年金で生活できないというのは、すべての日本人が現実として受け入れるべき

年金で生活できないというのは、すべての日本人が現実として受け入れるべき

国民からしてみたら、「40年も国民年金をかけ続けたのだから、老後が年金で暮らせないのはおかしいではないか」と思う。しかし、政府は国民年金を次のように考えている。「最低限の生活は国民の自助努力によって達成すべきであり、国民年金はそれを補助するためのものである」(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

50代後半の時期から貯金の取り崩しが始まる人も増えてくる

コロナ禍は、景気が悪くなるとすぐにクビを切られる非正規雇用者やフリーランサーや個人事業主を苦境に追いやっている。しかし、彼らの経済的困窮は実は老後から始まる。なぜなら、彼らは厚生年金に加入できていないからだ。

彼らは老いて働けなくなったら、老齢基礎年金(国民年金)「のみ」で老後を生きていくことになる。ところが、この年金は40年間の全期間を払っても約月6万5000円にしかならず、これで生きていくことは今の日本では厳しい。

夫婦であれば2人足してやっと13万円で、それに貯蓄の取り崩しで老後を細々と生きていくことになる。

非正規雇用者・フリーランサー・個人事業主で人生を暮らしていた人は、多くは貯金などないから老後は一気に貧困に転がり落ちる確率が高い。これが現在の日本のどん底《ボトム》で深刻化している「下流老人」である。

では、どこかの会社に長く勤めて厚生年金に入っていた人は悠々自適なのかと言えば、まったくそうではない。年金の支給は基本的には65歳からになるのだが、実際には多くの企業は60歳を定年としている。大企業では一足早く、55歳定年というところもある。

その場合、再雇用されるとしても給料は驚くほど低いものになってしまう。しかし、今までのライフスタイルを変える人は少ないので、この50代後半の時期から貯金の取り崩しが始まる人も増えてくる。

貯金の取り崩しが月10万円とすると、年間で120万円が消えていくことになる。10年で1200万円が消える。半分としても600万円である。年金がもらえるまで出費が続くというのは精神的にもキツいものがある。

ブラックアジアでは有料会員を募集しています。よりディープな世界へお越し下さい。

国民年金で老後が暮らせるようになる時代は絶対に来ない

日本人の貯蓄額はその平均値が1209万円なのだが、この平均値というのは一部の富裕層が底上げしているのでこの額になっているだけだ。

実際には多くの人が1200万円もの貯金を持っていないことの方が多い。1200万円どころか現金で言えば500万円もないという60代も多い。

その場合、どうなるのか。

結局70代になる頃には貯金も消えて足りない年金で細々と生きるしかなくなる。実際、そのような境遇に落ちてどうにもならなくなった人が生活保護を申請して生きるようになっており、だから生活保護受給者の半分は高齢者となったのだ。

70代でも悲惨なことになってしまう可能性が高いのに、そこから寿命が延びて100歳以上生きるようなことになったら絶望しかないはずだ。

このままでいくと今後の日本はどん底《ボトム》に落ちてどうにもならない高齢者で埋め尽くされる国となる。

政府になんとかしろと今さら言っても無駄だ。なぜなら、こうした結末になると分かっていながら放置していた元凶が政府だからだ。人口動態はあらゆる未来統計の中でもっとも分かりやすい未来予測である。

つまり、政府は日本が1990年代に「このままでは日本は高齢化して絶望的な状態になる」というのを知っていた。それにも関わらず、何もしなかったのが政府なのだ。

その結果、少子高齢化を放置した結果のツケを今の日本人は今後支払っていくのである。国民年金で生活できないというのは、すべての日本人が現実として受け入れるべきだ。

国民年金で老後が暮らせるようになる時代は絶対に来ない。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

日本の底辺で高齢層の貧困はどんどん広がっていく

国民からしてみたら、「40年も国民年金をかけ続けたのだから、老後が年金で暮らせないのはおかしいではないか」と思う。しかし、政府は国民年金をこのように考えている。

「本来、健康で文化的な最低限度の生活は、国民の自助努力によって達成されることが基本である(公的年金制度に関する考え方 厚生労働省年金局)」

つまり、「国民年金で少しくらいの補助はするが、最低限の生活は自分で何とかしろ」というのが国の立場である。政府は国民が老後も最低限の生活ができるようにするより、とにかく財政赤字を是正する方に目が向いている。

そうした状況なので、日本のどん底《ボトム》では高齢層の貧困がどんどん広がっている。そして、真っ先に叩きのめされるのが、厚生年金に加入していなかった人たちと貯金がまったくない人たちなのである。

非正規雇用者やフリーランサーや個人事業主として仕事をしていた人たちは、後ろ盾などないに等しいので、一部の成功者をのぞくと50代を超えた時点で能力や気力が落ち始め、生活に貧困が忍び寄るようになる。

ただ、苦境に落ちるのは彼らだけではない。普通の人々もまた他人事のように彼らを見ている暇などない。今はどんな企業に所属していても、いつでも減給やリストラに見舞われる時代だからだ。

大企業は利益を求めて全世界に触手を伸ばすので多国籍化していき、世界を俯瞰して安い労働者がいるところでモノを製造し、高い価格で買う人間のいるところで売る。

そのため、高い賃金をもらっていた先進国の労働者がみんな企業にリストラされて再雇用が難しくなり、条件の悪い賃金で働くしかなくなる。そんなシステムになると、貧困は表社会で真面目に働いていた人間たちにも広がるようになり、それが止まらなくなる。

インドの貧困層の女性たちを扱った『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち』の復刻版はこちらから

自助努力で生きていけない高齢層を見殺しにする社会

仕事が消えていく。賃金は下がっていく。年金で暮らせる額でもなくなる。これで悠々自適の老後が送れるような社会になるわけがない。むしろ、年金で悠々自適に暮らすという選択肢は100%消える。

では、かつてのように子供に面倒を見てもらう必要があるのか。いや、核家族化が進んだことによって子供が親の面倒を見るというスタイルも消えた。それだけでなく、最近はさらに厄介な問題も増えている。

子供がいつまで経っても自立できるほどの賃金をもらえる仕事に就けなかったり、自宅に引きこもって外部との接触を断ったりする。そうやって親に寄生しながら生きるような子供が、数十万人規模で出現しているのだ。

子供が自分の年金と貯金を食いつぶす。これが引きこもりや8050問題である。これについては(『ボトム・オブ・ジャパン:日本のどん底』)でも詳しく書いた通りだ。

さらに高齢化が進むことによって介護施設も足りず、あっても資金不足で施設に通えないような状態になる。

そんな中で貯金も失うので、生活が成り立つわけではない。

現在、生活保護の受給者はうなぎ登りに増えているが、その要因はやっていけなくなった高齢層の存在がある。生活保護に頼りたくないという高齢層も多いが、困窮の度が深まると背に腹はかえられない。

こうした層が次々と生活保護の申請をするようになっていく。しかし、生活保護も無限に高齢層に金を出せるわけではないので、間口はどんどん狭くなっていく。

いずれ、社会は増える高齢層を抱えきれなくなり、自助努力で生きていけない高齢層を見殺しにする社会が生まれる可能性もゼロではない。あと10年。日本は少子高齢化で亡国の危機が訪れるのではないかと私は危惧している。

ボトム・オブ・ジャパン
『ボトム・オブ・ジャパン 日本のどん底(鈴木 傾城)』

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

格差カテゴリの最新記事