自分が意識できていない「無意識」が自分の人生を破壊していないか見つめる

自分が意識できていない「無意識」が自分の人生を破壊していないか見つめる

人生が思い通りにいかず、どんどん選択肢がなくなり、どん底(ボトム)に転がり落ちていく最中にある人は、目の前にある「危機」に対応することも大切なのだが、それと同時に自分が意識できていない「無意識」が自分の人生を破壊していないか精査する必要がある。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

財布は忘れてもスマートフォンだけは忘れない

先日、表参道を歩いている時に若い女性とぶつかった。彼女はスマートフォンを見つめながら歩いていたのだが、実を言うと私もメールが来ていないか確認するためにスマートフォンに目をやっていた。

それほど激しい衝突ではないので、私たちはお互いに謝罪して場を離れたのだが、歩きながらスマートフォンは良くないと分かっていても、つい気になるとスマートフォンを見てしまう自分の「無意識」に反省した。

私はひたすら何かを書いているのだが、その前に今起きているニュースや、メールの確認や、ツイッターや、メモや、相場の動きなど、ありとあらゆる情報をスマートフォンで確認している。

「財布は忘れてもスマートフォンだけは忘れない」という人は大勢いると思うのだが、私もまたそのひとりであるのは間違いない。使いこなしていると言えば通りは良いが、かなり依存しているのも間違いない。

私は基本的に真夜中に生きているので食事もひとりで済ませることが多く、誰かと食べに行くことも滅多にない。そのため、気がつくと食事中まで一心不乱にスマートフォンを見ている。

いくら何でもこれはまずいと思い、外にいる時は意識的にスマートフォンを見ないようにしているのだが、それで気づいたことがある。

確かに、意識している時はスマートフォンを手にしないように気をつけているのだが、それでも何気ない瞬間にかなり「無意識」でスマートフォンを見てしまう行為がどうしても抜けないということだった。

人は誰でも身構えて生きているわけではない。24時間、張り詰めて緊張して暮らしているわけではない。何かのタイミングでふと緊張の糸が切れて、無意識が出てくることがある。

外にいる時、長い信号待ちや、何かを考えていて「あれはどうなったのだろう?」と思った瞬間、あるいは何気なくぽっかりと空いた小さな時間が手に入った時、まるでそうするのが当たり前であるかのように、無意識にスマートフォンを手にしていた。

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人を滅ぼすのは意識ではなく無意識なのではないか

今や歩きながらも食事をしながらも無意識にスマートフォンを見ていることに気づいて、「これは立派な依存症だ」と私は思い至った。私も今や立派なスマートフォン依存症になってしまった。

しかし一方で、「大したことはないし、別に重い病気でもないし、その気になれば不必要に見ないことなど簡単にできる」と思う。そして、スマートフォンを不必要に見ないように、と改めて誓う。

ところが、そう思っている矢先にも、ふとした瞬間にスマートフォンを手にしているのだった。

「いや、どうしても確認しなければいけないのだから依存症ではない」「確認しなければならない仕事をしているのだ」「今はみんなそうなのだ、自分だけではない」と自分にあれこれ言い訳を与えて正当化することもある。しかし冷静になると、この言い訳は依存症が言う典型的な言い訳である。

人を滅ぼすのは意識ではなく無意識なのではないか、と思う瞬間だ。

人は誰でも自分でまったく意識していないのに、無意識に同じ行動パターンを取ることが往々にしてある。

たとえばタバコを吸う人は、何らかの集中した意識が途切れた時に、自分でも気付かないうちにタバコを取り出して吸い出す。それは深い無意識で行われる。そのため、中には禁煙の場所でも何の考えもなしにタバコを口にくわえてしまう。

あるいは、ほっとした余裕のある時間が持てた時、つい食べ物に手を出す習慣を持つ人もいる。あるいは、喉が渇いていなくても何か飲み物を飲みたい人もいる。それが習慣になっているからだ。

金曜日の夜にいつも飲んだくれている人は、そうしようと思っていなくても、その日になれば無意識に酒場に寄って飲んだくれてしまう。なぜか。それが習慣になってしまっているからだ。

パチンコ依存の人は、いくら意識でパチンコをやめようと思っていても、パチンコホールの前を通るとふらふらと中に入ってしまう。なぜか。それが習慣になってしまっているからだ。

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意識すらもできないのが「習慣」の恐ろしいところ

人は誰でも生活の中で「無意識に破滅する行動パターン」を取ることが往々にしてある。やってはいけないことを、無意識にやってしまう。悪癖が習慣化され、依存症にまで落とし込まれると、今度は「無意識」が自分の敵になる。

誰でも、何かしら「悪い習慣なのでやめようと思ってもやめられない」という何らかの行動パターンを持っている。「いや、私はそんな習慣も行動パターンもない」と思っても、他人が客観的に見れば明らかにその人特有の無意識が次々と見つかる。

イライラするとタバコを吸うとか、トラブルが起こると怒りを抑えられないとか、激しいストレスを感じると酒を飲まずにおられないとか、固有の習慣や行動パターンは必ずあるのだ。

この習慣は、もちろん自分が無意識で繰り返してきたものが固定化したものであり、なかなか止められない。そして場合によっては、変えようと思っても不可能な場合もある。

たとえば、アルコール依存やドラッグ依存は誰でも悪い習慣であるというのは分かっているのだが、それが習慣化されると、アルコールやドラッグの成分がもたらす精神的・肉体的な渇望まで加わって二重にも三重にも止められなくなる。

ギャンブル依存も、単なる習慣であると思われがちだが、実のところギャンブルによって脳内物質が異常分泌されて精神がコントロールできない状況になっているのだから、これもドラッグ依存と同じ種類の病気である。

だから、ギャンブル依存もまた意志の力でやめるのはなかなか難しい依存症でもある。こうした依存症になってしまうと、もはや本人がいくら「やめよう」と誓ってもどうにもならない。

無意識が、意志も理性も吹き飛ばしてしまうのである。

無意識の暴走が止められないのだから、その人の人生はブレーキの壊れた車に乗っているのと同じである。人生を滅ぼすことが分かっている「もの」を遠ざけようとしても「無意識」がそれを引き寄せる。

それで身を滅ぼすのだが、それを分かっていても長い習慣が身に付いて無意識になっているので止められない。

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知らない間に、いつの間にかそのような反応をする

無意識を意識するというのは難しいことだ。そして、意識できてもそれを改善するのはもっと難しいことだ。

良い習慣であれば無意識に落とし込んで、その無意識の中で生きていけばいいだけの話なのだが、人は悪い習慣も無意識として抱え込むから一筋縄ではいかない。

どんなに悪い習慣であっても、それが長く続いていくうちに固定化した行動パターンになる。そして、やがては無意識となり、その無意識が自分の人生を左右することになる。

「このようなシチュエーションの時、自分はこうしてしまう」というのは、無意識の領域なので、ほとんどの人は心の習慣を意識することがない。知らない間に、いつの間にかそのような反応をしてしまっている。

それは深刻な問題なのだが、本人はその習慣に無自覚なので、問題を把握することもなく人生を破壊していく。

人生が思い通りにいかず、どんどん選択肢がなくなり、どん底(ボトム)に転がり落ちていく最中にある人は、目の前にある「危機」に対応することも大切なのだが、それと同時に自分が意識できていない「無意識」が自分の人生を破壊していないか精査する必要がある。

無意識は知らないうちに自分の人生を破滅させる要因になるのだが、無意識が意識できた瞬間に「違う局面」に入るのだ。

無意識に行われている行動パターンが自分の人生を追い込んでいるということが意識できれば、「問題が可視化される」ので「では、どうするか」という解決方法に向けて踏み出したり、考えたりすることができる。

必要であれば、行動パターンを変えることもできるだろうし、まわりの人に支えてもらうこともできるだろうし、あるいは専門家に助けを求めることもできるだろう。何にしても、自分の問題が可視化されるということは問題解決の第一歩でもある。

あなたは、自分の人生を悪化させている無意識はないだろうか?

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