タイは世界に名だたる観光立国であり、訪れる観光客は増え続ける一方だ。
パタヤやプーケット島、サムイ島、ピピ島、パンガン島などはリゾート地としての設備を整えて、毎年押しかけてくる観光客の受け入れに余念がない。
多くの観光客が訪れてリゾートとしての設備が整うにしたがって、かつては不良外国人の溜まり場でもあったサムイ島などは急速に浄化されて、邪悪な雰囲気はひとつひとつ消されていったようだ。
邪悪な雰囲気。それはセックスとドラッグが産み出した無法の匂いだ。サムイ島には一度しか訪れていない。
この頃、この島は不良外国人が集う第一級の無法地帯であり、ドラッグ汚染地帯であり、売春地帯であった。
この島がいまだに忘れられない理由は、この島の開放的で自由で強烈な体験はもう二度とできないに違いないと確信しているからだ。
コ・サムイ。「コ」はタイ語で島という意味であり、コ・サムイというとサムイ島という意味になる。
この頃のコ・サムイはまだ飛行場がなかったので、本土スラータニから船に乗らないと島には行けないようになっていた。
欧米の若者ばかりの船に乗って2時間、ずっと船のデッキで他の若者たちと一緒に波しぶきを浴びながら裸の上半身を熱帯の太陽で焼いていた。
隣にいたのはイギリスから来た若者で、左上腕には刺青を消した痕が生々しかった。
刺青には昔の女の名前が彫ってあったと彼は言った。しかし、彼女と別れたので消すことにしたらしい。ひどい別れ方をしたようだ。
他の客が旅の昂揚感で浮かれた笑顔が絶えないのに、彼は暗い顔をしてほとんど何も話さなかった。
甲板にはタイの男が白人の娘と抱擁したまま動かないでいた。このカップルを目の保養にしてコ・サムイに着くのをじっと待った。タイの男と白人の女性とは珍しい組み合わせで……
(インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきた売春地帯の闇、電子書籍『ブラックアジア』。本編に収録できなかった「はぐれコンテンツ」を掲載。電子書籍にて全文をお読み下さい)
読んでいて引き込まれました。
かつてタイを一人旅した時のことを思い出しました。
いつも楽しく拝読させていただいています。
このコ・サムイの物語は、自分の思い出と重なり、まるであの時にタイムスリップしたかのように読ませていただきました。
出発前に鈴木さんがオジーに言ったI love youのyouは、彼女個人のことではなく、彼女と過ごした時間と空間に対してではなかったか?
もし、彼女個人に対してのloveであったならば、旅の続きをキャンセルしてでも彼女といるか、もしくは、引き摺ってでも彼女を連れていくかのどちらかの選択になると思います。2つの選択の共通点は一緒にいること。彼女が自分のことを愛していると信じるには2つに一つしかないと思います。私は彼女が灰皿を投げた怒りが理解できます。
海外アーティストが日本公演で言うI love Japanのloveと、男女間で使うloveは言葉の重さが違うと思います。鈴木さんがオジーに言ったI love youは非常に偽善的に受け止められたのではないでしょうか?
少し気になったので書かせていただきました。
昨日会員登録したのですが、既にこの世界に取り込まれてしまい貪るように読んでいます。おそらく私もほぼ同時期にコサムイに逗留していました。1989年の12月から翌年2月くらいまで、ボダーを往き来しながら、バンガローに住んでいました。
私の人格形成の大半は、あの頃の東南アジアで形成されたと思います。
もうあの世界は無いのかと思うと少し切なく感じます。
私は、その後2年ほどかけて社会復帰を果たしましたが、鈴木さんはまだあの世界を彷徨っているのだと思うと少し羨ましくも感じます。