ビーチとは、自由な時間・セックス・ドラッグがあるところ

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2018年3月9日。タイ南部ラノン県のパヤーム島で、欧米人とタイ人がマリファナ吸引で一挙に27人も逮捕されるという事件があった。

パヤーム島はあまり聞いたことのない島だが、最近はコアなバックパッカーが徐々に集まる島になっている。

観光客が押し寄せるタイのビーチと言えば、サムイ島やパンガン島が定番になっている。あるいは、プーケットやピーピー島を思い出す人も多い。

しかし、これらの島があまりにも観光地化されてしまうと、コアなバックパッカーは徐々に避けるようになっていた。

観光地化すると、いろいろ便利にはなる。しかし、物価は上がるし、人が増えて落ち着かないし、海も汚れる。また、すべてがビジネスライクになってバックパッカーには居心地の悪い場所になる。

現にプーケットやパタヤのような場所は海が汚すぎると悪評が立っている。サムイ島はホテルと観光客だらけとなってゴミ問題に悪戦苦闘している。

だから、喧噪から離れられ、綺麗なビーチがあり、昼間からビールを飲んでマリファナでもふかしたいと思うバックパッカーは知られていない島を目指す。

ただし、彼らはインターネットも使いたい。レストランもそれなりにないと困る。だから本当に秘島も困る。そのバランスが重要だ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

真っ白な砂浜に紺碧の海を見ながら数ヶ月を過ごす

パヤーム島は、今のところはインターネットが適当に使え、マリファナが吸え、レストランで食事ができて、まだそれほど開発の手が伸びていない。

だから、有名になりすぎて人で賑わう他の島やビーチから逃れてきた欧米人が少しずつ集まっていて、そこでかつてにサムイ島やパンガン島のようにマリファナをふかしてビーチを楽しんでいたのだった。

タイは無法地帯ではない。だから、ドラッグで逮捕されると問答無用で刑務所行きだ。特に今のプラユット政権はビーチでぶらぶらしてマリファナを吸っている欧米人が「大嫌い」で、厳しくやっているので時期が悪い。

そのため、見せしめのように何人かが逮捕されることになるのだが、軒並み逮捕されるのではないので、ビーチでドラッグを吸うスタイルをやめる欧米人バックパッカーは減ることはないだろう。

常夏(トロピカル)の国の島で、真っ白な砂浜に紺碧の海を見ながら数ヶ月を過ごすというのは、欧米では昔からのバケーションの習慣だ。

冬は厳しく日照時間が短い欧米人にとって「太陽」は全身で浴びるべきものであり、憧れである。だから、彼らはビーチに集まり、ビーチで過ごし、ビーチを愛する。

ビーチは彼らにとっては開放的な気分を象徴するものだ。道徳からも開放されている。

ビーチには、自由な時間に、自由なセックス、自由なドラッグ、自由なアルコールが許され、それがそこにある。生の喜びを楽しんでいい。太陽がいっぱいだ。

東南アジアには美しい海があり、砂浜がある。だから、彼らは「天国」を目指してそこにやってくる。欧米人のビーチに対するこだわりは私たちの想像以上のものがある。

東南アジアには美しい海があり、砂浜がある。だから、彼らは「天国」を目指してそこにやってくる。欧米人のビーチに対するこだわりは私たちの想像以上のものがある。

もう少し海につかって時間を過ごせばよかった

もっとも、欧米人でなくても、ビーチを見ていると心が落ち着くという人は多い。広大な自然。潮騒の香り。波の音。そして熱い砂の感覚。

やはり私もまたタイのコサムイ島で美しいビーチと酒と薔薇の日々を過ごして、なぜ人々がビーチに強い憧憬を持つのかを肌で知った。

観光地ではない場所で何気なくビーチに降り、日陰で何か飲みながら海を見つめ、足の裏に熱を感じ、ゆったりとした時間を感じながら、時間をつぶす。

それは至福である。

東南アジアは美しい海が多いので、タイだけではなく、カンボジアのシアヌークヴィル、インドネシアのカリマンタン島、そしてフィリピンのミンドロ島など、気が付けば多くの美しいビーチを巡っていた。

ただ、私自身は自分から海に浸かるというようなことはほとんどない。そして、それは東南アジアの現地の人々も同じだ。

たとえば、フィリピンに行くと子供たちがずっと海で遊んでいるのを見るのだが、大人たちが海で遊んでいるのを見たことがない。

遊んでいるのは子供たちだけだ。たまに母親が危なっかしい幼児を見るついでに海に浸かっている姿がある。ただ、外国人だけが水に浸かって喜んでいる。

私は泳ぐことには何の関心もないのだが、今は「せっかく美しいビーチにいたのだから、もう少し海につかって時間を過ごせばよかったのではないか」と一抹の後悔もある。

一度、どん底まで体調を崩した時期があった。

その頃に病院で他の人と話をする機会があったが、その人が唐突に「海はあなたにいいかもしれない」と言った。

「人間は魚から進化して人間になったのだから、海に戻ることで健康や元気を取り戻せる」と彼は優しく言った。

私は泳ぐことには何の関心もないのだが、今は「せっかく美しいビーチにいたのだから、もう少し海につかって時間を過ごせばよかったのではないか」と一抹の後悔もある。

海は大自然が生み出したスピリチュアルだったのか

日本人はよく温泉に浸かる。温泉の湯の中に含まれる様々なミネラルや成分が病気に良いと解説される。病気の治療のために温泉宿にいくというのは昔から行われてきたことだ。いわゆる湯治(とうじ)である。

「海に浸かると健康にいい」というのも、湯治と同様の効果があると江戸時代から言われていた。これを「潮湯治(しおとうじ)」と呼んでいた。

琉球大学の荒川雅志教授は、「海が人体に好影響を及ぼすことは、人類文明の黎明期から経験知として存在していた」と『なぜ海は体にいいのか?~海洋療法と観光の融合をどう図る~』で記している。

海に入ることによって自然治癒を助けて、血圧が安定し、病気が治る。実際に、自律神経失調症に効果があったとか、いくつかの皮膚炎や、ヘルペス、アトピーにも海水浴は効果があると報告されている。

外傷も海の水に含まれているミネラルの効果で治りやすかったり、傷が治るときもきれいな治り方をすることが知られている。

「人間は魚から進化して人間になった」という言葉の通り、身体の成分もまた海水と同じ成分で作られている。海は治療のための場だったのだ。

だから、「心」が弱っている時や傷ついた時も、人は海に入ることで治癒されたとしても不思議ではない。潮の匂い、潮騒の音、身体を揺らす振動、潮の冷たさや温かさ。これらのものは、みんな弱った「心」に効く。

海は大自然が生み出したスピリチュアルだったのか。

私は都会で生まれ都会で育った。だから、泳ぐことも、潜ることもせず、釣ることもしないし、海鮮料理も好んで食べるわけでもない。

しかし、不思議なことがある。そんな私でも、なぜかビーチに憧憬を持ち、海に強く惹かれる気持ちがある。海外に出ても、海が見える光景に心が落ち着く。

人間には、郷愁よりももっと深いところに、海を求める本能のようなものがあるのだろうか。(written by 鈴木傾城)

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