◆マイクズ・プレイス。緑の虹彩を持った女性とロシアの崩壊

◆マイクズ・プレイス。緑の虹彩を持った女性とロシアの崩壊

タイ編
久しぶりにバンコクに降り立ってソイ3を歩きロシア女性を捜した。しかし、半年前にはあれほどいたロシア女性たちが、煙のように消えてしまっていた。

ロシア女性はいつしかタイに現れ、バンコクのソイ3ストリートを歩き回っては男を誘っていた。それから半年もしないうちに、もう事態は変わっていた。

白人の売春女性の存在はタイでは目立ち過ぎていた。人身売買マフィアが巣食っていた悪名高きリージェント・ホテルは何度も家宅捜索の憂き目に遭っていた。

マイクズ・プレイス・ホテル

そして、ソイ3で客引き中にロシア女性が検挙されていた。ロシア女性はタイ売春業界の徒花(あだばな)であり、タイ警察の執拗な追求の前に消え去るのは時間の問題だったと言える。

時計を見るとまだ夜の9時を回ったばかりだった。

再び出直すことにして一度ナナ・プラザに向かい、夜の0時頃に再び戻ってロシア女性を確認してみた。同じだった。ソイ3を歩いているのはモスリムの男と、モスリム目当てのタイ人女性ばかりである。

しかし、この熱帯の国からロシア女性が完全に消えてしまったわけではないことを知っていた。

彼女たちを仕切るタイ・マフィアは度重なる警察の捜索に対抗して、ますますロシア女性を地下(アンダーグラウンド)に隠してしまっただけなのだ。

大半のロシア女性は危険なバンコクを逃れて、今はパタヤに移動していると聞いた。

ところが、いまだバンコクに残っている女性たちも少なくない。彼女たちはマフィアにほとんど監禁されたような状態で男に声をかけられるのを待っている。

その場所を知っていた。マイクズ・プレイス・ホテル(Mike”s Place Hotel)である。

ここでは実に1年以上も前からロシア女性を扱っていた。スクンビット通りからソイ3を入り、ずっと歩いていくとアラブ人御用達のグレース・ホテル(ここでもロシア女性の検挙が何度か行われている)が見える。

それを通り越してさらに歩いていくと道の左側にマイクズ・プレイスが見えてくる。

ここがロシア女性の「隠れ家」である。

マフィアにとってホテル経営は最適だ

マイクズ・プレイスは人身売買に関与し、ホテルぐるみでロシア女性を隠し、彼女たちに売春行為をさせては利益を吸い上げている極悪ホテルと言ってもいい。

ロシア女性はここに押し込まれて警察の目を逃れているのだった。

カンボジアもそうだが、マフィアは表向きの正業をホテル経営に求めることが多い。なぜならマフィアにとってホテル経営は様々なメリットがあるからである。

たとえば、人を誘拐・監禁するのに、ホテルは好都合である。あるいはホテルの部屋を盗聴・盗撮して利用客のプライベートを掌握して恐喝するのにも好都合である。

また、もぐりの違法賭博を設定するのもホテルなら好都合である。法に触れる仕事をこなした身内を匿(かくま)うのにも好都合である。

多額の現金が動く麻薬の売買も、ホテルの一室が使われることが多い。自分たちの経営するホテルなら密告もなく安全である。

そして忘れてはならないのは、人身売買で手に入れた女性たちを監禁して仕事をさせるのにも、ホテルはまさに打ってつけの場所であることだ。

やってきた客に部屋を供給するのもホテルなら当然の仕事だ。そういうホテルの数々のメリットにマフィアが飛びつかないはずがない。

結論として、タイ・カンボジア・中国・インドネシアのマフィアは、ホテル経営に精を出し、正業を隠れ蓑にして違法なビジネスに邁進することになる。

この当時、カンボジア・プノンペンの香港ホテルと、フェイバー・ホテルが相次いで爆破されていた。のちに、ここは経営者がマフィアであったことが暴露された。

ロシア女性の隠れ家であるマイクズ・プレイスも、まさにそんなホテルの典型的な例だろう。

ロシア女がいっぱいだ

グレース・ホテルを越えると、だんだん人通りが少なくなっていく。道ばたで寝ている浮浪者の姿も見える。

人通りが完全に消えるか消えないかの瀬戸際の距離にマイクズ・プレイスがある。

車の切れ目を狙って道路を渡り、一面ガラス張りの一階の扉を開けると、入口が小ぎれいなレストランになっているのが見える。

こんなところで食事を取ろうと思う人は少ないらしく、いつ行ってもここのレストランは閑散としている。

しかしホテル側もレストランで儲けようとは思っていないらしく、まったく営業努力をしている様子はない。

客の姿を見ると、ひとりの目つきの鋭い男が寄ってくる。顔は笑っているが目は笑っていない。これがタイ・マフィアの目であった。

身長は160センチほどで、タイ人にしては派手めの模様のついたポロシャツを着ていた。相手が何者か探りながらも、やって来た客を逃すまいと、客が何も言わない間から片手で奥へ促そうとしている。

「友達からロシアン・レディがいると聞いた」

英語で伝えると、その男はニヤリと笑った。そして「それなら俺は知っている」と達者な英語で奥に案内してくれた。

奥の左側はカウンターとエレベータがあった。

右側はロビーになっていて右裏に階段がある。その階段を登ると黒い扉のパブがあり、男は「ロシア女がいっぱいだ」と言いながら中に導き入れた。

店内は薄っすらと暗い。エアコンディションのよく効いた室内では、生演奏の音楽が大音量で鳴り響いていた。右側カウンターに向かい、案内役の男は一緒にカウンターに座った。

まわりを見回すと、白人女性が固まって何人も丸テーブルを囲んで、入ってきた客を注視しているのが見えた。大柄な身体、ブロンドヘア、そして親しみのある顔の作り……。

まぎれもなくロシア女性たちだった。

まるで犬でも扱っているように見えた

ウエイターに飲み物を頼み、マフィアの男と雑談をしながら改めて女たちをよく見つめた。

太った女、痩せた女、落ち着かない様子の女、眼鏡をかけた女……いろんな女たちがいたが、すべて白い肌のロシア女性であるという点で共通していた。

女は多かったが、客はあまりいなかった。

白人の男が数人と、旅行者らしき団体のアジア人がいた。一瞬、この団体は日本人なのかと目を疑ったが、よく見るとどうも表情やしぐさで日本人ではないというのが分かった。個人的には中国人だったと思う。

「どの女が好きだ?」とマフィアの男は急かせた。

「ブロンドもレッドもいる。ほら、あそこのテーブルを見ろ。あの女はナンバー1だ。セックスはうまい。スモーク(フェラチオ)も問題ない」

男はそんなことを言いながら親指を立てて”Good”のゼスチャーをした。

それから「ヘイ!」と大声を出してその女性を呼びつけ、女性が振り向くと”You!”(お前だ)と言いながら、ひとりを指差した。

乱暴な扱いだった。男はそのロシア女性にこちらに来るように言った。まるで犬でも扱っているように見えた。

女性は無表情のままゆっくりと歩いてやって来た。そして彼女はこちらをちらりと見て顔をそらす。

身長は170センチくらいだろうか。売春女性が好むボディコンシャスではなく、ジーンズをはいてブラウスを着ており、化粧も派手ではなかった。

この世界に飛び込んで、まだ日が浅いのだというのが分かる。二十歳を過ぎた女性だが、表情が何となくあどけない女性だった。

「グッド? もしお前がこのレディを欲しかったら、上の階の部屋へ一緒に行け。俺が案内する」マフィアの男は性急だった。

不快感を耐えているのが分かった

「待ってくれよ。他の女性も見たい」と言った。「もっと、もっと、たくさんの女を……」

男は苦々しく笑い、「じゃ、あの女はどうだ? こっちの女はどうだ?」とあちこち促す。客に早く金を吐き出させて、手っ取り早くカタをつけたいという態度がありありと分かった。

改めてよく見ると、どの女も笑っていなかった。

テーブルに座ってじっとしており、ときどき男をちらちらと眺めているだけだ。

女たちをモスクワから熱帯の国まで連れてきた巨大な組織の圧力が、女たちを見えない鎖で縛りつけているかのようだった。

踊っている女などひとりもいない。彼女たちは楽しむためにパブに来ているのではなく、ビジネスのためにここにいるのである。

ここは彼女たちにとって踊って楽しむところではなく、男に買われるために自分をディスプレイするところなのだ。

こちらが何も言わない間に、男は別の女性を「お前だ!」と呼びつけて、また目の前に立たせた。

「俺は何も言っていないよ」と男に向かって言うと、男は「いいから、いいから」となだめる。そして呼びつけた女の尻をぽんと叩いて「どうだ!」と笑った。

今度は眼鏡をかけたロシア女性で、ダークな照明のせいで眼鏡のガラスがまるでミラー入りのサングラスのようになっていた。

そんな眼鏡の反射のせいで目は見えなかったが、表情からして明らかに女性は白けており、不快感を耐えているのが分かった。「この女もグッドだ」と男は言った。

ショート、3,000バーツだ

無理やり押しつけられても、戸惑うばかりだ。

決めかねていると、男は席を立って女を目の前に座らせた。そして、ちょっと話でもしろと言う。彼女は無理やり笑顔を作って英語で「Hi(ハイ)」と言う。

笑顔でそれに答える。女が話し始めたのに安心したのか、男は大股で向こうの方に消えて行った。

「どこから来たの?」と女は尋ねたので、「日本から」と答えた。そして、彼女の出身地を聞いてみる。返事はやはりモスクワだった。

彼女の耳元に口を近づけて、「俺は彼が嫌いだ」と、さっきまでいたマフィアの男のことを小声で言った。

彼女は驚いて、しばらく何も言わなかったが、そのうち彼女も顔を近づけて「わたしも」と答えた。ふたりで意味ありげに笑った。

再び彼女の耳元に口を近づけ、「マフィア?」とさらに小声で念を押すと、彼女は黙ってうなずいた。

さらに突っ込んだ話をしようと身を乗り出すと、向こうに行った男がせわしなく戻ってきた。そして「オーケー?」と尋ねる。

やれやれと思いながら「オーケー。いくら?」と値段交渉に入る。男は今や満面の笑みを浮かべていた。そして「ショート、3,000バーツだ」と言い放った。

3,000バーツはタイではかなり高額であるのは間違いない。

パッポンやナナ・プラザ、テルメ等では、1,000バーツから1,500バーツで女性たちと手を打っている。

また半年前、ソイ3を歩いていたロシア女性は1,000バーツだと自分から切り出した。それから考えると、3倍の値段を提示されていることになる。「高いね」と言うしかなかった。

交渉は平行線を辿ったまま決裂

男は大袈裟に驚いた振りをして「ノー。全然高くない。なぜなら、よく見てみろ! ロシア女だ。タイの女じゃない。そうだろ?」と声高に主張した。

「彼女がロシア女性だというのは分かる。しかし、高い。ソイ3を歩いていたロシア女性は1,000バーツだった」

「お前は上の部屋を使え。ウーマン、ルーム、エアコンディション、すべて含めて3,000バーツだ。高くない。安いんだ」

男はそう言い張った。ディスカウントするつもりはないようだった。

それでも「高い」と言った。男は頑強に首を振って「安い」と言う。ふたりで言い合っていると、やがて見知らぬ男がやってきて交渉の中に割り込んだ。この男もまたマフィアの一員のようだった。

「よく聞け、3,000バーツは高くない」と根拠もなく断言する。

財布には常に5,000バーツは入っている。3,000バーツくらい決して払えない金額ではなかった。

しかし、それはマフィア価格である。まったく言い値のまま押し切られるのも、納得できないものがあった。

結局、交渉は平行線を辿ったまま決裂した。「すべてのロシア女性は3,000バーツか?」と尋ねると、男は「そうだ」と答えた。

溜息をつき、ロシア女性に指一本触れないままマイクズ・プレイスを後にすることになった。

パブを出る時に振り向くと、相手をしてくれた眼鏡のロシア女性はもはやこちらを見向きもしなかった。

そう言えば彼女の名前を聞くのを忘れた。忘れたというよりも聞くヒマもなかったのだった。

マイクズ・プレイスはまだやっていた

翌日、知り合いのタイ女性と共にゆっくりと時間をつぶしていた。ひとりで自分の宿泊するホテルに戻ったのはすでに真夜中も2時を過ぎていた。

シャワーを浴びてそのまま寝るつもりでいたが、ふと昨日のマイクズ・プレイスのことを思い出す。

こんな時間でもまだやっているのだろうか。

今から行こうかどうか迷ったが、そのうち服を着替えてホテルを抜け出て、真夜中のバンコクを野良犬のように歩き始めていた。

ソイ3はこんな時間になっても人通りは多かった。

民族衣装をつけたアラブ人やオープン・バーのタイ人女性が連れ添って歩いていたり、屋台のイスに座って通りがかる人々を所在なげに見つめていたりする。

ソイ3をどんどん奥へ進んで行くと真っ黒のボロ着をまとったホームレスの中年男女が道端で寄り添いながら寝ていた。夫婦のように見えた。

この夫婦を通り越してさらに歩いていくとマイクズ・プレイスは、煌々とネオンを発して客を待っていた。

中に入ると、昨日の男とは違って、正式にホテルの従業員の制服を着た50歳過ぎの男が即座にやってきた。

「ロシアン・レディに会いたい」と言うと、その男はニヤリと笑って「オーケー」と即答した。パブはまだやっているのかと思ったが、男は階段の方へ案内しないでエレベータの方へ連れて行った。

「パブはあっちじゃないのか?」と言うと、「もうクローズした。2時にクローズだ」と男は答えた。

パブではないとすると、いったいこの男はどこに連れて行くつもりだろうか。エレベータが来ると、好奇心に駆られるままそれに乗り込んだ。

エレベータの中では「どこから来た?」と男が尋ねる。「日本から」と答えると、男は黙ってうなずいた。男は7階で降り、それに続いた。

計5人が一室に閉じこめられていた

エレベータを降りると床は趣味の良い絨毯が敷いてあり、廊下の両側は客室になっている。エレベータわきには見張りと思われる男がひとり黙って立っており、こちらをじろじろと見つめた。

従業員と見張りの男はしばらく何かを話していたが、やがてふたりが奥の一室に案内してくれた。

見張りの男は客室のドアを何度かノックした。ドアはすぐに開かず、辛抱強く待った。

やっとドアが開いて中に通される。部屋は広く、テレビが点けっぱなしになって大きな音を立てていた。

ここまで案内してくれた従業員の男は、「ロシアン・レディだ」と言いながら、ベッドの方に顎をしゃくった。

ダブルベッドに、四人のロシア女性が皆一様にジーンズをはいて寝そべったり座ったりしていた。

見張りは数を数えていたが、ひとり足りないと思ったのか、急にバスルームに向かって行ってドアを開ける。

すると、バスルームから化粧直しをしていたロシア女性がもうひとり現れた。計5人がこの一室に閉じこめられているらしかった。

昨日の眼鏡の女性はいなかった。

「他の女は?」と聞くと、従業員の男が「イエス。他の部屋にいる。もしお前がこの女たちが気に入らないのなら、他の部屋の女のところに行こう」と言った。

現場を取り仕切る元締め

女性たちをよく見た。やはりどの女性も笑いかけるようなことはまったくなかった。みんな能面のような顔で、ただじっと客を見つめるだけであった。

いや、視線さえ合わせようとしない女もいた。ひとりは目も覚めるような見事な赤毛で、冷たい感じのする美人だった。

別のひとりは肩までのブロンドで、平凡で優しそうな顔つきをしていた。このふたりに興味を惹かれた。

「ショートでいくら?」と聞いてみた。すると、従業員は昨日と同じく「3,000バーツだ」と答える。

そう言われるのは予期していたが、やはり「高い」と言った。

今日は3,000バーツで手を打つつもりではいたが、ごねるだけごねてからオーケーするつもりだった。

従業員は、昨日の男と同じく「部屋代も何もかも込みで3,000バーツだから決して高くない」と言い張った。

こういう言い訳のところになると口が滑らかなのは、やって来る客が一様に「高い」と言っているのを何度も説明しているからに違いない。

値段交渉しているうちに、さらにふたりの男が部屋に入ってきた。部屋の雰囲気が一瞬にして変わった。誰も彼もが緊張した面持ちで口を閉ざした。

従業員は慌ててテレビの音量を下げる。ひとりは背が低く太っているが精力的な雰囲気を身体中から発散して人を威圧するような目つきをしていた。

肌の色はタイ人に比べると若干白い。携帯電話を片手に持ち、場を仕切る有様は、タイ人というよりも中国人に近かった。

この男が売春の現場を取り仕切る元締めであるというのは、この場に居合わせたすべての男、すべての女が沈黙して彼を見つめていることで分かった。

もうひとりは恐らく彼のボディガードだろう。

こちらは刺青を彫った裸の上半身に着古したデニムの上着を軽く引っかけて、まったくの無表情のままであった。

最後通牒

元締めの男がタイ語で吼えるような調子で何かを言うと、従業員が今までの経緯を話し出した。

たぶん「この日本人は3,000バーツが高いと駄々をこねている」などと言っているのだろう。

元締めは威嚇するように「どの女がいいんだ?」と尋ねてきた。ブロンドの平凡なロシア女性に目をやって「彼女がいい」と答えた。「オーケー。3,000バーツ。部屋はここだ」と元締めはあっと言う間に決めてしまった。

「ノー」と反論する。「3,000バーツは非常に高い。2,000バーツにしてくれ」

それを聞いて男たちは一瞬沈黙したが、元締めは「2,500バーツ。これでいいな? いいな!」と脅迫するかのように大声で言った。

有無を言わさない交渉であった。元締めは威圧するように立ち、まわりを男たちが囲んだ。

つまりこれは最後通牒であった。

これを受け入れなければ、どんな目に遭ったとしても文句は言えないに違いない。しばらく考えてからオーケーした。

2,500バーツは確かに相場よりも高いが、ロシア人売春女性は違法(イリーガル)であり、タイ・マフィアもそれだけ危険を冒して女性を提供しているのだ。

彼らにはコストがかかっており、そのコストが値段に反映していると考えると、資本主義の理屈には合っているには違いない。

3,000バーツでもオーケーするつもりでいたが、500バーツをディスカウントさせてひとりのロシア女性を手に入れた。

現金をその場で支払うと、男たちは残りの女たちを引き連れて部屋を出ていき、平凡な顔つきのロシア女性がポツンと残された。

あなたの目はブラウンよ

女は先ほどの緊迫したやり取りにすっかり怯えきっており、こちらを見る目がこわばっていた。

名前を聞くと「ローラ」と答えた。英語は「リトル」だった。彼女もまたモスクワ出身だと言った。

「日本からやって来たツーリスト」だと言って、マフィアの一員ではないことを説明すると、彼女は幾分気が和らいだようだった。

近くで見るローラの目は青く澄んでいて美しく、素直に彼女の目が魅力的だと言った。「目の色はブルーだね」と言うと、彼女は「違うわ」と首を振って「グリーンよ」と答えた。

ホテルの少々薄暗い明かりが悪いのか、どう見ても彼女の目の色はブルーにしか見えなかった。

「今はブルーにしか見えない」と言うと、彼女はわざわざハンドバックから手鏡を取り出して自分の目をのぞき込んだ。「イエス、ブルー。でも、グリーンよ」と彼女は言い続けた。

「俺はブラックだよ」と言って彼女に見せる。彼女は目をのぞき込んで、また「ノー」と言った。

「あなたの目はブラウンよ」。手鏡を借りて自分の目をのぞき込むと、確かに自分の目は深い茶色というのが正確だった。

初めてローラの顔に笑みが浮かんだ。やっと打ち解けた。

話が途切れると、彼女が服を脱ぎ始めた。黒のブラジャーに黒のパンティ、そして黒のストッキングをガータベルトでとめている典型的な欧米型の売春ファッションが目の前に現れる。

欧米の売春女性にはガータベルトが必須のアイテムだ。

タイのような熱帯の国に来てまでストッキングをはくのは、このガータベルトをつけたいがために違いない。ローラの肌は透き通るように白く美しかった。

ローラの緑色の虹彩

彼女のビジネスが終わった後、先にローラがシャワーを浴びた。そのあとに浴室に入ると明るい蛍光灯が灯っていた。ローラを浴室に呼んだ。下着姿のままのローラが怪訝な顔をしてやってくる。

「目をもう一度見せてくれ」と言うとローラは顔いっぱいに笑みを浮かべた。明るい蛍光灯の下で見るローラの目は、確かに輝くようなグリーンだった。

「イエス。グリーンだ」と言うと、ローラは「あなたはブラウンね」と再び言った。

「イエス」と答える。いつ見ても白人女性の瞳の色は神秘的だ。ローラの緑色の虹彩の中に引き込まれそうだった。

虹彩の色はメラニン色素の量が決定していると言う。すなわち、メラニン色素が多いと瞳は黒くなり、少ないと青っぽい色になるらしい。

ローラはまぶしそうに目をしばたかせて、ロシア語で何かを言った。聞き返すと彼女は何でもないと言う風に首を振り、浴室から出て行く。

着替え終わると、ローラと最後の抱擁をして部屋を出た。エレベータのところでは見張り役がひとりだけ廊下にいて、客の姿を見つけると何も言わずにうなずいただけで合図して1階のボタンを押した。

やがてやって来たエレベータに乗って1階に降りると、ちょうどホテルのカウンターのところで元締めがボディーガードと一緒にいるところに出くわした。

元締めは「終わったか?」と尋ねた。「終わった」と答えると、すぐに興味をなくしてカウンターの女性と話し込む。

ホテルの従業員がやって来て、慇懃にホテルのエントランスまで送り届けてガラス戸を開けた。

金を払って用済みになった客はさっさとホテルから出ていくように無言で伝えているかのようだった。

夜中の4時を回ったソイ3を歩きながら、マイクズ・プレイスのロシア女性を扱った稼業はこれからもずっと続いて行くのだろうかと考えていた。

もし警察に踏み込まれるようなことにでもなれば、マイクズ・プレイスの売春稼業は壊滅するだろう。

しかし、あれだけの用心深さで稼業を守っているとすると、当分は安泰と考えていいのだろうか。

ロシア女性があまりにも抑圧されていたのが気になった。

黒の下着とガータベルト

若く魅力的なロシア系の白人女性は、ここではただの奴隷だったのだ。国が破綻して経済的に成り立たなくなると、その国の女性はどうなるのか目の当たりにしてきた。

白人の国であろうが、黒人の国であろうが、黄色人種の国であろうが同じである。国が破綻すると、女性は売春に身を落とす。

状況が揃えば、女性たちはマフィアに売られ、知らない国へと人身売買されてゆく。

そして、どこかに監禁されて売春を強要されるのだ。どこかとは置屋であったり、マッサージ・パーラーであったり、パブであったり、ホテルの一室であったりする。

ローラは経済破綻が生み出した現在の奴隷だった。共産主義体制、アフガン戦争、チェチェン戦争……。そのような歴史で国を疲弊させた政治家が、ローラのような女性を生み出した。

ソビエト連邦が崩壊し、エリツィン前大統領は「ロシアを500日で近代的な資本主義国へ転換する」と豪語した。

しかし、経済は混乱し、社会秩序は乱れ、道徳は崩壊し、ついには国そのものが破綻してしまった。

ソ連は、かつて東南アジア一帯に大きな影響力を持っていた。ベトナム戦争時は共産主義というイデオロギーと共にソ連の影響力はインドシナ半島を席巻した。

カンボジア・ラオスの共産化についてもソ連の存在とは無縁では存在しなかった。

そんな強大なソ連は、1991年に崩壊して、もはや東南アジアにロシア(ソ連)の影響力は皆無に近い存在になった。

そして現在。

かつての支配者はすっかり落ちぶれて、自分たちの国の女性をプターナ(売春女性)として世界中に流出させる事態となっている。

世界中というのは誇張ではない。オランダ、ドイツ、シリア、イスラエル、サイパン、グアム、ハワイ、タイ、カンボジア、日本、香港、中国、アメリカ……。

あらゆる国でロシア女性は売春奴隷として酷使されているのだ。

オランダに売られた旧ソ連の女性は、アムステルダムの飾り窓に立たされる羽目になっている。

イスラエルの売春宿にも偽造パスポートで送り込まれたロシア女性が、ひっきりなしに男を取らされている。

アメリカ・ロサンゼルスでも密入国したロシア女性が逮捕される事件もあり、実際には売春宿に多数潜り込んでいるのが確認されている。今やロシア最大の輸出品は女性だと言ってもいいかもしれない。

奴隷にしか見えなかった売春ビジネスは、本国ロシアでは若い女性の人気の職業のひとつになっているそうだ。なぜなら、手っ取り早く現金が稼げるからである。

彼女たちはもはや国など当てにできず、信じられるのは自分の肉体だけという極限の状況に放り込まれている。

しかし、そんな人気の職業は、マフィアによる人身売買の歯車であり、女性の肉体は単なる商品のひとつとして扱われる。

人格は無視されるのが当たり前の危険な職業だった。そうであったとしても他に選択肢がなかったに違いない。

国の経済的な破綻と個人の絶望的な貧困の前で、彼女たちは国を捨てて異国へ赴く。黒の下着とガータベルトをつけて……。

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