売春地帯をさまよい歩いた日々:インド・バングラ編

売春地帯をさまよい歩いた日々:インド・バングラ編
インド売春地帯ほど、資本主義が剥《む》き出しの場所はない。多くの日本人が耐えられないほどの格差と残酷さがそこにある。そこは「地獄」と言っていいかもしれない。それがインド売春地帯である。資本主義は豊かな者と貧しい者を|乖離《かいり》させる。富める者はますます富み、貧しい者はますます奪われていく。インドでは中部の農村とニューデリーやムンバイの中流階級では収入が百倍にも二百倍にも違ってくる。昨今の世界経済では中国と並んでインドもまた次世代の投資先として脚光を浴びているが、利益を得るのはインドの本当...
ムンバイはインド最大の商業都市として知られている。この地にはいくつかの荒廃した売春地帯があって、カマティプラはその中の最大の場所だ。ひとことで言うと、とても荒んでいる。それは、ここがスラムに囲まれた売春地帯だからというだけではない。地域の荒廃、建物の荒廃よりも何よりも、もっと荒廃しているのは「女性たち」そのものだった。比喩ではない。カマティプラの女性の肉体は、見てて傍目でも分かるくらいボロボロだ。女性の心もまるで暴力に占領されてしまったかのようだ。粗野で、暴力的で、意固地で、憎悪を剥き出しに...
ヨーロッパの敬虔なキリスト教徒が何かプレッシャーがかかったとき、十字を切るしぐさをよく行う。東南アジアの人々が祈るときは、無意識に合掌(ワイ)をして目を閉じる。イスラム教徒は天を仰いで神を呼び込むしぐさをする。信じられているものが、ジェスチャーとなって現れる。インド圏は神々が大地を覆っている。人々は全員それを信じているので、共有された「神」という概念が人々から人々へと移り渡り、本当に神がいるかのように見えることもある。だから、インドの人々は多くの「おまじない」のジェスチャーを持っている。イン...
インド・ムンバイの売春地帯では売春宿のことをときどき、ケージ(鳥かご)と呼ぶ人もいる。女性たちがそこに閉じ込められていて、鉄格子で締め切られ、入口には用心棒が立って逃げられないようになっている。なぜ逃げられないようにしているのか。それは、女性たちを人身売買で連れてきているからである。言うことを聞かない女性を、閉じ込め、密室の中で虐待するのである。牙を抜かれ、女たちが運命に押しつぶされて逃げることを忘れたら、彼女たちはスラム売春地帯のようなところに転売されて、一生涯、売春地獄から逃れられないよ...
世の中には行ってもいい売春地帯と行ってはいけない売春地帯がある。インド圏の売春地帯は行ってはいけない売春地帯の筆頭である。インドは、どこも地獄だ。女性の50%はエイズ。場所によっては80%がエイズ。淋病、梅毒、尖圭コンジローマ、パピローマ・ウイルスは蔓延し、人身売買で無理やり連れてこられた女たちがたくさんいる。部屋にはシャワーもない。プライパシーもない。建物の中にひったくりがいる。そして、ボスは全員が拝金主義者である。それだけではない。もっとひどいのは女たちの内面だ。殺伐としており、親しみも情感...
性行為の「一連の動き」を厳格に決めている女性がいたとしたら、あなたはどう思うだろうか。最初は、騎乗位、次は正常位、動きのスピードはこれくらい、と決められていて、それから外れると殴られる。まるで流れ作業のように進行させられ、それから外れることは絶対に許されない。それが「唯一絶対の性行為」だと思い込んだ女性がこの世にいる。しかも彼女の中ではそれが「常識」で、とにかくそれ以外の進行は許されないと頑なに信じ込んでいる。とても不思議な「思い込み」なのだが、そのような思い込みが刷り込まれた女性が本当にい...
あなたは手っ取り早く金が欲しいだろうか? 真夜中のアジアに沈没していると、様々な人間が、様々な「手っ取り早く金になるビジネス」を持ちかけてくる。バンコクでは「パスポートを売ってくれ」と言われた。日本人のパスポートは高く売れる。それを、買い取ってもそれを転売すれば金になる。利益は折半だと言われた。「結婚して日本に連れて行ってくれ」と提案されたこともあった。「日本に入ることができたら金を払う」という。偽装結婚だ。日本に連れて行くと金になる。そうかと思えば、インドネシア・バタム島では親しくなった用...
インド・コルカタの売春窟ソナガシはコルカタ最大の売春地帯であり、エイズや性病の蔓延する汚染地帯でもある。アンジェラという女性が、このソナガシの中ほどの建物の三階に、息を殺すようにひっそりと生きていた。彼女のいたこの売春窟は、異様な雰囲気が漂っている場所だった。部屋には窓が一切なく、完全に密閉されていた。階段のわきでガスコンロから大量の火を放出させながらひとりの男が何か食べ物を作っている。薄暗闇の中で、めらめらと燃える火が悪魔的で、階段を上がりながら奥へ奥へと入り込むと、もしかしたらもう二度と...
食うに食えない、命がけの男たちの切羽詰まった血走った目。必死の表情。そして逃げても逃げても追いかけてくるゾンビのような執念深さ。それはストリート・ピンプの姿だ。ストーカーに追い詰められている女性が世の中にはいる。彼女は、監視され、どこまでも執拗に後を付けられ、プライバシーにまでのぞき込まれる。そんな女性の精神状態を男も体験したければ、インド・ムンバイのカマティプラに行けばいい。きっと同じ恐怖を味わうことができる。殺伐とした売春地帯では、ストリート・ピンプに取り巻かれることになる。そして、どう...
インドをさまようようになると、さまざまな人間に会い、さまざまな光景に遭遇する。ストリート・ピンプ。道に立つ原色の売春女性。彼女たちの子供。彼女たちの客。屋台で働く男。身体の一部が変形した奇形者。麻薬中毒患者。そして性的な倒錯者ヒジュラ……。その誰もが良くも悪くも非現実的で、滑稽で、圧倒的な存在感がある。インドではどんな存在があってもおかしくない。だから、とても不思議な化粧をして、まったく予期しない行動を取る女性がいてもおかしくない。コルカタの売春地帯、ソナガシにとても奇妙で行動が予測できない女...
インドの売春地帯は本当に荒んでいて、どこを訪ねても晴々とした気持ちになることなどまったくない。それはニューデリーだろうが、コルカタだろうが、ムンバイだろうが、同じだ。荒廃の状況はそれぞれ違うのだが、どうであっても荒廃しているのは間違いない。ムンバイ郊外にあるガート・コパールも同様だ。この売春地帯はインドの列車が通る線路脇に作られたスラムから派生した売春地帯である。建物は強い豪雨でも来れば吹き飛んでしまいそうな粗末なバラック小屋が建ち並び、列車が通るたびに地震のように揺れた。過去に何度か放火さ...
売春宿で水を飲むというのはよくあることだ。少なくとも女性は親切で水を差し出してくれる。それは拒絶できない。インドでは相手の差し出す水を飲むことによって、相手のカーストや人を受け入れたという意味がある。もし女性を受け入れたと示したいなら、コップに差し出された水はどんな水であれ、受け入れなければならない。だから、彼女たちが見るその前で水を飲み干す。しかし、もし女性が邪心を抱いて睡眠薬を混ぜていたとしたら、ひとたまりもない。もし、インドの売春地帯で睡眠薬を盛られたらどうなってしまうのか。私が持って...
インドの売春地帯に放り込まれた女性は、文字が読めないどころか、まったく教育を受けたこともないことが珍しくない。そんな中で、激しい自己主張を繰り広げ、生きるために信じられないほど荒々しく、粗野になった女性も多い。売春地帯では年中、どこかから女性の罵声や悲鳴が聞こえてきたり、女性同士が殴り合って喧嘩している姿を見る。欧米や東南アジアの売春地帯では、男というのは「誘う」ものだが、インドの売春地帯では鷲づかみにして「引きずり込む」ものだ。男が抵抗すると、どうなるのか。もちろん思い切り殴りつけてくるし...
インド・コルカタの売春地帯ムンシガンジ・スラムの一室で窓の外を眺めていると、ギャングの一団が見えた。女性を威圧するような目つきで歩く男たちの姿は、遠くから見ていてもどこか背中が冷たくなるような緊張を覚える。「ほら、ギャングがいる」一緒にいた女性に言うと、彼女は恐る恐る窓の外を眺めたが、やがて静かに窓を閉めた。彼女の大きな目はどこか不安げだった。ギャングたちを怖がっているのがその挙動で分かった。饒舌な彼女から声が消えたのは、無意識に自分の存在を消そうと思ったからだろう。ムンシガンジにはギャング...
想像してみて欲しい。あなたの両親は掃除や死体処理の仕事をしていて、あなたもその仕事しか就けない。あなたは教育を受けられなかった。あなたは字も読めないし計算もできない。あなたはいつも殴られ、いじめに遭って逃れられない。警察もあなたの敵で助けてくれない。あなたが女性なら、知らない男にレイプされても泣き寝入りするしかない。反抗すると虐待される。たとえば、人糞を食べさせられるかもしれない。灯油をかけられて燃やされるかもしれない。自分だけでなく、家族まで巻き添えになって殺されるかもしれない。そんな境遇...
はじめてムンバイに入ったのは、真夜中だった。空港からタクシーで中心街に入る際、じっと外の光景を見ていたが、絶句するしかなかった。(ここは戦争でもあったのか?)くすんだバラック小屋。焚き火。道ばたで崩れ落ちるようにして眠っている莫大な人々の群れ。道路の片隅にうずくまって、じっとこちらを見つめる陰気な目。暗闇でゆらめいている真っ赤なサリー。想像を超える貧困の光景に、言葉を失ってしまった。目の前の光景は、本当に尋常ではない。まるで爆弾が投下され、死体が累々と重なった戦場を思い起こさせるほどの異様さ...
アジアの雨期は、身体を壊した人間にはとても辛い。昔は豪雨に当たろうが、泥の中に転がり落ちようが、まったく意に介さなかった。今はそうではない。傘をさして歩くのもつらいし、道が薄い川のようになって排水溝に落ちていく中を歩くのはもっとつらい。濡れるのも嫌がるようになった。あれほど雨期の売春地帯の想い出があって、多くの国で雨期を楽しんできたのに、今はスコールがやってくる前の湿った臭いを嗅ぐだけで、もう宿の自分の部屋に戻って、一歩も動きたくなくなってしまう。無尽蔵の体力を持っていたときには天候がどうで...
あなたは、太陽が憎いと思ったことがあるだろうか。私はある。インドで、生まれて初めて太陽が憎いと思った。熱帯の国が好きだったはずだが、インドで膨大な熱を放出する燃える赤い球体に文字通り、殺意を覚えた。来る日も来る日も続くこの灼熱地獄に苦しめられていると、だんだん自分の中でどこか正常な感覚が壊れていく。身体の内部から熱くなって悶え苦しむ。何しろ、真夏のコルカタの気温は簡単に40度を超す。かつては湿原地帯だったコルカタの真夏は、この国を統治したイギリス人を何百人も病気にして死に追いやったが、確かにこ...
インドでは出会う女性すべてが、禍々しいまでに強烈だ。強烈な個性、強烈な行為、そして信じられないまでの強引さと予期せぬ行動……。日本や東南アジアで培ってきた常識や暗黙の了解は、インドの女性にはまったく通用しない。気質も、性格も、行動様式も、何もかもがまったく違う。常識が通用しないし、合理性も、一貫性もない。そして、大きなものがひとつ欠けている。それは「モラル」だ。ソウビターという女性がインド・コルカタにいた。完全にインド人としての特質を併せ持った性格の女性だった。常識が通用せず、強引で、自己中心...
インドの売春地帯で知った顔が増えてくると、あちこちの女性と話し込むことも増える。女性たちも、異国から来た男に慣れてくると、暇つぶしにちょうどいいと思うのか、帰ると言っても帰してくれない。話の内容は、どの女もほとんど決まっている。他の女の悪口か、自分はいかに金がなくて生活がつらいかという愚痴である。そして、最後には「金をくれ」「バクシーシ」となる。どうしても男が金を出さないと、金切り声を上げて、罵ったり泣き落としにかかったりする。他の国の人たちのように最後まで談笑というわけにはいかない。しかし...
コルカタで何人も忘れられない女性ができたが、売春地帯の人間の入れ替わりは激しい。女性は在籍していた売春宿から、何の前触れもなく忽然といなくなる。大抵はインドの他の歓楽街を流転しながら売春ビジネスを続けているのだが、何人かの女性は故郷に帰ったと聞いた。彼女たちの故郷……。それはインドのどこかの地方ではなく、隣国バングラデシュのことだった。コルカタで知り合った女性の何人かはバングラデシュから流れてコルカタにやって来ていたのだ。インドは文化も身分もそうだが、人種もまた魑魅魍魎を思わせるほど多彩だ。白...
ゆっくりと寝たかったが、バングラデシュ・ダッカの朝は車の振動とクラクションの音と人々の叫び声や何かで寝てられなかった。仕方がなくベッドから起き出して安ホテルを出た。行く当てもないので、寝ぼけ眼のまま近くにあったレストランに入る。内部は暗く、テーブルもイスも明日には壊れそうなほど古く汚れていたが気にしなかった。起きたばかりでまだ半分寝ているような状態で食事を頼み、出された水を飲んだ。出された水は恐らく井戸の水だと思う。コップの水を飲み干すと、底は水苔のような汚れで真っ黒になっているのに気がつい...
売春地帯の奥に、ひとりの女が立っていた。クリーム色のパンジャビー・ドレスを着てグレーの模様の入った布を肩にかけ、人を避けるようにして立つ彼女の姿は、妙に薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。歳は20歳を過ぎたくらいだろうか。異様に痩せていて、私を見つめる目は無関心に近かった。ただ黙って立って、売春地帯を行き来する男たちを見つめているのだが、心はどこか他にある、いや心というものは、すでになくなってしまったかもしれない……そんな風に感じさせる女性だった。誰も彼女に話しかけないし、彼女も誰とも話そうともしな...

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