歴史

バングラデシュ。宗教で分離して翻弄され、民族対立で分離して翻弄された国

バングラデシュは私の好きな国のひとつだ。この国は世界でも貧しい国の筆頭として挙げられる国なのだが、インドに比べると人々の素朴さは忘れがたく、女性たちも本当にエキゾチックで独特の美しさがある。好きだ。 2019年3月26日。バングラデシュは48年目の独立記念日(インデペンデンス・デイ)が盛大に祝われ、人々は歓喜した。 この国は独立してから48年経っても依然として経済発展の緒(いとぐち)すらもつかむこ […]

◆石川啄木。娼婦の身体に溺れ、借金まみれになって死んでいった詩人

「働けど働けど猶わが生活楽にならざり。ぢっと手を見る」という詩を詠んだのが石川啄木だった。この詩を読むと、その切なさに誰もが胸が痛むに違いない。 私もそうだった。10代の頃、何かの本で石川啄木は朝日新聞の校正係の仕事を得たが、どんなに働いても暮らしが楽にならず、肺結核でわずか26歳にて死んだと知った。 貧しい暮らしに、働いても働いても暮らしが楽にならず、極度の貧困の中で押しつぶされて死んでしまった […]

◆遊郭反対運動に深く関わって日本を変えようとしていた人々の正体

関西には「飛田新地」や「松島新地」という歴史ある売春地帯が今も生き残っている。 こうした地区の歴史を、いまや絶版になったいくつもの書籍を取り寄せて読み耽っていると、遊郭は常に遊郭閉鎖を求める声が巻き上がって何度も何度も存続の危機に陥っていたことが分かる。 そして、この「娼売は悪」「遊郭は許しがたい性の堕落」「風紀の乱れの増長」「遊女は奴隷契約の被害者」と激しく攻撃して遊郭や売春の根絶を訴えていた「 […]

◆ヨコハマメリー。誰でも自分の輝いていた頃は忘れられない

横浜ニューテアトルで、10月に映画『ヨコハマメリー』を再上映するという情報を聞いた。この映画は2006年に制作されたもので、もうずいぶん昔のドキュメンタリー映画となったが、今でも根強く上映されているというのが感慨深い。 『ヨコハマメリー』については、ブラックアジアでもずいぶん昔に取り上げたことがある。(ヨコハマメリー。日本の戦後が生み出した哀しい女性の物語) ヨコハマメリーは実在の女性である。終戦 […]

◆1970年代のベトナムと、当時の売春地帯と女性たちの光景

現在のタイの歓楽街、パッポン、ナナ、テルメ、ソイ・カウボーイ、そしてパタヤの原型は1970年代のベトナム戦争によって作られた。(パッポン。ベトナム戦争が作り上げたアジア最大の歓楽地) ベトナムとカンボジアは共産主義の猛威に席巻されていたが、タイは明確にアメリカ陣営であり、当時のタイ軍事政権はタイ全土にアメリカ軍に後方基地を提供し、空港を使うことを許可した。 だから、アメリカ軍はサイゴンに拠点があっ […]

◆遊郭で使われていた隠語と「あげまん・さげまん」のこと

大阪のドヤ街あいりん地区の中には「飛田新地」と呼ばれる特殊な売春地帯がある。 この飛田新地の外れには「百番」と呼ばれるかつての遊郭を利用した建物が料亭として経営されている。観光客もやってきて、それなりに繁盛しているようだ。(傾城フォト(百番より)) 「百番」はとても威風堂々とした建物で、夜にこの建物を見ると惚れ惚れして見つめてしまうしかない。昔の日本の建物は美しかったのだ。 かつて、日本には「遊郭 […]

◆からゆきさん(6)彼女たちの優しさはどこから来たのか?

明治・大正・昭和と連綿と続く日本の近代史の闇で、貧困のあまり国外で身体を売る女たちがいた。「からゆきさん」と呼ばれた女たちだ。 彼女たちは長崎県南島原にある口之津港(くちのつこう)から密航して東南アジアや東アジアに流れていったことが記録されている。 明治35年から明治44年までの福岡日日(にちにち)新聞の10年間の記事を統計した著述家の森崎和江は、その多くが長崎県島原地方の女性と、熊本県天草地方の […]

◆からゆきさん(5)400年の歴史を持つ傾城局はやがて国辱に

日本はかつて「赤線地帯」や「遊郭」という名の売春地帯が存在していたが、この政府黙認の売春地帯というのは、いつから存在していたのだろうか。 歴史をずっと辿っていくと、実は鎌倉幕府に行き着くのだが、時の政府が公式に売春ビジネスを許可して税金を取ったというのは、1521年の足利幕府の時代ではないかと言われている。 足利幕府12代将軍であった足利義晴(あしかが・よしはる)は、増え続ける売春ビジネスを見て、 […]

◆「あの子が欲しい」花いちもんめ、という子供の唄の哀しさ

日本人は高度成長期を迎えてから現在まで、後進国や新興国から見ると、過剰なまでの豊かさを享受してきた。多くの人はこの時代しか知らないので、日本は昔から豊かだったと思い込んでいるが、本当はそうではない。 実感として知りたければ、1950年から1960年代の日本映画を観ればいいかもしれない。 この頃に作られた映画は、どの映画を観ても、そういった貧困だった頃の日本をきちんと映し出している。 もともと日本は […]

◆からゆきさん(4)二木多賀次郎と、村岡伊平治について

シンガポールのシンボルは「ライオン」だ。だから、マー・ライオンがシンガポールの観光名所になっている。しかし、シンガポールにはライオンがいたわけではない。シンガポールにいたのは「虎」のほうだ。 1870年頃のシンガポールは重要な港町ではあったが、それでもシンガポール全体が都市だったのかというと、まったくそうではなかったようだ。 「付近はまだ草茫々としていて、虎も折々出て人をさらひ、鰐は少しも珍しくな […]

◆からゆきさん(3)セックスに対する爆発的な需要があった

シンガポールは1819年にイギリスの領土となっている。 そして、イギリス人のトーマス・ラッフルズのインドと中国を見据えた自由貿易政策が行われて、当時の企業が続々とそこに拠点を構えるようになっていった。 この頃のシンガポールは、アジアでも有数の港町として名を轟かせていた。 活況に沸き、次から次へと植民地労働の出稼ぎの男たちが流れて来るようになっていた。 出稼ぎの多くの男たちは、まずはシンガポールに上 […]

◆からゆきさん(2)日本人墓地に記されたからゆきさんのこと

シンガポールの日本人墓地には「からゆきさん」と呼ばれていた日本人娼婦たちの墓がある。 かつて、バッタンバン船(と呼ばれていた)で死ぬような思いをしてやってきた貧しい女性たちは、この熱帯の地で売春をして生きていた。 その証(あかし)がシンガポール日本人墓地にあった。 この墓地の説明によると、1870年頃から日本人女性がシンガポールに現れるようになったと書かれている。 1870年当時と言えば、その3年 […]

◆からゆきさん(1)シンガポール史の裏面に、明治の女性の影

シンガポールは清潔で最先端の国だが、この国にも売春地帯がある。それは政府公認の売春地帯であり、今でもそこでは哀しい目をした女性たちが立っている。 こういった女性たちの姿については、ブラックアジア第二部で詳しく触れた。(ブラックアジア第二部) そこに立っているのは、スリランカ女性、インド女性、インドネシア女性、タイ女性、ラオス女性、ミャンマー女性、そして中国本土の女性たちだ。 シンガポール自体は多民 […]

◆明治・大正時代の日本の少女は、このような顔や身体だった

1870年〜1920年の日本と言えば、明治・大正時代に当たるが、この当時の日本は、まだ多くの国民が非常に貧しい時代であり、日本のあちこちに遊郭が存在し、海外へは「からゆきさん」が出ていた時代だ。 貧しさゆえの売春、売春のための海外渡航……。 そんな時代があったということは私たちは歴史の教科書で知ってはいるが、この当時の日本女性たちはどのような女性だったのかは、あまりイメージできないのではないか。 […]

◆マタ・ハリ。スパイとして知られているパリの「高級娼婦」

軍人の集まるところに売春女性が集まる。沖縄でも韓国でもタイでも、どこでもそうだ。アメリカ兵のいるところには、まるで影のように売春女性たちの姿もある。 かつて1945年以降の横浜も米兵が駐屯していたが、そのときもパンパンと呼ばれる女性たちが横浜で米兵と浮き名を流していた。 映画にもなった横浜メリーもそんなパンパンのひとりだった。(ヨコハマメリー。日本の戦後が生み出した哀しい女性の物語) そして、「軍 […]