
国外にはあまり知られていないが、フィリピンでは闘鶏(サボン)がひとつの産業になっていて、鶏の飼育者、トレーナー、代理賭博者、運搬係、ブックメーカーなど役割は細分化され雇用規模はかなり大きいのだ。都市部には「コロシアム」と呼ばれる数千人収容の巨大な専用競技場さえも存在する。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
フィリピンの裏経済を支えるサボン
どこの国でもそうだが、バクチが好きな人間は相当数いる。タイ・カンボジア・インドネシア・インド・フィリピンと、私もいろんな国に沈没してきたのだが、だいたいどこの国でもバクチに狂っている人を多く見てきた。
フィリピン人の男たちも、例によってバクチが好きだ。宝くじ、カジノ、地下賭博、そして闘鶏は日常の延長であり、スラムの中にもバクチ場がある。闘鶏に関して言えば、政府公認の闘鶏場は全国に数百存在し、週末には観客と賭け金が集まる。
農村から都市まで、闘鶏に狂っている男は多い。闘鶏は単なる遊びではなく、莫大な現金が動く市場として長年機能してきた。闘鶏はタガログ語で「サボン」と呼ばれている。闘鶏に参加する者は「サブンゲロ」と呼ばれている。
国外にはあまり知られていないが、フィリピンでは「サボン」がひとつの産業になっていて、鶏の飼育者、トレーナー、代理賭博者、運搬係、ブックメーカーなど役割は細分化され雇用規模はかなり大きいのだ。
都市部には「コロシアム」と呼ばれる数千人収容の巨大な専用競技場さえも存在するくらいだ。
闘鶏は世界各地で見られるのだが、フィリピンの「サボン」は過激だ。雄鶏の左足の後ろ側に装着されるタリ(Tari)と呼ばれる、約10cmほどのカミソリのように鋭い鋼鉄製の刃物を付けて戦わせる。
刃物を使うため、試合は数秒から数分で決着します。一撃が急所に当たれば即死することもある。どちらかが死ぬまで戦わせる。どちらも動けなくなったら、審判が鶏を交互につつかせ、反撃できない方が負けとなる。
最近では、オンライン闘鶏(e-sabong)が急成長しており、政府は月数十億ペソ規模の税収を得ていた。つまり闘鶏は娯楽と産業が重なった現金ビジネスであり、資金の流れが巨大だという事実がまずある。
賭けは短時間で決着し、勝敗は即座に現金化される。だから参加者は繰り返し賭け金を投入する。現場では情報格差や八百長疑惑がつねに付きまとい、運営側・賭ける側・仲介者が複雑にかかわる環境ではトラブルが日常的に発生している。
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現代のソドムとゴモラ。堕落と快楽と貧困とマネーが渦巻くフィリピンの売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。
時間が経つにつれて内部証言が漏れた
オンライン化が状況をさらに変えた。スマートフォンから賭けが可能になったことで参加者は地域を超えて急増し、利害関係は多層化し、そこで動く資金は巨大化する一方だった。
こうした中、フィリピンでは不可解な事件が発生していた。闘鶏《サボン》の運営にかかわる関係者が相次いで失踪していたのだ。その数は少なくとも34人にのぼる。ひとりも消息がなく、遺体も見つかっていない。
最初の失踪が確認されたのは2021年4月以降のことだ。闘鶏場や関連施設に出入りしていた男性たちが次々と姿を消し、家族が警察に通報したことで「どうも闘鶏がらみで何かが起こっている」と知られるようになった。
最終的に消息不明が把握された人数は34人だが、報告されていない行方不明者もいる可能性も高い。鶏の管理者、賭けの仲介者、運転手など職種は多岐にわたる。共通点は闘鶏ビジネスに直接かかわっていたという一点である。
失踪前の行動には一定のパターンがあった。
多くは闘鶏場や関連施設を訪れたあとに連絡が途絶え、携帯電話の通信も切れていたのだ。闘鶏場で「何か」があったのは間違いない。監視カメラの一部には車両への乗車や複数人物による拉致が記録されていた。
これを受けて警察は誘拐事件として捜査を開始し、関係者への聴取と通信履歴の分析に着手したのだ。
ところが、捜査は停滞していっこうに進行しなかった。
遺体も発見されず、関係者の証言は断片的で、業界内部の人間は誰も口を割らなかった。そのため、決定的な裏付けが得られなかった。おそらく口を割ったら、次に拉致されるのは自分だという意識があったのだろう。
警察は、やる気がないように見受けられた。業を煮やした失踪者の家族は、合同で記者会見をおこない、捜査の進展を強く求めた。これによって社会的な関心が高まり、世間も「どうなっているのだ?」と騒ぐようになっていった。
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その動機は何だったのか?
その結果、時間が経つにつれて内部証言が漏れてくるようになった。
そして2026年1月、ラグナ州の裁判所が誘拐および殺人の容疑で複数人物に逮捕状を発付し、捜査当局は被疑者の身柄確保をいっせいにおこなった。警察は、民間人に加えて現職または元警察官が含まれる事実を公表した。
警察がこの事件について積極的に動かなかった理由がここで判明した。犯行は「身内」がかかわっていたのだ。
逮捕状の対象には闘鶏ビジネスにかかわる実業家も含まれていた。この実業家が警察官や元警察官と結託して、闘鶏関係者を次々と拉致していた可能性があるとのもっぱらの噂だ。
「可能性」と言うのは、まだ逮捕された本人たちは容疑を否認、あるいは関与を否定して全貌がわかっていないからだ。だが、状況的に、ほぼこの男たちの犯行であることは間違いない。
警察官が容疑者に含まれていたら日本では大騒ぎになっただろうが、フィリピン人にとっては驚きでも何でもなかったようだ。なぜなら、フィリピンでは汚職警官など掃いて捨てるほどいるからだ。
問題は、捜査する側の警察当局もまた汚職警官たちの巣であり、さらに容疑者が身内であることから、かなりの隠蔽と証拠隠滅と擁護がおこなわれることもありえることだ。この状況で、フィリピン国内では社会的関心は急速に高まっている。
それにしても、大勢の警察関係者が事件にかかわったとしたら、その動機は何だったのか?
そんなことは、誰が考えてもわかる。汚職警官が動くのは「カネ」である。とすれば、この事件でも「サボン」がもたらす莫大なカネが動機として存在するのは明らかだった。事件の核心はそこにある。
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深みにハマれば養分となるしかない
昨今の闘鶏は「オンライン闘鶏」となっており、賭け金は昔と違って莫大な規模に膨れ上がっている。巨額の賭け金が動く様はまさに「市場」であり、この市場は運営者、仲介者、資金管理者の分業で成り立っている。
どれくらいのカネが動いているのかというと、年間6000億〜7000億ペソであり、これは日本円にして約1.6兆円くらいである。フィリピンのような貧しい国からすると、かなりの市場規模であることがわかるはずだ。
しかも、この市場は不透明なカネの流れで成り立っている。
賭け情報、顧客口座、勝敗データは市場の基盤である。失踪者の多くは資金や賭けの実務にかかわる立場にあった。もし、資金の所在をめぐる対立が起きた場合、関係者の立場は急速に悪化する。
オンライン化は監視を難しくした。対面の闘鶏場では人の動きが可視化されるが、電子賭博では仲介層が増え、責任の所在が分散する。決済アカウント、代理賭博、外部資金の流入が重なると、収益の分配は複雑化していく。
これが意味するのは、誰かがどこかの段階でカネを秘密裏に横領することもあり得たということである。
犯人は莫大な収入を「誰か」がどうにかして手に入れようとして、関係者を拉致し、拷問してカネの入手を聞き出して、殺してどこかに沈めたのかもしれない。あるいは、すでに横領したカネを巡って仲間割れが生じているのかもしれない。
いろんな噂が飛んでいるのだが、今のところは実態がまったくわかていない。いずれにしても、大きなカネが事件の裏側にあって、関係者がそのカネの争奪戦をして、そこに警察官まで絡んでいるという状況なのは間違いない。
賭博はかならず裏社会と汚職警官がついて回る。フィリピンの警官はカネに関しては節操がないので、大金が目の前で動いていたら触手を伸ばさないはずがない。事件のスケールは大きいのだが、やっていることは胴元に集まったカネの奪い合いというシンプルな話なのだろう。
闘鶏にカネを賭けている貧困層はもちろん蚊帳の外だ。彼らはあくまでも「養分」であり、例によってサボンで莫大な借金を背負って生活破綻する男まで出てきている。そうでなくても、カネを賭けて失って生活をより困窮させていく男も多い。
バクチはバクチである。深みにハマれば養分となるしかない。ドゥテルテ前大統領はこれを見てオンライン・サボンを禁止したが、違法運営は後を絶たず、闇ビジネスは膨らんでいく一方と化している。






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