団体を「共産主義者や反政府活動家と結びついている」と名指しで非難し、社会的な非難や法的な問題に巻き込むことで、彼らを沈黙させようとするようになったのだった。

レッドタグによる政府批判者の口封じは歴代政権が秘かにおこなっていたのだが、ドゥテルテ大統領はそれがあからさまだった。つまり、政府によるレッドタグの乱用化が公然とおこなわれるようになっていた。

これによってレッドタグの問題は、言論の自由、結社の自由、および民主的なプロセスへの影響に関する懸念を引き起こす元凶となった。

当時のドゥテルテ大統領は国民に圧倒的に支持された大統領であったが、けっしてクリーンな政治家であったわけではない。

たとえば、ドゥテルテはフィリピンで蔓延しているドラッグ禍を一掃するために警察官に「私刑」を裏で許可して、違法な密売人の射殺や拉致や拷問が横行した。

こうした現状を暴いたジャーナリストもレッドタグの対象となって、起訴されたり、解雇されたり、脅迫を受けるようになっていった。

実際、ドゥテルテ大統領を激しく批判していたジャーナリストのひとりは、7年近くも拘束されるという事例もあった。

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レッドタグによるフィリピン国内のせめぎ合い

ドゥテルテ大統領時代、共産主義とはまったく関係なくても、現政権に不利なことを書いたり放映したりしたジャーナリストやメディアはレッドタグで社会的に抹殺されるリスクが高くなった。

ターゲットとされた個人や団体は、名誉毀損や身体への危害を恐れ、実際に自己検閲を余儀なくされた。もう政府批判ができなくなった。

ドゥテルテ大統領からボンボン・マルコス大統領に代が変わったら、このレッドタグの乱用は収まると思われたが、実はマルコス大統領もまたレッドタグを自らの批判を抑えるために利用している。

結局、レッドタグは、政府による抑圧や権力の不当な行使と見なされ、国内外の人権擁護団体や国際社会からの非難を招く結末となったのだった。彼らはこのようにいっている。

「レッドタグは、致命的な人権侵害につながりかねない嫌がらせの一形態であり、人権促進というマルコス大統領の公約に反する」

もちろん政府関係者は、「レッドタグは「国家安全保障の観点から必要であり、正当な手段である」と主張している。ただ、マルコス大統領は強硬一点張りではなく、事態を改善するという約束はしているのだが、レッドタグをなくすことについては恐らく1ミリも考えていないと思われる。

なぜなら、「人権を守れ」と叫んでいる人々がまさに共産主義者・リベラルの人間たちであり、この機会にレッドタグをやめさせれば彼らが自由に活動できるようになるからである。

フィリピン国内の動きを見ていると、共産主義者の根絶がいかに困難なことなのかが見えてくる。

レッドタグによるフィリピン国内のせめぎ合いはこれからも続きそうだ。

ブラックアジア・フィリピン編
『ブラックアジア・フィリピン編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』

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