ブディンのネイ。引き裂かれるように別れるのが怖かった

ブディンのネイ。引き裂かれるように別れるのが怖かった

プノンペン北部トゥールコック地区の70ストリートに久しぶりに降り立ったとき、そこがかつて知っている70ストリートではないことを知った。いや、それはここに戻る前からいろんな人たちに聞いていて知っていた。今、自分の目でそれを確認したのだった。

あの舗装されていない砂塵の舞い散る荒れた道と、その両脇に建ち並んだバラック小屋の荒んだ光景、そして数えきれないほどの若い娼婦たち……。嬌声や、怒声が飛び交っていたあの活気は、幻影だったかのように消されていた。

はじめてそこを訪れたとき、これほど荒んだ売春地帯があるのかと驚いたが、その面影はどこにもなかった。太陽の熱さえ、あのときと違う感じがした。いつも漂っていた泥水の匂いさえなかった。

そこにはただ何の変哲もなく何の特徴もない舗装された道が続いているだけで、それは記憶に残っているものとまったく違う。道の幅さえ違った。もちろん両脇はまだ赤茶けた土が残っており、それがカンボジアらしさを醸し出している。

しかし、アスファルトの道路になっていること自体がもう過去と決別しなければならないことを意味していた。今でも貧しい光景かもしれないが、かつてほどではない。バラック小屋も残っていたが、レンガとコンクリートの建物に取り変わろうとしている。

そうか……。すっかり変わってしまったんだな。

70ストリートをゆっくり歩きながら、あのときのいろんな思い出を巡らせるのを止めることができなかった。失ったものを数えるのはとても哀しい作業だ。このあたりにはこんなバラックがあって、こんな女がいた。そうだ、そうだった……。

好きだったベトナム娘がいたバラック小屋もまたきれいになくなっていた。初めて彼女と会ったとき、彼女は紅土に打ち水をしていたんだと想い出す。

彼女は一緒に日本に行きたいと必死に訴えたけれども、それを拒絶してひとりで日本に帰ってしまった。後悔や未練や懐かしさや寂しさが胸を絞めつけて、思い出に押しつぶされそうになった。

拒絶したのは自分なのに、自分が捨て去った娘の涙を想い起こして、まだこんなに未練が残っているのかと自分の感情に驚いた。想い出は本当に風化するのだろうかと考えた。しかし……

(インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきた売春地帯の闇、電子書籍『ブラックアジア』。本編に収録できなかった「はぐれコンテンツ」を掲載。電子書籍にて全文をお読み下さい)

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『ブラックアジア外伝1 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』

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