20代の頃の私は40代以後の女性の美しさが分からなかったが今は普通に分かる

20代の頃の私は40代以後の女性の美しさが分からなかったが今は普通に分かる

若さを失ったのを知り、絶望的なことになったと悲観する女性も多いが、実は世の中はよくできている。若い女性しか興味がない男もいるが、それと同じくらい、そうでない男も多い。「若すぎる女性とは話が合わないから、同年代の女性がいいんだ」という男もいれば、もともと熟れた女性のほうが好きな男もいれば、驚いたことに最初から歳などまったく気にしたことのない男すらいる。自然で好感が持てれば、それほど無理して若い格好をしなくても受け入れる男は大勢いる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

この人が若い頃はどうだったのだろうか?

20代の男女は、子供時代のことをまだ鮮明に覚えている。だから子供時代のことを振り返って「歳を取ったな」と感じる。

30代の男女は、思春期の頃をまだ鮮明に覚えている。だから、あの甘酸っぱい年代が過ぎ去ってしまったことを振り返って「歳を取ったな」と感じる。

40代の男女は次第に容姿も衰えて体力も効かなくなる。20代の頃の無尽蔵な体力を失ったことに気づいて「歳を取ったな」と感じる。

50代の男女はすでに老後が見えてくるようになる。まわりからも若いと思われることは一切ない。そして「歳を取ったな」と感じるようになる。60代以後は本当に「歳を取った」ことになる。

あなたは、どの年代にいるのだろう。どの年代にいるにしても、昔を思い出すと今の自分が若さを失って「歳を取った」ということに気づくことになる。

私もやはり人並みに歳を取った。鏡を見ると自分が確実に若さを失ったことに気づくし、体力もとっくの昔に失い、身体のあちこちが劣化し、壊れつつある。

20代の頃、自分が老いる日が来るとは思ってもみなかった。いつか老けるのだろうが、それは永遠に先の話のように考えていたものだ。もしかしたら気力で頑張れば、自分だけが最後まで老けないですむかもしれないと漠然と思っていたこともあった。

もちろん、それは根拠のない思い込みに過ぎなかった。

私もまた歳相応に若さを失った。ボロボロだ。私だけでなく、誰もが歳を取る。時の流れだけは、貧困層にも富裕層にも等しく訪れて例外がない。自分が歳を取ったということは、まわりも歳を取ったということだ。

最近は年を取った女性を見ながら、「この人が若い頃はどうだったのだろうか」と思ったり想像したりすることが多い。

ブラックアジアでは有料会員を募集しています。よりディープな世界へお越し下さい。

老化や容姿の劣化は人によって本当に違う

毎日鏡を見ていても「歳を取ったな」と自分で感じることはあまりないのだが、若い頃の写真を見て鏡を見ると客観的かつ冷静に自分が歳を取ったことを感じられる。

しかし、人は若い頃の写真を見ながら自分の今の姿を見るようなことを滅多にしないので、自分が歳を取ったことに気づくのは意外と遅い。しかし、まわりが気がつくのは早い。

それは客観性があるかないかの違いでもある。

自分を見る目は、どうしても客観性に欠ける。だから、自分の歳を気がつくのは、自分よりも他人のほうが早い。

歳の取り方は人それぞれで、30代後半なのに急激に老けて、もう50代にしか見えないような人もいる。逆に、もう60代なのに、行動やファッションが若々しくて50代前半くらいにしか見えない人もいる。

もともと身体が丈夫ではない人は老けるのが早い。また、タバコやアルコールやドラッグに過度に浸っていると、やはり内臓がボロボロになっていくので、それが原因で老化が進む。屋外で働いている人も、肌が紫外線でやられて老化が進みやすい。

しかし、老化や容姿の劣化は人によって本当に違う。

10代の女性は誰もが「若さ」という武器を持っていて、それだけでとても華々しいのだが、20代に入るとなぜか急に若さを失う女性がいる。実年齢は若いのだが、見た目年齢が必要以上に老けてしまうのだ。

若いのに若く見えない女性がいるというのは以前から気が付いていることなのだが、今でも不思議な感じがする。人の数倍、駆け足で老けていっているように思えるのだ。通常は、年相応に老けていく。

老いは隠せるだろうか。何とか頑張れば10歳くらいは若く見られるようなこともあるかもしれない。しかしながら人間の目は非常によく相手の年齢を把握するので、無理はすぐに暴かれる。虚飾はしょせん身につかない。

では何もしないで荒れるがままに放置していいのか。

そんなことはない。やはり必要最小限は自分の見栄えにも気をつけた方が若さが保たれる効果がある。見栄えは大いに気をつける必要がある。(ブラックアジア:年齢がいけばいくほど格好をつけた方が健康に良い理由とは

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

自然で好感が持てれば、受け入れる男もいるという現実

先進国では医学の発達や環境の最適化や人々の意識の変化で、50代や60代が「高齢者に見えない」という現象が起きるようになっている。特に女性がそうだ。本当に若く見えるし、健康寿命的にも若いのである。

先進国の女性には「若さの維持」は、世界経済や政治や金融などよりもよほど重要なものでもある。サプリメントやハーブやエステや運動や化粧や食生活をどうすればいいのか、事細かく研究している。

先進国の女性は途上国の女性に比べると本当に若さが持続する傾向がある。アンチエイジングに成功している。

しかし、永遠にアンチエイジングに成功し続けるわけではない。

遅いか早いかの違いだけで気がつかないうちに若さは削り取られている。それに気がついた時、過剰なまでに挫折感や焦燥感のようなものを持つ女性もいる。

現実と向き合おうとしないのだ。現実に向き合うというのは「客観的」に鏡を見るということでもある。客観性を失うと、鏡を見ても現実が受け入れられない。そこで、現実感を喪失した女性は、厚い化粧やファッションで必死になって老いを隠す。

しかし、どんなに厚化粧をしたところで、男は女の若さや老いを本能的に知ることができる。それは見透かされる。

これは絶望的なことなのだろうか。

若さを失ったのを知り、絶望的なことになったと悲観する女性も多いが、実は世の中はよくできている。若い女性しか興味がない男もいるが、それと同じくらい、そうでない男も多い。

「若すぎる女性とは話が合わないから、同年代の女性がいいんだ」という男もいれば、もともと熟れた女性のほうが好きな男もいれば、驚いたことに最初から歳などまったく気にしたことのない男すらいる。

自然で好感が持てれば、それほど無理して若い格好をしなくても受け入れる男は大勢いる。

2018年に54歳で亡くなったインドを代表する女優シュリデヴィ・カプール。50代にしてこの美しさ。信じられるだろうか? この人ほど美しいまま歳を取った女性を私は他に知らない。私にとって、世界7不思議の1つでもある。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

普通は、女優ですらも時の流れには到底抗えない

女性の場合は、子どもを数人産んだらどんなに若くても身体の劣化が避けらない。妊娠中は赤ん坊に栄養素を取られる上に、腹はせり出し、極限まで膨らみ、子供が生まれれば急激に萎んでいく。

妊娠線は急激に膨らんだ肌がひび割れてしまった痕だ。膨らんで萎んだ腹の皮を元通りにできなくて、微細な皺が寄って柔らかくなったままの女性も多い。

乳房もまた大きく膨らみ、それから脂肪が収縮するので自然と垂れてくる。乳首も大きく太く、そして色も黒ずんでいく。

子どもを産んだら、年齢は関係なくそのような体型になっていく。18歳で子どもを産み、20歳ですでにそのような身体になった女性を知っている。年齢とは関係のないところで女性は若さを失う証拠である。

それは瑞々しい処女の身体とは程遠く、もしかしたら女性自身が一番自分の身体に失望しているかもしれない。

いつまでも若い身体でありたいという女性の想いとは完全に相反する姿がそこにある。人によってはショックを隠せないに違いない。

そして、現実にはそういった女性の身体の疵(きず)や変化を嫌う男も多い。

女性たちもそれを知っているので必死で隠そうとするが、隠し切れるものではなく、年を経れば経るほどすべてに張りを失って、状況はますますひどくなっていく。

老いるとは現実を受け入れることであり、どんなに神々しい女性も、やがては自分に失望する時が来る。美を失い二度と取り戻せない。若い頃に「女神」のようにチヤホヤされていた女性も、40代に入る頃には若さを失っている。

もちろん、世の中には「例外」がある。

たとえば、インドの大女優だったシュリデヴィ・カプールは2018年に54歳で死亡したが、彼女は死ぬまで超絶的な美しさを保っていた。あまりにも美しすぎて神々しさを感じるほどだった。

そういう「例外」はあるのだが、あくまでも例外は例外でしかないというのは留意しておく必要がある。

普通の一般的な話をすれば、莫大なカネと時間と暇を美容にかけているセレブ女性や女優ですらも、時の流れには到底抗えない。

シュリデヴィ・カプールは2018年に54歳で死亡したが、彼女は死ぬまで超絶的な美しさを保っていた。あまりにも美しすぎて神々しさを感じるほどだった。50代になっても美貌は衰えなかった。

インドネシアの辺境の地で真夜中に渦巻く愛と猜疑心の物語。実話を元に組み立てられた電子書籍『売春と愛と疑心暗鬼』はこちらから。

老いていくことを受け入れることができるかどうか

天性の美しさを保てる「例外的女性」も中にはある。

しかし、通常は化粧をしてごまかしても、ファッションでごまかしても、刻々と進んでいく老化から逃れることができない。自分の身体を大切にしていても、若さを失い、そして活気を失い、老いに流されていく。

歳を取るとはそういうことであり、身体がゆっくりと確実に崩壊していくのを自覚することだ。決して逆戻りはできない。

失っていく若さを取り戻そうとして、大掛かりな整形手術をする人もいる。しかし、そうやって手に入れた美しさはその瞬間が絶頂期で、数年も経てばやはり容姿が崩れていく。

整形手術はその瞬間を美しさのピークにするものなのだ。そうであれば、あとは落ちていくしかない。しかも、その崩れ方は普通よりも甚大なので、見る人にショックを与える。

時の流れを逆行させることはできない。だから、人間は失ってしまうものを嘆き、そして懐かしむ。若かった頃の溌剌とした自分を失うと、はじめてその若さは貴重だったのだと分かる。

これは誰もが通る道だ。永遠の若者はこの世にいないのだから。

問題は「自分が老いていくこと」を、受け入れることができるかどうかである。どんなに認めたくなくとも、鏡を見れば現実がそこに写される。自分が鏡を見なくても、他人が自分を見ている。

老いを受け入れるのは早いほうがいいのかもしれない。抗って、抗って、最後にあきらめて受け入れるのではなく、一刻一刻と老化していく自分を受け入れたほうが楽だ。

自然で好感が持てれば、それほど無理して若い格好をしなくても受け入れる男は大勢いるのだから、無理する必要などまったくない。その年代に相応しい上品さや美しさがあれば男は感銘を受ける。

私自身もまた、それぞれの年代で自然な美しさを維持できている上品な女性であれば惹かれるし、そうした女性に対しては「老い」よりも「美しさ」を感じることができる感性がある。

20代の頃の私は40代や50代や60代の女性の美しさなどまるっきり分からなかったが、今の私は普通に分かる。好きになれる女性の幅がより広がった。私は自分の中の、そうした心境の変化をとても嬉しく思っている。

『最新医学が教える 最強のアンチエイジング(米井 嘉一 )』

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

ライフスタイルカテゴリの最新記事