
富裕層はより多くの資源やチャンスを独占し、貧困層は基本的な生活すら維持できなくなる可能性がある。この格差は単に金銭的なものだけでなく、教育や医療へのアクセス、社会的な影響力にも及ぶ。結果として、社会の階層化が進み、上昇移動の機会が失われていく。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
日本人はそれが何を意味するのか気づいていなかった
社会は転々と変わっていく。日本の場合は、悪い方向に悪い方向に……。
たとえば、1954年から始まった日本の高度成長は1970年代には石油ショックと共に頭打ちになった。しかし、その頃はもう日本企業の土台は固まっていて、そこから地道な成長となっていった。
そして、1980年代の半ば以後、日本はバブルの時代へと突入していった。日本の土地と株式はうなぎ上りに上がっていき、どんなに借金をして不動産を買っても土地の値段が上がるのが早いのですぐに借金は回収できた。
そのため、多くの人が土地転がしで豊かになり、手に入れたあぶく銭で踊り狂った。企業は全世界の土地を狂ったように買い込み、社員に高給を支払い、普通の女性事務員が給料を少し貯めたらヨーロッパ旅行に行ってルイ・ヴィトンを爆買いするような時代だったのだ。
しかし、そんな時代は長く続かない。1990年代に入ると同時に、日本は「バブル崩壊」で沈んでいった。
日本の経済的な成長は馬鹿げたバブルと共に破裂して消え去り、ここから日本経済は立ち直ることなく坂道を転がり落ちていった。
1993年には不動産の総量規制が取り入れられ、土地価格は下落し、株価も下がり続けていく。日本の経済成長と内需は、間違った経済政策によって吹き飛ばされ、政治の無策もあって日本は現在も復活していない。
当初、日本人は1990年のバブルで日本の経済環境が完全に変わったことに気づいていなかった。
1990年のバブル崩壊の途上でも、人々は給料が増え、会社は終身雇用で、土地は上げ下げはあっても基本的には右肩上がりであると信じていたのだ。季節が巡るように、やがて戻ると思っていた。
ところが、戻らなかった。
バブルが崩壊して10年ほどたつと、日本人が信じていたそういった「古き良き時代」はすでに終わったと誰もが感じるようになった。
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時代が変わると、もう前の時代には戻らない
この頃から世界はグローバル化が猛烈に突き進んでいたのだが、日本企業もそのグローバル化に巻き込まれて、苛烈な競争の中で戦うことになっていった。
企業は「安く生産できる国」に移転して工場を作るようになり、安い価格で商品を生産できる企業がグローバル化の中で勝ち上がっていくようになった。
価格競争に勝つためには、徹底的なコスト削減が必要なのだが、そのために大きなネックとなるのが人件費だ。日本企業も人件費の削減を余儀なくされ、年功序列も終身雇用も維持できなくなっていく。
経費の削減で使われたのが非正規雇用というシステムだ。以後、若者は正社員ではなく非正規雇用で雇われるのが当たり前となっていき、彼らは低賃金のままこき使われるようになり、景気が悪化したら真っ先に切り捨てられた。
若者の貧困と格差は爆発的に広がり、それが少子高齢化を促すことになり、日本社会を衰退させる大きな要因ともなっていった。
注意深く観察してみれば「石油ショック」で違う世界になり、「バブル崩壊」で違う世界になり、「グローバル化」で違う世界になったことがわかる。
時代が変わると、もう前の時代には戻らない。問題なのは、その変化の過程の中で、置き去りにされて貧困に落ちてしまう人が大勢いることである。バブルが崩壊して、変化に気づかなかった人はみんなどん底に突き落とされた。
非正規雇用が増えていったときも、「この流れが続けば貧困層が増える」と気づかなかった人も多かった。
非正規雇用の貧困の若者が増えたときに「自己責任だ」と彼らをあざ笑った人もいた。しかし今では、それは時代の変化が生み出した貧困であったことをやっと人々は理解するようになっている。
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将来はもっと悪くなる。下手したら困窮する
企業はグローバル化で激しい競争にさらされ、少しでも業績が悪くなるとすぐにリストラするようになった。また、非正規労働を増やして「すぐに切れる」人材を欲するようになった。
そのために中高年でも再雇用されるときは、多くがかつてより悪条件か、低賃金になっていったのだ。家庭崩壊も珍しくなくなり、結婚が贅沢な時代になり、なんとか結婚しても離婚も当たり前の時代になり、シングルマザーも増えていった。
政府も少子高齢化を放置したツケを国民に払わせるために、年金削減、社会福祉削減、ステルス増税、社会保険料の引き上げなどに走っている。すでに国民負担率は50%近い。
今の政治家はもう日本を良い方向に改善するような能力を持っていない。裏金やら利権やら私利私欲ばかりを追いかけ、政治で日本を良くするのではなく、政治で自己顕示欲を満たすだけの「政治屋」だらけである。
そうでなければ、親父の利権を受け継ぐために政治をやっている世襲政治家ばかりで、誰も国民や国家のことなどまじめに考えていない。
日本は政治家の無策が生み出す不景気で、今後の社会はもっとリスキーな社会になってしまう。すでに少子高齢化で、社会のバイタリティも消えている。内需が期待できない時代がこれからも続く。
不安定な土台の中では、少しでも足を踏み外すと、いきなり転落していくという時代なのだ。転落の地獄は、どん底にいる人が何をしても抜け出せないという地獄とは、また違った恐怖がある。
今、国民の誰もが「将来はもっと悪くなる。下手したら困窮する」という転落の不安と恐怖を感じながら暮らしているのだ。
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その不安と恐怖はいずれ実現してしまうのだろう
政治家が愚鈍すぎて、日本の現状は変えられないかもしれない。そうであれば、日本は衰退していくしかない。多くの国民が貧困世帯に転落していく。今ある生活が、ガラガラと崩れていくのだからこれほど恐ろしいことはないだろう。
ここから逃れるには、もう無為無策のままぼんやり生きていくだけでは間に合わない。とにかく、今の絶望的な日本社会の中で、蹴落とされないようにサバイバルを必死で考えなければならない。
これからAI(人工知能)が社会を変革していく時代になるのだが、この新たな変化でも、立ち位置がマズくて転落してしまう人が続出するだろう。これ以上、日本社会が悪化すると、国も企業も国民を助ける余裕がなくなっていく。
2023年のデータでは、貯金のない世帯は全体の約34%となっている。日本の世帯数は約5700万世帯なので、貯金のない世帯は約1710万世帯となっている。世帯あたりの平均人数を2.5人と仮定すると、約4275万人が貯金のない人たちということになる。
国家や企業が国民を救えなくなるのであれば、社会は弱肉強食に落ちていく。
弱肉強食の社会では、資本主義の競争原理が強く働く。企業や個人は、短期的な利益を追求し、競争に勝ち残るために他者を犠牲にすることがあるのだが、その傾向は非常に強くなっていく。
道徳や法律、社会的規範が無視され、力のある者が弱い者を支配し、搾取する状況が鮮明になる。そのため、富の偏在が極度に進む。
富裕層はより多くの資源やチャンスを独占し、貧困層は基本的な生活すら維持できなくなる可能性がある。この格差は単に金銭的なものだけでなく、教育や医療へのアクセス、社会的な影響力にも及ぶ。結果として、社会の階層化が進み、上昇移動の機会が失われていく。
弱肉強食の資本主義が進めば進むほど、「自分で」自分を何とかしなければ、どん底に堕ちる。転落の不安と恐怖はますます国民の心の中に蔓延していくことになる。そして、その不安と恐怖はいずれ実現してしまうのだろう。

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