『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化

『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化
ブラックアジア外伝1

本日は、『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』電子書籍化しております。『売春地帯をさまよい歩いた日々』は、タイ編〜カンボジア編〜インドネシア編〜インド・バングラデシュ編〜フィリピン編と刊行してきましたが、諸般の事情でこれに漏れたコンテンツを「ブラックアジア外伝」としてまとめました。

『売春地帯をさまよい歩いた日々』のはぐれコンテンツ

『売春地帯をさまよい歩いた日々』は、タイ編から始まってフィリピン編で終わっております。ただ、正編にからは多くのコンテンツが漏れております。今回、そのような「はぐれコンテンツ」をまとめて1つにまとめました。

『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々』

これらのコンテンツを正編に組み込まなかったのは、それぞれ理由があります。たとえば、タイで私が知り合ったのはタイ女性だけではなく、異国からやってきた女性たちもいました。こうした女性たちは正編から微妙にテーマと外れているために省くことにしました。

たとえば、2000年頃にはタイには多くの白人女性がタイにおりました。こうした女性たちの多くはロシア圏の女性だったのですが、この頃ロシアは国家破綻に見舞われていて、タイ・カンボジアにまで売春に来ていたのです。『ブラックアジア外伝1』では、こうした女性たちをも取り込んでおります。

あるいは、ヤワラー(チャイナタウン)では中国本土から来た女性も売春ビジネスをしておりました。こうした女性の話も本編から抜け落ちているので、ここで拾い上げております。

またシンガポールやスリランカやジャカルタなど、コンテンツとして量が足りずに漏れ落ちたものも、外伝で拾い上げました。

そして、サムイ島という特別な場所であった出来事など、売春地帯ではない場所でセックスワーカーを本業としていない女性との関わりも本編から抜け落ちましたが、ここに収録しました。

『ブラックアジア外伝1』とありますが、さらにこの「外伝1」からも抜け落ちた「はぐれコンテンツ」もあります。これを今後「外伝2」としてまとめる予定です。この「外伝1」「外伝2」をもって、『売春地帯をさまよい歩いた日々』は終わりです。

これもまた多くの男たちを売春地帯に導いたコンテンツの数々です。ご関心のある方はどうぞお読み下さい。

『売春地帯をさまよい歩いた日々』

収録されているコンテンツ

2009年5月。夕方になるとバンコクは激しいにわか雨に見舞われたが、夜にはすっかり上がっていた。ここのところずっとタイ料理ばかり食べ続けていたので、久しぶりにヤワラー地区の中華料理を食べたくなった。やはり、チャイナタウンで食べる中華料理は競争が激しいせいか、どこで食べても絶品なのは誰でも知っている。だから、近くの中華料理屋ではなく、ヤワラーに行きたかった。もっとも、食べたい中華料理と言っても排骨麺やいくつかの点心くらいだ。フカヒレやツバメの巣のような、物珍しく凝ったものは欲しくない。タクシーでチ...
久しぶりにバンコクに降り立ってソイ3を歩きロシア女性を捜した。しかし、半年前にはあれほどいたロシア女性たちが、煙のように消えてしまっていた。ロシア女性はいつしかタイに現れ、バンコクのソイ3ストリートを歩き回っては男を誘っていた。それから半年もしないうちに、もう事態は変わっていた。白人の売春女性の存在はタイでは目立ち過ぎていた。人身売買マフィアが巣食っていた悪名高きリージェント・ホテルは何度も家宅捜索の憂き目に遭っていた。そして、ソイ3で客引き中にロシア女性が検挙されていた。ロシア女性はタイ売...
タイ・バンコク。熱帯の夜の喧噪の街をゆっくりと歩いていると、真っ正面から黒いボディ・コンシャスに身を包んだ白人女性が近づいて来た。売春ビジネスに関わる女独特の視線が絡みついてきた。それに応えると、女は流し目を投げて"How are you ?"(ご機嫌はいかが?)とていねいな口調で尋ねた。肌はきれいなホワイト、彫りの深い顔立ち、ふんわりと仕上げた肩までのショートカットは黒髪。まっすぐこちらを見つめるその瞳の色は透明度の高い灰色と言えばいいのか、茶色を限りなく灰色にした色と言えばいいのか、日本人には...
プノンペン北部トゥールコック地区の70ストリートに久しぶりに降り立ったとき、そこがかつて知っている70ストリートではないことを知った。いや、それはここに戻る前からいろんな人たちに聞いていて知っていた。今、自分の目でそれを確認したのだった。あの舗装されていない砂塵の舞い散る荒れた道と、その両脇に建ち並んだバラック小屋の荒んだ光景、そして数えきれないほどの若い娼婦たち……。嬌声や、怒声が飛び交っていたあの活気は、幻影だったかのように消されていた。はじめてそこを訪れたとき、これほど荒んだ売春地帯があるの...
1999年前後、プノンペン南部にある「ブディン」を初めて見たとき、「こんな廃墟のビルに人が住めるのか」と驚いたものだった。ブディンは今でこそ廃墟のビルだけを指している。しかし1999年当時のブディンは、この廃墟ビルの前と後ろは広大なバラック小屋のスラムがびっしりと密集していて、そのすべてを指してブディンと言っていた。ブディンはプノンペンでひどく治安が悪い場所だった。それは今も変わっていないのかもしれないが、当時の状況を知っている人間から見れば今のブディンは治安が悪いと言っても大したことはない。1999年...
スリランカ・コロンボはコルカタやダッカから行くと、信じられないほど発展した大都会のように見えた。特にフォート地区などはそうだ。高層ビルが立ち並び、本当に都会という感じがする。私は事前調査も何もしないで知らない国へ行くことが多いので、最初にフォート地区の高層ビル街を見たとき、間違えて別の国に行ってしまったのかと心配になったほどだった。シンガポールで知り合ったスリランカ女性から聞かされていたスリランカのイメージは「戦乱で荒廃した国」でしかなかったから、まさかコロンボが高層ビルの建ち並ぶ瀟洒な都会...
貧しさに困窮して海外に目を向けるタイの女性たちがいる。あるタイ女性はスイスへ向かい、ある女性は中東へ向かう。ドバイへ行く娘もいれば、シンガポールを目指す娘もいる。自国よりも稼げるところであれば、娘たちはどこにでも出ていく覚悟がある。日本で売春をしているタイの女性たちもかつては珍しくなかった。彼女たちは東京・神奈川・大阪に身を潜めて夜の街に立ち、自分に声をかけてくれる男たちをひたすら待つ。初冬の冷たい風が吹きすさぶ寒い夜にも、熱帯の娘たちがコートの襟を立てて道ばたに立っていた。彼女たちに冬は似...
アジアの貿易国家シンガポールは、リー・クワンユー元首相が作り出した熱帯の実験国家だ。この卓越した政治家は、マレーシアから独立した後、多様な国民をまとめるために、あるいは国民の大多数を占める中国人の中華色を薄めるために英語を公用語として採用した。ハイテク化を進め、クリーン&グリーン政策で、おおよそ熱帯の国とは思えないほど清潔な環境を作り上げた。 しかし、逆にそれが国民の極端な監視を生み出した。ツバを吐いたら罰金、ゴミを捨てたら罰金、横断歩道以外のところを横切ったら罰金、電車で物を食べたら罰金、ガ...
シンガポールの紅灯街である「ゲイラン」は好きだ。実に退廃しており、それが陰湿で、剥き出しなのが素晴らしい。ハイエナにとって、シンガポールとはすなわちゲイランのことである。かつてシンガポールはゲイランの他にいくつかの地域が売春地帯として栄えていた。しかし、今では観光客向けのオーチャード・タワーと現地人向けのゲイランくらいしか残っていない。だから、真夜中になると、性欲に飢えて野獣のようになった男たちがここにやってくる。このゲイランもまた、神経質なシンガポール当局が何かと理由を挙げて執拗な取り締ま...
ときどき、正体がつかめない女性が売春地帯にいる。シンガポールの売春地帯ゲイランにいた中国大陸から来たひとりの女性は、まさに正体のつかめない得体の知れないものを持っていた。1キロ先でも男が全員振り返るような派手なファッション。大きな胸。不思議なセックス・テクニック。言葉すら通じないのに、ポン引きを介さないで売春ビジネスに一匹狼で飛び込める度胸。その上、詐欺のテクニックも知っているが、詐欺師ではない女性……。素人ではないが、かと言って売春ビジネスで生きてきた女性でもない。こんな、熱く危ういものを感...
もし彼女と同じ境遇だったとき、耐えられるだろうか、と考えることがよくある。ウィナのときもそうだった。来る日も来る日も、夜になると、熱帯のどんよりと湿った空気の中で立ち続け、道ゆく男たちの好奇の目にさらされ続けなければならない。体調が悪くても関係ない。休ませてくれない。飼い殺しだ。自分が肉体を張って稼いだ金なのに、オーナーに大半を搾取される。オーナーは全身入れ墨のヤクザで、管理するのは人を人と思わない年中罵り声を上げる女。ウィナは、そんな中で8ヶ月以上も拘束されていた。もし彼女と同じ境遇だった...
シンガポールからガルーダ航空の飛行機に乗ってジャカルタのスカルノ・ハッタ空港に着くと、まずはガンビル駅行きの「ダムリ」のバスに乗って市内に向かう。バスの中は冷房など気休め程度にしか効いていない。すっかり古くなってしまった座り心地の悪いシートに座って窓際へ寄り、ぼんやりと夜のジャカルタの街を見つめた。乱暴なバジャイ(三輪タクシー)が国道を縫って走っているのが見える。けたたましい爆音と排気ガスが熱帯の空気を焦がして、ただでさえ暑い空気をさらに熱しているかのようだ。昔のバンコクのようだと思う。現在...
インドネシアで経済の中枢をしっかりつかんでいる中国系の人々は、常に嫉妬や羨望の的だ。その事実は「中国系に搾取されているから他は貧しいのだ」という歪んだ感情となって鬱積してゆく。だから、暴動が起きると中国系の人々は真っ先に略奪の対象になってしまう。スハルト政権もいよいよ末期に近づいた1998年5月もそうだった。経済危機から端を発した大学生のデモに軍は発砲し、四人の学生が殺害された。これが直接の暴動のきっかけだった。暴動が起きると、すぐに貧しい人々が暴動に乗じて商店・銀行を略奪し始めた。日用品を扱っ...
ジャカルタの北部コタの街は真夜中になると怪しげな男たちが溢れ始める。肩を怒らせて歩くギャング、野放図なチンピラ、ぼったくりタクシーの運転手、高級外車に乗ったマフィア、ドラッグに飲まれた中毒者、そして何者なのか分からないヒマを持て余しているような男たち。ディスコの前には煙草売りの若者がたむろして、タクシーでやって来る男たちにまとわりついて何とか煙草を売りつけようとしたり、帰ろうとする客を強引に仲間のぼったくりタクシーに乗せようとしたりしている。そんな男たちを横目で見ながら、この見知らぬ街をゆっ...
インドネシア首都ジャカルタは、高層ビルが林立する大都市にふさわしく眠ることはない。マンガ・ブザール通りを西に歩いて大通りに出ると、そこはハヤム・ウルッ通りである。夜の11時頃、マンガ・ブザールからハヤム・ウルッ通りに出て南に向かって歩いていた。昔はこの辺に売春女性が立ち並んで客を取っていたと聞いているが、今は彼女たちの姿は見かけることもなかった。時期が悪かったのか、時間が悪かったのか、それとも最初からこんなところにいなかったのかは分からない。肩をすくめてさらに南下して行った。街のあちこちに目を...
インドネシアの首都ジャカルタ・コタ地区ジャラン・テー(Jl.Teh)にある置屋で会った娘のことを思い出すと、とても複雑な気分になる。彼女の名前はリリーと言った。猫のような目を持ったキュートでかわいらしい娘だった。この置屋は舗装もされていないわき道にある寂れて汚れた建物のひとつであり、看板さえ出ていない。店かどうかは一見してまったく分からないし、入り口は狭くて飾りらしい飾りもなく殺風景この上ない。ジャカルタにいるとき、コタの街を歩いて歩いて歩き回り、やっといくつかの置屋を見つけた。しかし、本当のとこ...
タイは世界に名だたる観光立国であり、訪れる観光客は増え続ける一方だ。パタヤやプーケット島、サムイ島、ピピ島、パンガン島などはリゾート地としての設備を整えて、毎年押しかけてくる観光客の受け入れに余念がない。多くの観光客が訪れてリゾートとしての設備が整うにしたがって、かつては不良外国人の溜まり場でもあったサムイ島などは急速に浄化されて、邪悪な雰囲気はひとつひとつ消されていったようだ。邪悪な雰囲気。それはセックスとドラッグが産み出した無法の匂いだ。サムイ島には一度しか訪れていない。この頃、この島は...
『ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々』タイ編、カンボジア編、インドネシア編、インド・バングラデシュ編、フィリピン編。

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