日本はすでに第二次世界大戦以降、約70年に渡って国内が戦争に巻き込まれていない。東京大空襲も、広島・長崎の原爆も、もうほとんどの人間が知らない。
だから、テロや戦争で日常がいかにもろく瓦解し、吹っ飛んでいくのかについては、あまり想像力が働かない。
そもそも体験したことがないのだから、爆破テロや砲撃によって建物がどのように破壊されてしまうかも知らないし、激しい破壊の嵐が過ぎ去った後にどのような光景になっているのかも知らない。
テレビも凄惨な光景は決して表に出さない。だから、人々はよけいに何も知ろうとしないでやり過ごす。
しかし、今はインターネット時代だ。知ろうと思えば誰でも「テロや戦争による大虐殺と破壊でどうなるのか」を検索して画像や動画で見ることができる。血まみれの現場をいくらでも見ることができるのである。
現実を知りたい人も多いはずだ。世界はテロと内戦と激しい市街戦に満ち溢れているのだから、戦争に巻き込まれた国がどうなってしまっているのは、実際に自分の目で確認してみて欲しい。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。
もし、その中に自分がいるとしたら?
世界ではテロや内戦や国家暴力に満ちている。グローバル化の時代になれば、日本にも多くの人間が入り込んでいくので、世界で起きている暴力はやがて日本でも起きて当然のことである。
今の日本人は、安全と秩序はこれからも保たれると思い込んでいるのだが、それがいつまでも続くとは思わない方がいい。
いずれ、日本でも激しいテロが吹き荒れる時代は必ずくる。場合によっては戦争に巻き込まれることすらもある。日本を憎んでいる周辺国がいくつもあるのだから、何も起こらないと思う方がどうかしている。
テロや戦争に巻き込まれれば、安全や治安など一瞬にして吹き飛ぶのだ。
戦争はどこかの原っぱで兵隊だけが戦っているのではない。多くの市民が暮らしているそのど真ん中で、銃撃戦が起き、手榴弾やロケットランチャーが炸裂し、戦車が砲弾を建物に浴びせていく。
建物は壁が吹っ飛び、燃え、崩れ落ちる。市街戦の中では、多くの市民が生命の危機に晒される。
もし、その中に自分がいるとしたら?
こんな状態の中では誰かが助けてくれるということはない。女性だから、子供がいるから、老いているから、病気だからと配慮してくれるわけでもない。
どこからでも砲弾は飛んでくるし、場合によっては自分や家族が重傷を負うかも知れない。重傷を負っても、誰かが助けてくれるわけではない。
もし、自分が重傷を負ったら?
もし、家族が重傷を負ったら?
誰もが我が身を守ることに必死になっているので、怪我をしても誰かが助けてくれるとは限らない。病院も爆破されていたら治療を受けることすらもできない。苦痛と激痛の中で放置されるかもしれない。
そんな地獄の中で、自分ひとりが無傷で生き残れると思うだろうか。戦争が起きて自分たちの街が標的になると、生き残れるか死ぬかは「運次第」でしかない。
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日本でも、明日何が起きても不思議ではない
シリアは2011年まで、平和な国だった。だから、2011年に、チュニジア・エジプト・リビア・イエメンと、次々とアラブ諸国が国家崩壊を起こしても、シリアの人々は、まさか自分たちの国が破滅的なことになろうとは想像もしていなかった。
ところがシリアでも内戦が勃発すると、それぞれの主要都市はあっと言う間に破壊の対象になり、修復不可能なまでに崩壊していった。たった数年で、国土は瓦礫の山と化して、荒み果てたのである。
どこの国でも、戦争が起きる何らかの火種を持っている。日本もグローバル化の中で周辺国との対立構造に巻き込まれるようになっている。
今までの日本は、第二次世界大戦が終わってからずっと戦争に巻き込まれずに無事だったからと言って、これからも無事である保証などまったくない。それこそ、明日に何が起きても不思議ではない。
「平和主義を唱えていれば日本は憎まれるはずがない」
「平和憲法を唱えていれば理解される」
そのように思っている人が大多数を占める時代もあった。しかし、もうそんなお花畑なことを信じている日本人はほとんどいない。
かつて私たちは、日本がこのような不穏な空気に包まれると思っていただろうか。気が付けば、私たちは不穏な空気の中で生きることを強いられており、来たるべき「衝突」を誰もが予感するようになっている。
グローバル化によって世界が密接に関わるようになると、宗教・文化・経済・歴史のすべてで対立が激化するのだ。
「グローバル化は対立と衝突を生み出す」と当初から言い続けてきた人も一部にいたが、最初は誰も信じていなかった。今は、すべての人がそれを実感している。
地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから
物陰に隠れて生き残れると思っていないだろうか?
2014年から世界を恐怖のどん底に陥れた狂気のイスラム過激武装組織「ISIS」は2019年に入ってからすべての拠点を失って消えつつある。
多くの人は、これによってイスラム過激組織集団の活動は終わったと考えている。しかし、実際はそうではない。イスラム原理主義という思想が生き残っている限り、イスラム過激武装組織は消えることはない。
あまり報道されなくなったが、アフガニスタンではタリバン政権が今も生き残ってアメリカ軍にテロを仕掛けたりしている。(ダークネス:何も持たない人間が不平等極まりない環境で生き残るための重要なヒント)
2019年3月15日に、ブラントン・タラントという28歳のオーストラリア人がニュージーランドのイスラム教徒をライブ中継でイスラム系市民を大量殺戮するという事件があった。その殺戮は凄まじかった。(ブラックアジア:ニュージーランドの大量殺人。多文化共生の強制は大量殺人を引き起こす)
そして、この殺戮の後に何が起きたのか。
2019年4月21日。スリランカの8ヶ所で連続爆破事件が起きて、死者321人、負傷者500人を超す大惨事が起きた。この事件で犯行声明を出したのが「ナショナル・タウヒード・ジャマア(神はアラーのみとする国民会議)」という組織だった。
この組織はISISとつながりがある組織で、容疑者たちは国外で軍事訓練を受けた可能性もあると指摘されている。タリバンも、アルカイダも、ISISも、「テロ・ネットワーク」として生き残っており、いつでも世界の警備の手薄なところで大規模テロを引き起こす能力を保持しているというのが分かった。
今後どのような紆余曲折を経て、いかなる暴力が世界を震撼させるのかは分からない。いつ、何が起きるのか、そんなことは想像もつかない。
しかし、グローバル化は「対立と衝突」を引き起こす法則があるのだから、その先にあるのは間違いなく「暴力の応酬」なのである。いったん血が流れたら、それは長く、熱く、容赦のない徹底破壊につながっていく。
そんな社会に私たちは生きているのだから、日本がいつまでも平和を維持できるなど思わない方がいい。いずれテロや戦争という巨大な暴力は日本にも上陸する。その時になって「まさかこんなことが日本で起きるなんて」と驚かない方がいい。
仰る通りです。
戦闘が始まれば、数十年かけて築いた街は一瞬で廃墟となることは、歴史が証明しています。
戦争やテロを抑止するためにも、軍制定の憲法改正が急務です。
また、官学民一体となって費用対効果の高い兵器開発に全力を注ぐべきです。費用対効果の高い兵器は優秀な輸出商品にもなります。
しかしスリランカのテロ事件、皮肉なことにスリランカ初の観光ビザ免除措置(期間限定)発表と同日に起こりましたね。
図らずもスリランカの観光客誘致政策は失敗に終わるでしょう。