売春地帯をさまよい歩いた日々:タイ編

売春地帯をさまよい歩いた日々:タイ編
ブラックアジア・タイ編
『ブラックアジア・タイ編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』連載当時、多くのハイエナたちに熱狂的支持されたブラックアジアの原点。
タイの首都バンコクにあるヤワラー(Yaowarat)はチャイナタウンである。このエリアは「魔窟《まくつ》」と呼ばれるに相応しい場所だ。迷路のように入り組んだ道にひしめく細々とした店、古ぼけて骨董品のようになった建物。金行・食堂・ペット屋・雑貨屋・米屋・葬儀屋が乱雑に、脈絡無く店を開いており、それぞれが強烈なニオイを発している場所……。ここには「旅社」と呼ばれる安宿も多く、昔は場末の売春宿も林立していたものだった。「冷気茶室」と呼ばれるものも、典型的な売春宿であった。現在、冷気茶室はほぼ壊滅した。児童売...
二十歳《はたち》の頃、何気なくタイへ旅行に行った。はじめての海外旅行でひとり旅だった。見るもの聞くものが何もかも珍しく、旅に有頂天になった。南国の太陽や文化や食事は慣れれば慣れるほど心地良いものとなってきた。最初は健全な旅行をしていたが、ある日バンコクのパッポンに足を踏み入れた。パッポンはアジアでもっとも有名な歓楽街である。タイに行ったのなら、ここを訪れないと片手落ちだと思ったのだ。ただ半裸で踊り狂う女たちを見て、話のネタにでもしたかった。パッポン……。社会見学のつもりで、恐る恐るゴーゴーバー...
東南アジアには、驚くほど美しい女がいる。カンボジア・プノンペンの薄汚れた置屋にも、ジャカルタの売春窟にも、タイ南部のスンガイコーロクの寂れた置屋にも……。特に、アジア最大の歓楽街と言われていたパッポンの華やかなゴーゴーバーの一角では、思わず息をのむような美しい女と出会う。しかし美しい薔薇には棘《とげ》があるように、美しい女も棘を持っていることが多い。バンコクの巨大歓楽地帯『パッポン』は、棘を持った薔薇《バラ》のような女たちが山のように棲息している。それは本当なのだろうか。もちろん、本当だ。私も...
バンコクにはコーヒーショップと言われる場所がある。グレース・ホテルのコーヒーショップは昔から有名だったが、最も隆盛を誇っているのは『テルメ(Thermae Coffee House)』である。あまりにも売春する女性たちが集まり過ぎて、タイのテレビでも「売春の巣窟」として取り上げられて世論の顰蹙《ひんしゅく》を買ったこともあった。はじめてバンコク・スクンビット通りにある『テルメ』に足を運んだのは、実は一九九九年の話だ。噂は前から聞いていたが、パッポンから遠いので、なかなか行く気にはならなかった。と言うよりも、そも...
東南アジアきっての歓楽街、世界で名だたる売春地帯、アルコールと音楽、退廃とエイズ、美しい女と妖しいガトゥーイ(性転換者)のあふれた現代のソドム。多くの男たちの人生を狂わせた街、それがバンコクの一角にある毒々しい不夜城『パッポン』である。パッポン……。はじめてこの街に足を踏み入れたのは一九八六年春のことだった。当時はまだ道を埋め尽くす屋台などはなく、どこか殺伐とした匂いが漂う筋金入りの売春街だった。現在のパッポンは、売春街というよりも女性や子供も楽しめる観光地になってしまったが昔は違った。あの頃...
彼女はバンコクのテルメで働く現役の女性だ。多くの日本人男性が彼女を知っており知名度も高い。だからあえて名前は伏せておきたい。彼女と知り合ったのは一九九八年も暮れかかろうとしていた頃だった。初めて会ったとき、彼女はまわりの派手な女性たちに比べて明らかに異質な感じがした。水商売の女性にウブという言葉は似合わないが、正直な感想を言えば非常に彼女はウブな女性に見えた。二年後に分かったことだが、実際、その時の彼女はプロと呼ぶにはまだ程遠い立場にあったようだ。つまり、水商売に馴染もうと努力していた素人の...
タイ・バンコク。胸が悪くなるような排気ガスや、めまいがするほど強烈な太陽はここにはたっぷりある。バックパックを背負ってこの街を歩いていると、そのうちに倦怠感が襲ってくる。しまいに行き先も分からなくなる。街の中で途方に暮れて突っ立っていると、誰でも焦燥感に駆られる。二十歳代の前半、体力に任せてこの街を歩き回っていた。タクシーを使って効率良く歩こうなどとは一切考えなかった。バスはよく乗っていたが、知らない場所に行くときはできる限り自分の足を使った。街を這って自分のものにしたいと言うバックパッカー...
悲劇は突然やってくる。前触れなどまったくない。この日もそうだった。まだ堕落の街が堕落を剥き出しにしていた一九九九年頃、健在だったライブ・バーに寄ってみようと考えた。かつてはライブ・バーも、その頃は行かなくなっていた。しかしどういうわけか、その日は無性に寄ってみたくなった。パッポンのハードコアと言えば、二階のライブ・バーになる。一階のゴーゴーバーが決してバタフライ(ビキニの下)を脱ぐことはない。しかし、二階はオールヌードで踊り狂い、性器を使ったさまざまなショーが繰り広げられている。 それが好きだ...
パッポンのゴーゴーバー『キング・キャッスル』で、ある女性と意気投合したことがあった。情熱的で素晴らしい女性だった。一晩、彼女と一緒に過ごした。しかし、やがて朝がやってきて彼女は帰らなければならない。意気投合した仲で、別れがとても名残惜しい。彼女は真剣な顔をして言う。「今日もバーに来て。ペイバーして。あなたを待っています」その気迫に飲まれて思わず了承する。もう一晩彼女と一緒にいてもいいと思った。何よりも彼女が求めてくれており、そんな彼女の気持ちに応えたい。翌日の夜、約束通り『キング・キャッスル...
『スター・オブ・ラヴ』というバーがあった。バンコク・パッポンの中程に位置するあまり目立たない特殊なバーである。このバーはゴーゴーバーではないので、半裸で踊り狂う女性はいない。待機する女性も五人前後である。細長いカウンターと、擦り切れたような古いソファがあるだけで、耳をつんざくような音楽もない。しかも店は狭く、場末の雰囲気がぷんぷんと漂っている。他のバーが派手で猥雑で混乱したエネルギーに満ちていることを考えると、このバーの陰気で陰湿な雰囲気はどこか異質であることは誰もが感じるはずだ。確かにこの...
シンガポールで軽い日射病になった。しかし、もう航空券は取っていたので無理やり起きあがって空港に向かい、そのまま飛行機に乗り込んで何とかバンコクまでたどり着いた。いつもはエアポートバスをのんびり待ちながら空港に出入りする人たちの姿を見ているのだが、この日はそんな余裕もない。タクシーに乗り込んで、スクンビット通りのホテルに行くように伝えた。タクシーの中では案の定、運転手がマッサージ・パーラーのチラシを見せながら、「レディ」と言い始める。しかし、私の気分が優れないのを知るとすぐにチラシを引っ込めて...
この日、久しぶりにソイ・カウボーイを歩いていた。ソイ・カウボーイは面白いストリートだ。バーの女性たちは店の入口で客を呼び込むのではなく、道を数人の女性で塞《ふさ》ぐように立ち尽くして、やって来る男に抱きついてくる。女性から目を反らしていれば無理強いされることはない。しかし、目が合うと大変だ。数人の女性に抱きつかれた上に、無理やり店の中に引きずり込まれてしまう。こうやって路上に立って客を引いている女性たちが好きだ。もっとも原始的なビジネスの姿をそこに見る。道に立って男に秋波を送り、店の中に引き...
私には数年に渡って体調が悪かった頃があった。絶え間ない頭痛、吐き気、めまい、聴力低下がずっと続いて良くなるときと悪くなるときが周期的に襲ってきた。体調が悪くて日本の自室でじっとしていると、どうしても気が滅入って死にたくなってしまう。悩んだ末、症状が小康状態になった頃に無理を承知でバンコクに向かうことに決めた。タイの歓楽街をうろうろしたいという気持ちはまったくなかった。バンコクでもコラートでもどこでもいいから、大好きなタイで静かにしたかっただけだ。今回は夜の女とは関わらないというのが私の固い決...
イサーンの入口と言われているコラート(ナコン・ラチャシーマ)はバンコクから二五〇キロほど離れたところにある。東西に細長い都市で、タオ・スラナリ像を中心として、東側が旧市街、西側が新市街になっている。バンコクのように高い高層ビルが林立しているわけではないが、それなりに賑やかな商業都市でとても過ごしやすい。昼間の暑さはバンコクと遜色ないのだが、夜になるとぐっと気温が下がって過ごしやすくなる。ここは私のお気に入りの場所でもある。彼女とは夜のコラートのショッピングモールの前で出会った。バンコクでもそ...
ときどき、自分の心が日本にないことに気がつくことがある。目を開けたままアジアの白昼夢を見ているのだ。日本にいても、ふと見かけたアジアの女たちだけを見ている自分に気がつく。真夜中には夜の街にアジアの女たちを見付け、なぜ日本にいてもこれほどまでアジアに関わってしまうのかと、ひとりになると思わず苦笑いをしてしまう。日本にいながら、女たちを通してアジアを流浪する。今日は中国を、明日はタイを……。本当にアジアなしでは生きていけない。人生はアジアの女たちを中心にして回っており、心はアジアの大地から戻って来...
真夜中だったが、派手な格好をした夜の女と、酔った男たちが大騒ぎしていた。相変わらず、バンコクはにぎやかだった。ソイ・カウボーイを出て、スクンビット通りを『テルメ』の方向に向かってふらふらと歩いていく。高架鉄道BTSのアソック駅ができてからだと思うが、この当たりにも女たちが立つようになったのは興味深い。ロビンソン・デパートを少し過ぎたとき、道のわきに立っていた女が"Oh !!"(まあ!)と言いながら、そばに寄ってきた。"Long time no see!"(久しぶりね!)大きく胸元の開いた白い服を着...
バンコクのソイ・カウボーイに、バカラ( Baccara )という店がある。あまり好きではないが、たまに趣向を変えようと数年ぶりに行ってみた。昔と変わらず、見上げると天井がガラス張りになっており、そこにスカートをはいたダンサーが踊っている。男は天井を見上げながら、スカートの奥を見てビールを煽る。そういう仕組みになっている。相変わらず日本人の姿も多く、この店は何も変わっていないことを知る。男の欲情をくすぐる店内の造りにファンも多いようだ。店内に入ったときは、商用でバンコクに来たというようなきちんとした身な...
破滅するということはどういうことだろう。男がドラッグとセックスで破滅していくのは珍しいことではない。ずっと夜の闇をさまよってきていると、普通の人よりも破滅していく男を間近に見ることができる。また、間接的にもよく破滅した男のことを見たり聞いたりする。人の金を盗んだり、詐欺をしたり、誰かを襲ったりして逮捕された人も多い。会社員、土木作業員、タクシーの運転手、教師、会社経営者……。みんな夜の世界に関わったばかりに、坂道を転がり落ちるように転落し、破産し、逮捕され、結果的には破滅した。破滅するというの...
この日のバンコクは異様に暑かった。かなりの夜更かしをしたので、起き出したのは昼前だったが、ホテルから一歩外に出ると、すでに耐え難い暑さになっている。昼食を食べようと外に出てはみたものの、あまりの暑さに食欲が失せた。喉《のど》が渇いたので何か飲もうと思ったが、ふとスクンビット通りか、ソイ3あたりのオープンバーで女たちと話をしながら飲み物を取ろうと思い立った。少しの距離を歩くのも億劫《おっくう》だったのでタクシーを使ってソイ3に向かう。バンコクの渋滞はひどいとは言われているが、特に何とも思わなか...
他国を巡ってバンコクに戻る。すでに夜になっていた。体調はあまりよくない。旅の途上であまりにいろいろなことがありすぎて疲労が蓄積していた。スクンビット通りやパッポンは人が多いので寄りたいとは思わなかった。しかし、ヤワラー(チャイナタウン)はまだかつての怠惰《たいだ》で無気力なタイの雰囲気が残っている。あそこは観光客もいなければ、ファランも日本人もあまり見ない。今の疲れた身体には、ヤワラーくらいしか受け入れてくれる場所はないような気がした。ファランポーン駅から運河をひとつ渡ってヤワラー通りに入る...
ノイという女性がバンコクのオープンバーがいた。スクンビットのナナ駅からアソークに歩いていく途中のオープンバーにいた小柄な女性だった。彼女は今まで知り合ったタイ女性の中で、もっとも英語が流暢だと言っても過言ではないほど素晴らしい英語を話した。フィリピン女性ならこれくらいの英語を話してもおかしくないが、彼女は正真正銘のタイ女性だ。しかも、その英語は独学で勉強した英語だと言った。タイ訛りは感じさせるが、それよりもアメリカ人の話す砕けた発音に近い。彼女と数分話しただけで、ファランのボーイフレンドがい...
断片的にしか思い出せない女性がいる。覚えていることのひとつひとつは鮮明なのだが、虫食いのように途中の記憶が消えていて、全体像がつかめない。しかし、忘れがたい。ディランという男性名を持つパッポンで知り合った「女性」は、まさにそんな想い出のひとつだった。断片しか覚えていないが、その断片が強烈なので、その部分だけで永遠に忘れない。人間の記憶とは本当に不思議なものだ。何が記憶に残り、何が記憶に残らないのか、自分で決めているわけではない。それでも、自然と覚えている部分と覚えていない部分に分かれてしまう...
バンコクの売春地帯に沈没していたとき、あるゴーゴーバーで、カモシカのように脚の長い痩身《スキニー》な女性がいた。名前は忘れてしまった。それほど美人ではなかったが、彼女はとても人気があった。美しい女が他に山ほどいたのだが、それでも彼女の人気は大したものだったと思う。あるとき、彼女がバーでファランの客と楽しく談笑している中で、後からやってきた別のファランが彼女の前に仁王立ちになり、突如として男は彼女を罵り始め、彼女が抗議し、あわや乱闘になるところまで発展した。男はひたすら彼女を罵倒していたのだが...
タイの首都バンコク「アラブ人街」から、人の波に揺られながらスクンビット通りを渡ってしばらく歩くと、ファランたちで混雑しているオープンバーがあって、NEP(ナナ・エンターテーメント・プラザ)がある。ここはゴーゴーバーが集積した特別な一角だ。中に入ろうと思ったら、警察官が入口で関所みたいなものを作っていた。いつの間にこんなものができたのだろう。私にしがみついてきたレディーボーイに「なぜ警察官《ポリス》がここにいるの?」と聞いたら、「爆弾をチェックしてるのよ」と私に答え、私の股間をつかんで「ボン!...
タイ・バンコクのヤワラー地区には、今も夜になったら女たちが立つ。かつては大陸から来た中国人女性が立っていたことがあるのだが、久しぶりに行くと彼女たちはひとりもいなくなっていた。タイには諸外国から女性が売春ビジネスのために流れ込んでくる国であり、ロシアが経済的な危機にあった二〇〇〇年代の初頭は多くのロシア女性がやって来ていた。ソイ3のホテル『マイクズ・プレイス』にはそうした女性たちが監禁されていた。二〇一〇年代はスクンビット通りに黒人女性が大量に増えており、摘発が繰り返されている。それでも、ま...
『ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々』タイ編、カンボジア編、インドネシア編、インド・バングラデシュ編、フィリピン編。

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