ブラックアジア書籍

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イナ。十五歳で結婚、十六歳で出産、そして売春地帯に

二〇一四年。久しぶりにバタム島に行きたくなった。インドネシアに行かなくなった十年以上も経っていた。 インドネシア語は、もうほとんどすべて忘れた。しかし、バタム島に向かう船の中で、まわりの人たちが話す言葉のイントネーションを聞いて、懐かしくて仕方がなかった。 この優しい響き。この郷愁。好きだった。 インドネシアは、私にとってとても大切な想い出に満ち溢れた国で、今もたまらなく愛しい。この言葉を聞いてい […]

◆鈴木傾城は「私、エイズなのよ」とつぶやいた女を抱いた

この日のバンコクは異様に暑かった。 かなりの夜更かしをしたので、起き出したのは昼前だったが、ホテルから一歩外に出ると、すでに耐え難い暑さになっている。 昼食を食べようと外に出てはみたものの、あまりの暑さに食欲が失せた。喉《のど》が渇いたので何か飲もうと思ったが、ふとスクンビット通りか、ソイ3あたりのオープンバーで女たちと話をしながら飲み物を取ろうと思い立った。 少しの距離を歩くのも億劫《おっくう》 […]

夢を見ないジャニス。他人を拒絶するような態度と性格

フィリピン女性は誰もがラテン系で、明るく楽しく陽気だというイメージがある。しかし、もちろんそうでない女性もいる。 ジャニスは、まさにそうだった。真夜中の世界で生きているのに、男に見つめられているのを分かっていて無視したり、自分が相手を見つめるときは、遠回しに見つめたりする。 堕ちた女性は、仲間の冗談にいちいち怒ったり根に持ったりしない。しかし、ジャニスは自分が仲間の卑猥な冗談のネタにされたら、本気 […]

◆売春地帯で、初めてアシッド・アタックされた女性を見た日

売春地帯の奥に、ひとりの女が立っていた。クリーム色のパンジャビー・ドレスを着てグレーの模様の入った布を肩にかけ、人を避けるようにして立つ彼女の姿は、妙に薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。 歳は20歳を過ぎたくらいだろうか。異様に痩せていて、私を見つめる目は無関心に近かった。 ただ黙って立って、売春地帯を行き来する男たちを見つめているのだが、心はどこか他にある、いや心というものは、すでになくなってしま […]

◆さよなら、女たち。セチア・ジャヤで出会ったヌーリ

初めてビンタン島を訪れたのは雨期の頃だった。空はどんよりと曇っており、タンジュン・ピナンに降り立つと小雨が降っていた。雨足は強まるばかりで、ホテルに着いた時はすっかり濡れそぼっていた。暗く、陰鬱だった。 それから私はたびたびビンタン島を訪れているが、この島はいつも陰がつきまとっているように思えた。 ビンタン北部にはリゾート地がある。しかし、そこには訪れたことがなく、ビンタン南部の陰鬱な場所しか知ら […]

◆タンガイルのアイシャ。タンガイル売春地帯の道のり

ゆっくりと寝たかったが、バングラデシュ・ダッカの朝は車の振動とクラクションの音と人々の叫び声や何かで寝てられなかった。仕方がなくベッドから起き出して安ホテルを出た。行く当てもないので、寝ぼけ眼のまま近くにあったレストランに入る。 内部は暗く、テーブルもイスも明日には壊れそうなほど古く汚れていたが気にしなかった。起きたばかりでまだ半分寝ているような状態で食事を頼み、出された水を飲んだ。出された水は恐 […]

もう十字架にはうんざりだと堕落の地アンヘレスに逃げた日

寝不足のままマニラ・バクララン地区の夥《おびただ》しい人の群れの中をさまよい歩いていた。 陽気な屋台の男に手招きで呼ばれたので、そこで軽い食事を取り、人々の喧噪《けんそう》を見つめていたが、何となく心は晴れなかった。 ちらちらとキリスト教のシンボルや十字架が目に入るが、努力して見ないように、そして考えないようにする。予定もなく、特別行きたいところもなかったので、再びアンヘレスに行くことに決めた。 […]

◆人生を捨てた女の瞳。山奥の売春地帯にいたエラの静かな威厳

人生を捨てた女の目を、あなたは見つめたことがあるだろうか。それは、とても強烈なものだ。 寂然(せきぜん)の瞳というのだろうか。ままならぬ人生に長らく耐え、もの哀しさを抑えた瞳。それでいて、猛烈な意志の強さをまだ失っていない瞳。 エラの眼差しを忘れることはないだろう。 貧困、家族との別離、そして差別と言った理不尽な仕打ちに耐えながら、何百人、何千人の男に身体を預けて来た女の、激しいけれども、たとえよ […]

身体中の吹き出物や湿疹を赤いライトで隠していたニッキー

人間の目は正確ではない。正確だと思っているのは本人だけで、実は人間の目はいろいろなものを見ながら、足りない部分を「補間」してしまうのである。 だから、売春地帯ではそんな人間の目の錯覚を利用して、いろいろな方法で女性を十歳や二十歳、場合によっては三十歳以上も若く見せるテクニックを使っている。 六十代の女性を三十代に見せるなんて、東南アジアの場末の売春宿ですら朝飯前にやってのける。 女性のシミも、シワ […]

◆バングラデシュ。「売春地帯に来て幸せ」と言った女性

コルカタで何人も忘れられない女性ができたが、売春地帯の人間の入れ替わりは激しい。女性は在籍していた売春宿から、何の前触れもなく忽然といなくなる。 大抵はインドの他の歓楽街を流転しながら売春ビジネスを続けているのだが、何人かの女性は故郷に帰ったと聞いた。 彼女たちの故郷……。 それはインドのどこかの地方ではなく、隣国バングラデシュのことだった。コルカタで知り合った女性の何人かはバングラデシュから流れ […]

◆不気味なインドネシア・モロ島と、打ち捨てられた村の女性

目的もなく、はっきりとした予定もなく、ただひとりで好きなように地を這うのが私の旅だ。そこに行けば何があるのか分からないので、そこに行く。何もないかも知れない。しかし、何もないということが印象に焼き付いて、忘れられなくなる。 インドネシアのリアウ諸島に「モロ島」という島がある。そこに行ったのも、ただ行ってみたいと唐突に思っただけで、予定に組み込んでいたわけでも、何かを探していたわけでもなかった。 た […]

◆デリア。暗闇の中でじっと私を見ていたベンガル女性

インドの売春地帯で知った顔が増えてくると、あちこちの女性と話し込むことも増える。女性たちも、異国から来た男に慣れてくると、暇つぶしにちょうどいいと思うのか、帰ると言っても帰してくれない。 話の内容は、どの女もほとんど決まっている。他の女の悪口か、自分はいかに金がなくて生活がつらいかという愚痴である。そして、最後には「金をくれ」「バクシーシ」となる。 どうしても男が金を出さないと、金切り声を上げて、 […]

ジーナ。中東に出稼ぎに行き、虐待されていたメイド

日本でメイドの恰好をするのが流行っていた頃、私はフィリピンで本物のメイド出身の女性と知り合っていた。中東でメイドをやっていた女性だ。 メイドというのは、他人の家に住み込み、料理を作ったり後片付けをしたり、部屋を片付けたりする仕事である。可愛らしい服装がどうしたという前にそれはとても重労働であり、多くの国では「金で雇った奴隷」としか認識していない。 しかも、若い女性が見知らぬ家でそういった仕事をする […]

◆ソウビター。幼児の横で売春ビジネスをするモラルなき女性

インドでは出会う女性すべてが、禍々しいまでに強烈だ。強烈な個性、強烈な行為、そして信じられないまでの強引さと予期せぬ行動……。 日本や東南アジアで培ってきた常識や暗黙の了解は、インドの女性にはまったく通用しない。気質も、性格も、行動様式も、何もかもがまったく違う。常識が通用しないし、合理性も、一貫性もない。そして、大きなものがひとつ欠けている。それは「モラル」だ。 ソウビターという女性がインド・コ […]

◆40度を超すコルカタで、生まれて初めて「太陽が憎い」と感じた

あなたは、太陽が憎いと思ったことがあるだろうか。私はある。インドで、生まれて初めて太陽が憎いと思った。熱帯の国が好きだったはずだが、インドで膨大な熱を放出する燃える赤い球体に文字通り、殺意を覚えた。 来る日も来る日も続くこの灼熱地獄に苦しめられていると、だんだん自分の中でどこか正常な感覚が壊れていく。身体の内部から熱くなって悶え苦しむ。 何しろ、真夏のコルカタの気温は簡単に40度を超す。 かつては […]

◆真夜中のムンバイ。路上生活者が静かに行う性行為の哀しさ

はじめてムンバイに入ったのは、真夜中だった。空港からタクシーで中心街に入る際、じっと外の光景を見ていたが、絶句するしかなかった。 (ここは戦争でもあったのか?) くすんだバラック小屋。焚き火。道ばたで崩れ落ちるようにして眠っている莫大な人々の群れ。道路の片隅にうずくまって、じっとこちらを見つめる陰気な目。暗闇でゆらめいている真っ赤なサリー。 想像を超える貧困の光景に、言葉を失ってしまった。 目の前 […]

◆見えない鎖。わざと嫌われることをして孤立するサンティ

自分が好きになった相手を思い浮かべて欲しい。好きになった相手に、自分と同じ「波長」を感じないだろうか。人は、自分と同じ心理・境遇・人生・悩み・欠点を相手から感じると、「同じ匂いがする」とか「波長が同じだ」と表現する。 相手のやること、なすことが自分に似ている。自分と同じ欠点があるので、行動や心理が読める。あるいは、相手の置かれている立場が似ている。 だから、相手の気持ちが説明されなくても分かる。そ […]

美しい長髪のマリーが、鏡の自分を見つめて自己陶酔していた

フィリピン・アンヘレスの狭い安っぽいバーに入ると、踊っていた何人かが振り向いて、ちらりとこちらを見た。彼女たちはすぐに目をそらして踊りに戻ったが、あまりやる気が見られないのは、気の抜けた踊りを見ていると分かる。 アンヘレスのバーはバラツキが大きい。女性たちが極端にハイテンションなところもあれば、ほとんどやる気のないバーまで各種揃っている。 逆に言えば、その日の自分のコンディションに合わせてバーの渡 […]

金がすべてだと言わんばかりの態度を剥き出しにした女性

フィリピンのマニラの売春バーに、一人の女性がいた。ひっきりなしにタバコを吸い、いつもイライラしていて、落ち着きのない女性だった。 彼女は若い女性を何人も束ねていて、彼女たちを男に斡旋してはリベートを取るビジネスをしている。 こういったビジネスをする女性の元締めのような姉御が、東南アジアの歓楽街にはどこにでもいる。彼女もその一人で、男がやって来ると、飛んで行って若い女性を紹介するのだ。 強引で、短気 […]

◆人間の排泄物を両手で集めることを強いられた人たちがいる

想像してみて欲しい。あなたの両親は掃除や死体処理の仕事をしていて、あなたもその仕事しか就けない。あなたは教育を受けられなかった。あなたは字も読めないし計算もできない。 あなたはいつも殴られ、いじめに遭って逃れられない。警察もあなたの敵で助けてくれない。あなたが女性なら、知らない男にレイプされても泣き寝入りするしかない。 反抗すると虐待される。たとえば、人糞を食べさせられるかもしれない。灯油をかけら […]

◆インド売春地帯を徘徊する暴力団を、身を縮めてやり過ごす

インド・コルカタの売春地帯ムンシガンジ・スラムの一室で窓の外を眺めていると、ギャングの一団が見えた。女性を威圧するような目つきで歩く男たちの姿は、遠くから見ていてもどこか背中が冷たくなるような緊張を覚える。 「ほら、ギャングがいる」 一緒にいた女性に言うと、彼女は恐る恐る窓の外を眺めたが、やがて静かに窓を閉めた。彼女の大きな目はどこか不安げだった。ギャングたちを怖がっているのがその挙動で分かった。 […]

◆アドレナリン・セックス。ラクミが暴力で教えてくれたもの

インドの売春地帯に放り込まれた女性は、文字が読めないどころか、まったく教育を受けたこともないことが珍しくない。そんな中で、激しい自己主張を繰り広げ、生きるために信じられないほど荒々しく、粗野になった女性も多い。 売春地帯では年中、どこかから女性の罵声や悲鳴が聞こえてきたり、女性同士が殴り合って喧嘩している姿を見る。欧米や東南アジアの売春地帯では、男というのは「誘う」ものだが、インドの売春地帯では鷲 […]

◆ミミンの匂い。「結婚して、私とあなたの子供を作りましょう」と彼女は言った

人は誰でも自分の人生で、どうしても忘れられない人と出会うことがある。自分の心をときめかせてくれる人がいる。 優しくて、一緒にいると安心できて、触れ合うことに喜びを感じることができる人。出会った瞬間に、本当に何の違和感もなく受け入れられて、自分の探し求めていた何かにぴったりと当てはまる人。 振り返って見ると、インドネシアで出会ったミミンはそんな女性だったのかもしれない。出会ったときから彼女は華奢で、 […]

◆インドの売春地帯で、男が試されるのは「水を飲むとき」だ

売春宿で水を飲むというのはよくあることだ。少なくとも女性は親切で水を差し出してくれる。それは拒絶できない。インドでは相手の差し出す水を飲むことによって、相手のカーストや人を受け入れたという意味がある。 もし女性を受け入れたと示したいなら、コップに差し出された水はどんな水であれ、受け入れなければならない。だから、彼女たちが見るその前で水を飲み干す。しかし、もし女性が邪心を抱いて睡眠薬を混ぜていたとし […]

◆ガート・コパール。部屋にベッドすらもないスラム売春地帯

インドの売春地帯は本当に荒んでいて、どこを訪ねても晴々とした気持ちになることなどまったくない。それはニューデリーだろうが、コルカタだろうが、ムンバイだろうが、同じだ。荒廃の状況はそれぞれ違うのだが、どうであっても荒廃しているのは間違いない。 ムンバイ郊外にあるガート・コパールも同様だ。 この売春地帯はインドの列車が通る線路脇に作られたスラムから派生した売春地帯である。建物は強い豪雨でも来れば吹き飛 […]

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