◆白人が好きだと言って、やがてドイツ人と結婚したディラン

◆白人が好きだと言って、やがてドイツ人と結婚したディラン

タイ編
断片的にしか思い出せない女性がいる。覚えていることのひとつひとつは鮮明なのだが、虫食いのように途中の記憶が消えていて、全体像がつかめない。

しかし、忘れがたい。

ディランという男性名を持つパッポンで知り合った「女性」は、まさにそんな想い出のひとつだった。

断片しか覚えていないが、その断片が強烈なので、その部分だけで永遠に忘れない。

人間の記憶とは本当に不思議なものだ。

何が記憶に残り、何が記憶に残らないのか、自分で決めているわけではない。それでも、自然と覚えている部分と覚えていない部分に分かれてしまう。

「そうよ、これはファランの男の名前よ」

タイ・パッポンのゴーゴーバーのひとつに「キングス・コーナー」という名前のバーがある。非常に活気のあるバーのひとつだ。

ここの女性は玉石混交だった。美しい女性もそうでない女性も、美しいレディーボーイもそうでないレディーボーイも、みんな混じって店内で踊り狂い、騒乱のようになっている。

今は世界中からやってくる観光客を流れ作業のように扱って落ち着きのないバーになってしまったが、ずっと昔はそれほどでもなく、長く居つく男も多かった。

このバーを思い浮かべると、いつもひとりの女性を思い出す。もう、とても古い話になる。

奇妙なチューレン(ニックネーム)の女だった。このバーに出入りしていた方の中には知っている方もいるかもしれない。彼女は自分のことを「ディラン」と言っていた。

彼女といつ知り合って、どのような会話をしていたのか、記録もしていないので、あまりよく覚えていない。

覚えているのは、彼女の断片的な部分だが、その部分は覚えているだけでも強烈なものが多い。

ディランというのは、ファラン(白人)の男性名である。

タイ語の訛りでは、「ディールン」という発音に近いかもしれないが、それが彼女のニックネームだと自分で自慢するので、私は彼女に「まるでファランの男みたいな名前だ」と笑った。

すると彼女は胸を張ってこう答えたのだった。

「そうよ、これはファランの男の名前よ。私が大好きだった男なの」

ディランは過去に同名の男とつき合っていて、彼が忘れられないからその名前をつけたのだという。その男がどこの国籍の男なのかは忘れた。

男の名前を自分のニックネームにしてしまうところからして、どこか普通の感覚ではない。この「普通でない」ところに惹かれて、彼女が忘れられなくなった。

自信満々のわりにはナンバーワンというわけでもない

ディランには、本当に振り回された。気まぐれで、自信満々で、怒りっぽかった。

タイ女性は控えめだとか優しくてホンネを言わないというイメージがあるかもしれないが、ディランにはまったく当てはまらなかった。

彼女はとにかく言いたいことをズケズケと言った。

「わたし、日本人は好きじゃないの。ファラン(白人)が大好き!」

彼女は私が日本人なのに、そんなことを堂々と言った。ファランの名前を付けるくらいだから、それほど白人にこだわっていた。

英語も私の十倍は流暢で、それを鼻にかけて、店にいる白人から白人へ渡り歩いて、あちこちでディープキスをして回っていた。白人なら誰でもよかったのかもしれない。

しかし、白人に好かれていたかどうかは分からない。

化粧は濃く、青いアイ・シャドゥの量は尋常ではなく、端正な顔なのに化粧のせいで悪魔的に見えた。その化粧があまりにエキセントリックすぎて、白人たちも臆していたのだろう。

白人は概して、骨格のしっかりした背の高い女性が好きだ。たとえて言えば、レディーボーイのような女性が白人の好みである。

ディランは小柄で痩せていて、どうもファランの好みとは合致していなかったようだ。自信満々のわりには、店内でナンバーワンというわけでもなかった。

可愛らしいかどうかと言われれば、今考えると、もしかしたら微妙な線だったかもしれない。何しろ、化粧があまりにも濃いので、彼女の素顔が分からなかった。

彼女が私を気に入ったのは、私が日本人に見えなかったからだと言った。どのあたりが日本人らしくないのかは自分では分からないが、彼女は私を見てそう感じたようだ。

私と彼女は「類は友を呼ぶ」だった

人にはそれぞれステレオタイプの「人種像」を持っている。白人はこんな感じ、黒人はこんな感じ、日本人はこんな感じ、と心の中でイメージする「像」だ。

その「像」はひとりひとり違うので、それと合致しなければ、「らしくない」とその人は思う。

ディランがどんなイメージを日本人として考えていたのかは分からないが、私はそれに合致しなかったらしい。

しかし、私をひと目見て「あなた、日本人でしょ?」と何も言わないうちから当てる女性もいるので、別に私が完全に日本人離れしているというわけでもなさそうだ。

ただ、ディランの思い描いている「像」と目の前の男はイメージが合致せず、それで彼女は「この男はファランじゃないけれども、それでもいい」と思ったのかもしれない。

私は美しい女性よりも、どこか変わった女性が好きなのだが、どうやら彼女もまた「どこか変わった男」が気になるようだ。

そういう意味で、私と彼女は「類は友を呼ぶ」のことわざ通り惹かれ合った。彼女は日本人が好きじゃないと言いながら、私を気に入ったようだった。

そんなディランのはっきりしたモノの言い方や、自信たっぷりの断定が面白くて、「じゃ、日本人がペイバーしてくれと言ったら、断るのかい?」と質問したものだった。

答えはこうだった。

「お金をくれるのなら好きも嫌いも関係ない。これはビジネスだから!」

それは彼女のホンネなのだが、あまりに断定的に言うものだから、何か滑稽な感じもした。

この台詞は、「本当は嫌だけれども、ビジネスだからしかたがない。我慢しなくちゃ」というどこかあきらめのような達観のような感情が伴って、はじめて実感できるものだ。

それをディランが言うと、「ビジネスだから、なんだって問題ない」というあっけらかんとしたものがあって、どこか滑稽なのだった。

キングス・コーナーにいるときの躍動的な姿だけ

彼女は何度もペイバーしたはずだが、不思議と部屋で何があったのかは記憶が曖昧でぼんやりとしたものでしかない。彼女の素顔を見たのかどうかも覚えていない。

私の記憶の中で、ディランとは真っ青なアイシャドーをつけてこちらを睨む目つきだけで、素顔はきれいに記憶からなくなっていた。

もしかしたら、素顔は見なかったのかもしれない。

ペイバーしたのであれば、彼女と関係を持ったはずなのだが、それもまた記憶にない。膨大な女性たちの想い出の中に紛れ込んでしまっていて、何も思い出せない。

ディランというキャラクターが際立っていたが、部屋の中ではそれほど際立っていなかったのかもしれない。

ただ、彼女がキングス・コーナーにいるときの躍動的な姿だけが、記憶に焼き付けられて断片として残っているのである。

バーの中で、彼女は気まぐれにやってきて、甘えるときは猛烈に甘えて、仔猫のように身を寄せてきた。

ビジネスで甘えていたのか、本当に甘えていたのか、それとも甘えているのを周りに見せびらかせたいのか、判別はつかなかった。


翻弄され、精根尽き果てているに違いない

もしかしたら、これは「甘えている演技」かもしれないと思ったが、実はそうではなかった可能性もある。

翌日、他の女性と話していたら、ディランがやって来て猛烈に怒り始めたからだ。

そのときの罵倒の言葉の数々は強烈だった。

「ファック・ユー」「マザー・ファッカー」から「バカ」まで、いったいなにを勉強しているのかと思うほどの多国語の汚い言葉を彼女はよどみなく言えるのだった。

私と一緒にいた女性が逃げるようにして消えていくと、ディランはどっかりと私の隣に座って、ただひとこと「コーラ」と言った。コーラが来ると今度は「ペイバー(連れ出して)」と言った。

ペイバーすると、先ほどの罵倒は何だったのかと思うほど、いじらしくしがみついて甘い表情を浮かべる。

今思うと、小悪魔という表現がぴったりだ。熱帯の国が生み出したピー(小悪魔)だ。

ディランとはそういう女性だった。ストレートで、容赦がなく、心にぐっと突き刺さる。

何ヶ月か経ったあと、キングス・コーナーに行くと、ディランはいなくなっていた。何でも、ファラン(白人)と結婚してドイツに向かったとのことだった。

ドイツの男も、さぞかし彼女のニックネームに戸惑っただろう。

そして、彼女の天真爛漫な性格に振り回され、翻弄され、精根尽き果てているに違いない。

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