◆冷気茶室。男の天国、女の地獄と呼ばれた、バンコクの魔窟

◆冷気茶室。男の天国、女の地獄と呼ばれた、バンコクの魔窟

タイ編
タイ・バンコクの中華街ヤワラーは「魔窟」と呼ばれるに相応しい場所だ。

迷路のように入り組んだ道にひしめく細々とした店、古ぼけて骨董品のようになった建物。金行・食堂・ペット屋・雑貨屋・米屋・葬儀屋が乱雑に、脈絡無く店を開いており、それぞれが強烈な臭いを発している場所。

ここには旅社と呼ばれる安宿も多く、昔は場末の売春宿も林立していたものだった。冷気茶室と呼ばれるものも、典型的な売春宿であった。

男の天国、女の地獄

現在、タイでは冷気茶室を捜すのは非常に難しい。児童売春と売春婦虐待の巣窟だった冷気茶室は、警察によって徹底的に追及されており、もはや壊滅状態となってしまった。

しかし10年以上も昔は、タイのヤワラー(チャイナタウン)では冷気茶室を当たり前のように見ることができた。

昼間から男たちが冷気茶室でぶらぶらしている姿は、珍しくも何ともなかったのである。毎日のように冷気茶室に通っていた男もいた。

売春の値段は「100バーツから」だった。

当時でもパッポンで女性を買うと、総額で1,000バーツから1,500バーツはかかっていたはずだから、いかに冷気茶室が安かったかが分かる。

「安かろう、悪かろう」というのが現実だったが、もしかしたらそれがヤワラーを荒んだ雰囲気に見せていたのかもしれない。

当時、冷気茶室は「男の天国、女の地獄」と呼ばれていた。男はわずか100バーツほど出すだけで、エアコンディショナーの利いた部屋で女を抱ける。「これが天国と言わずに、何を天国と言う」というわけだ。

一方、娘の方だが、いろんなところから漏れ聞こえてくる話は、悲惨の一言に尽きた。知り合いはこう言っていた。

「あの娘たちは、タイの東北地方イサーンや、北部の山岳民族の娘で、冷蔵庫と引き替えに売り飛ばされたんだ」

他にも「無学な地方の娘を誘拐してきたらしい」とか「バンコクの工場で働けると騙してそのまま軟禁している」という話もあった。

「夜は足に鎖をつけられて逃げられなくしている」
「逃げられないように、両眼を失明させられた娘がいる」
「逃げようとした娘は、数人の男たちに殴る蹴るの暴行を受けて最後にはレイプされている」

チャイナタウン(ヤワラー)に残っている冷気茶室。ヤワラーに沈没した人々の中には、未だに冷気茶室にこだわりを持っている人がいる。

悲惨な現実にはまったく無知だった

人身売買で置屋に売られ、そのままボロボロになるまで仕事をさせられる……。そんな物語が冷気茶室の周囲に溢れていたのだ。それが真実だとすると、それはまさに女の地獄である。

こういう話は、ちょっとしたことに尾鰭がついて大袈裟に伝わる傾向にある。

貧困で子供を売り飛ばす親がいるという現実や、両親や兄弟のために我が身を犠牲にしなければならない娘がいるということも話では聞いて知っていた。

「貧しさで売られた」というのは本当かもしれない。しかし、誘拐されたとか、軟禁されているという話は、本気にしなかった。高度成長期の日本で育った人間にはすべてが荒唐無稽に聞こえた。

「そんな犯罪があるのなら放置されるはずがない」

若い頃は根拠もなく盲信していたのだ。人を誘拐すれば、大騒ぎになる。

警察が威信をかけて犯人を捜し出して、娘はきっと保護されるはずだ。少なくとも、誘拐された娘を放置するような真似はするはずがないだろうと信じていた。

日本では、誘拐事件というのは警察・マスコミが全総力を挙げて犯人を追及する凶悪事件である。

タイでもそうだと思っていた。まだタイの現実を知らず、アジアの裏に潜む凶悪で悲惨な現実にはまったく無知だったのだ。

だから、人身売買組織があるということも知らなかった。女性の拉致・誘拐が日常茶飯事であることも知らなかった。

そして、冷気茶室こそがそんな女性たちの監禁場所であることも、知らなかった。何も知らなかったのだ。

それを知り、実感として感じるのは、ずっと後の話だ。

チャイナタウンの民家が密集したところ。かつて、このバンコクのチャイナタウンに冷気茶室が密集していた。

表情はすっかり疲れ切っていた

はじめて冷気茶室に行くことにした時のことは今でもよく覚えている。若くしてパッポンの女性に入れ上げ、堕落の道に転がり落ち、ヤワラーで更に堕ちようとしていたのだった。

強烈な日差しがやっと和らいだ夕方のことだった。表通りで営業している冷気茶室は避けて、ヤワラーの奥へ奥へと入って行った。目立たない冷気茶室に入りたかった。

幸い、冷気茶室を捜す必要などなかった。

当時のヤワラーは冷気茶室を見つけるのは簡単だった。ボロボロになった薄暗い雑居建築物に冷気茶室という看板があるのを目にとめた。

かなり迷ったが、そこを恐る恐る登って行った。シワだらけの顔の男が出てきて中に招き入れてくれる。

その男とさらに一階分上に上がって行った。安っぽい部屋に通されて、しばらく放っておかれる。

部屋はあまりにも殺風景だった。しかも女を買うような雰囲気でもない。次第に心細くなって来た。

一体どこにまぎれ込んでしまったのかと後悔さえ感じた。だんだん恐ろしくなって来たところ、急に十人ばかりの娘が男に連れられてやって来た。娘たちは思い思いの恰好で並び始める。

「この中から選べ」

男が身振り手振りで言う。娘たちを見ると、みんな揃って仏頂面をして目をそらしていた。

パッポンの女性たちのような華やかな雰囲気は、ここの娘たちにはなかった。華やかどころか、貧しさをやりくりしているような生活臭を漂わせて、表情はすっかり疲れ切っていた。

仏頂面の娘たちから、それなりに端正な顔をした歳の近そうな娘を選んだ。今度はその娘と二人で、更に階上に登って行った。

上の階は廊下にピンクの裸電球がひとつ、部屋はベニアで仕切っただけの極端な安普請(やすぶしん)である。

ベッドがどこかでギシギシ軋んでいる音が直接聞こえて来る。

すっかり情けない気持ちになった。今までの人生で、こんなにも落ちぶれて惨めな気持ちにさせる場所を知らなかった。

裸電球が、部屋にとても深い陰影を与えており、それがよけいに気持ちを暗くした。

冷気茶室の存在自体も下火に

ベニアで仕切られた薄暗い部屋(というよりも仕切り)のひとつに入ると、小さなベッドと物置台があった。

物置台の上には、奇妙なことに大きなヤカンがひっそりと置いてある。その下には痰壺とバケツがある。ヤカンはいかにも場違いで、何のためにそれがこんなところにあるのか理解できなかった。

娘は「裸になって」と言う。

言われるがままに裸になると、娘はヤカンを手にとって陰部をヤカンの水でおざなりに洗い出した。なるほど、そのためにヤカンが置いてあったのかと納得した。

バケツはヤカンの水を受け取る役目をしていた。既にこのバケツには半分ほど水が溜まっていたが、つまり男たちが何人もここで陰部を洗ってもらったのだろうと考える。

薄暗い灯りの中でよく目を凝らしてバケツの中をのぞくと、底に使用済みのコンドームが沈んでいるのが見えた。ぞっとした。

陰部を洗い終わると、彼女は裸になってベッドにごろっと横になる。部屋の片隅から漂ってくる公衆便所のようなアンモニア臭の中で、彼女は足を開いて男を招き入れた。

そっぽを向いた表情は能面のようで、その光景はあまりにも殺伐としたものだった。それから10年以上も経って経験するカンボジアの70ストリートの原型がここにあった。

女はひどく痩せこけていた。栄養失調で発育不良の身体に見えた。

そんな娘が裸になって、ニコリともせず横を向いたまま男を待っている。結局冷気茶室の異様な雰囲気に萎えてしまい、逃げるようにして陰鬱な場所を後にした。

その後、何度も冷気茶室に挑戦している。しかし、娘たちはいつもふてくされているし、部屋は相変わらず汚なかった。

いつ行っても冷気茶室に失望して、一度も満足を得たことはなかった。もちろん、こういう即物的なものが好きだという男もいたが、最後まで馴染めなかった。

結局、いつの間にか冷気茶室は過去のものとなった。パッポン以外に見向きもしなくなり、ヤワラーさえ行かなくなってしまった。ちょうどその頃から冷気茶室の存在自体も下火になって行ったように思う。

今や昔の話になった

いつだか冷気茶室が火事になって、女性15人が全員焼け死ぬという事件があった。

女性たちが逃げられなかったのは、実は監禁されていたからという事実が発覚した。おまけに誘拐された女性もいたということも書かれてあった。

ジュライにいた日本人の誰かが「冷気茶室の女は誘拐されて監禁されている」と言っていたのを信じなかったが、あれは真実だったということを遅蒔きながら知ることになった。

貧しさ故にイサーンからコーンケンを経由してバンコクの工場に売られた少女が、今度はそこから斡旋屋に目をつけられて冷気茶室に売られたという話も真実だった。

冷気茶室で華人(中国人)の老人に処女を奪われた話も聞いているが、これもたぶん真実なのだろう。

華人は若い女を抱き、そのエキスを吸えば自分もまた若返るという古い言い伝えを信じている。老人は若返るために娘の体液を飲む。

そう言えば、アメリカ開拓史に石油を独占し、世界最大の財閥を形成したジョン・D・ロックフェラーも老いさらばえて衰弱し、生への最後の執着に若い女性の母乳を吸って生き長らえていた。

中国人の愛人だった小説家マルグリット・デュラスは、『ラ・マン(愛人)』の中で自分を投影した主人公に「18歳でわたしは年老いた」とモノローグさせた。

それと同じ世界が冷気茶室にあったのだ。まさに、想像を絶する苦界が娘たちの前に広がっていた。

今、タイでは度重なる警察の取り締まりによって、冷気茶室は壊滅状態になった。今ではヤワラーやステサン通りのどこかに、ひっそりと数軒が残っているくらいだそうだ。

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