「生活保護を受けた方がいい」と言っても、頑なにそれを嫌がる人がいる理由

「生活保護を受けた方がいい」と言っても、頑なにそれを嫌がる人がいる理由

生活保護を申請しない人は大勢いる。様々な理由や事情がある。私は明らかに生活保護を受けた方がいいと思う人には大勢会ってきている。しかし、私はアドバイスをする資格すら自分にあるとは思えなかった。当事者の心境は、端から見ている第三者には計り知れないほど深く暗い。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

心情的にどうしても生活保護を受け付けない人もいる

生活保護を受けた方がいいほど極貧の生活をしているのに、場合によってはネットカフェ難民であったり、ホームレスであったりしても、生活保護を受けない人は大勢いる。身体が不自由であったり、高齢で満足で働けないで苦しんでいるのに、それでも生活保護を受けない人も多い。

1947年から1949年に生まれた「団塊の世代」は、行動成長期もバブルも謳歌して年金もしっかりもらえる「逃げ切り世代」と思われていたのだが、そうした団塊の世代でも全員が全員とも成功した人ではない。

人生は波乱に満ちている。勤めている会社が倒産したり、事業で失敗したり、健康を害したり、配偶者や家族が病気だったり、アルコール依存やギャンブル依存に落ちたり、背伸びした住宅ローンで破綻したり、いろんな人生がそこにある。

しかし生活に困ったからと言って、誰もがすぐに「生活保護を受けよう」という話にはならない。何があっても生活保護の世話になりたくないという人も多い。

1. 自分が貧しくなったのは自分の能力が至らないせいだ。
2. そうであれば責めるべきは自分自身である。
3. 自分が不甲斐ないのだから生活保護を受ける資格はない。

このように考える人も意外に多い。「悪いのは私だ。貧しくなったのは自業自得だ。だから、生活保護を受けたら世間様の迷惑になる」と考えてしまう。それまで真っ当に暮らしていた人ほどそうだ。

人間は誰でも失敗するし、不運なことも起こり得るし、間違った判断をするし、運の良し悪しもあるのだから、一時的に困窮するような時期が人生の中にあってもおかしくない。

今は順風満帆に生きている人間であっても、必ずどこかで挫折を経験する。

だから、そんな時に社会はセーフティーネットとして生活保護というシステムを用意しているのであり、日本国民は国民である以上はその生活保護を受ける資格はある。しかし、心情的にどうしても生活保護を受け付けない人もいるのだ。

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飢えてひとりぼっちでも、誰にも関わらないでいた方が幸せ

「生活保護を受けた方がいい」と言っても、頑なにそれを嫌がる人がいる。「福祉窓口に相談に行くだけでも行った方がいい」と言っても、それに恐怖を感じる人もいる。あるいはそうした窓口に敷居の高さを感じて足が向かない人もいる。

「もらえるもんはもらっとけ」と言い放つ人にとっては、「もらえるもの」すらももらおうとしない人がいるというのは信じられないかもしれない。

しかし、これまで社会に叩きのめされ、苦汁を飲まされ、苦しめられてきた人たちにとっては、自分が困っても社会に助けてもらおうという発想は起きないし、もしかしたら助けてもらえるかもしれないと気付いていても自分から行動を起こそうという気にもならない。

子供の頃から親に虐待され、小学校の頃には級友や先生にいじめられ、学校に出たら悪条件の会社で上司や同僚にいいようにこき使われて来た人は、「人」や「組織」がとても怖いものに感じる。

誰かと関わるということができないし、したくない。誰かと関わるくらいなら貧困も空腹も絶望も我慢しようと思う。助かる選択ではなく、誰とも関わらない選択の方を選ぶ。社会からなるべく自分から切り離して生きようとする人は、社会の片隅で誰にも見つからず、隠れるようにして細々と生きる。

飢えてひとりぼっちでも、誰にも関わらないで一日が過ごせれば安堵する。

そういう人に生活保護を受けるように言っても、窓口の人間と関わり、受給してからは地区担当員《ケースワーカー》と関わりあい、福祉事務所からもしばしば連絡があったりすること事態が耐えられない。そして、彼らが自分の生活を根掘り葉掘り詮索するのが耐えられない。

内気な人たちは往々にして生活保護のような他人が関わり合ってくるものを嫌がり、避け、それを強制してくる人がいると困惑して逃げる。生活保護を受けるためには「説明」しなければならないし「主張」しなければならない。

自分のことを堂々と説明して主張できる性格の人もいれば、それがどうしてもできない人もいる。生活保護を受けて楽になるよりも、自分の状態を説明する苦痛の方が勝ってしまう。

社会にいじめられてきた人の心境を理解できるだろうか? 生活保護を受けるというのは普通の人にとっては権利かもしれないが、こうした人にとっては人と関わってしまう分だけ大きな苦痛となるのである。

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申請者の中には「扶養照会」をとても抵抗感を持つ人も大勢いる

生活保護を受給するために福祉事務所に出向いたが、窓口にいる担当者が20代くらいの若い男性だったので、何も言わないで帰ってしまう高齢者も大勢いる。

生活保護はコンビニでペットボトルでも買うように手軽に似て入れられるようなものではない。自分の今までの「みじめな人生」や「少なすぎる所持金」や「生活能力のなさ」や「人に説明したくない病気」などを相手に洗いざらい話して判定してもらわなければならない。

自分よりも若い男性に、自分の「失敗した人生」を話すことに対して、とてもプライドが傷つく人もいる。それを「恥」だと思う。若い人に自分のみじめな人生を点検されるのがとても苦しく感じるのだ。

「現実を見ればもう生活が破綻しているのだから、生活保護を受けることになってもそれは仕方ないことだと割り切ればいいではないか」と第三者は思うのだが、当事者は誰もがそのように割り切れるわけではない。自分の失敗した人生を赤の他人に知られるのが恥ずかしいと思う人は大勢いるのだ。

恥ずかしいと言えば、「扶養照会」をとても抵抗感を持つ人も大勢いる。

扶養照会というのは、相談者の親や子や兄弟、あるいは親戚等に「金銭的な援助や同居ができないだろうか」「精神的な援助はできないだろうか」と連絡するものである。

福祉事務所は扶養義務者となる親族に書面で照会し、それに記入して返送してもらう作業をやっている。実はこれが生活保護申請者の最も大きな心の壁になってしまうのだ。

「親兄弟に自分の情けない状態を知られたくない」
「遠い親戚にまで自分の今の窮状を知られたくない」

場合によっては親兄弟や親戚とは非常に険悪な仲であることも多い。連絡する相手は虐待やDVをしてきた加害者かもしれない。そのような場合、相手に援助や同居なんか絶対に求めたくないと思うのは決しておかしな心理ではない。

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人にはそれぞれ抱えている十字架があって簡単な話ではない

困窮している人の多くは生活保護を受けた方がいい。そして、セーフティーネットを利用して困窮から脱した方がいい。しかし、人にはそれぞれ抱えている十字架があって、第三者が考えるほど簡単な話ではない。

  • 助けてもらうのは「恥」、プライドが許さない。
  • 持っている不動産・自動車等を失いたくない。
  • 自分が悪いのだから、受ける資格がないと考える。
  • 生活保護を受けるのは負けだと思う。
  • 知的障害などで制度の利用の仕方がよく理解できない。
  • 離れて暮らす親兄弟や疎遠な親戚に連絡して欲しくない。
  • 「働けるのだから働け」と言われるようで怖い。
  • 区役所や、行政の手続き、説明をする気力も体力もない。
  • 税金に寄生していると思われるのが嫌だ。
  • 誰かと関わるのが怖い、できない。
  • 最初から自分にはもらえないとあきらめている。
  • 過去や経歴を思い出したくも説明したくもない。

生活保護を申請しない人は大勢いる。さまざまな理由があり、そしてさまざまな事情がある。当事者の心境は、端から見ている第三者には計り知れないものである。

私は明らかに生活保護を受けた方がいいと思う人には大勢会ってきている。最近もホームレスの人と話をしている。しかし、私はアドバイスをする資格すら自分にあるとは思えなかった。

その当事者の人生に責任を持てるのであれば関わっても構わないと思うが、責任が持てないのであれば中途半端に関わるだけ事態を悪化させる可能性もある。

私があれこれ指図してうまくいかなくなって途中で問題解決を放棄したら、当事者は「逃げられた」「裏切られた」と思ってますます心を閉ざすかもしれない。中途半端にしか関われないのであれば、何気ない励ましの言葉さえも当事者に苦痛を与える可能性もある。

そう思うと、私はアドバイスすることすらもやってはいけないのではないかと自分を戒める。その人の人生を抱えきれないからだ。

人を助けることの難しさは、親の介護をしている人も理解できるはずだ。親ですらも本気で助けようと思ったら、経済的にも時間的にも心理的にも大変な負担となる。まして他人を助けるというのは大変なことだ。

生活に困ったら生活保護を申請した方がいいという「正解」ですらも、当事者にとっては辿り着くのが難しく、そして第三者が促すのも一筋縄ではいかない。世の中は「迷い道」でできている。生きることの難しさをいつも感じる。

絶対貧困の光景
『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち(鈴木 傾城)』

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