ドーピングを行う者は「機能向上」のみを着目する。しかし、言うまでもないがドーピングにも弊害がある。肉体には限界があって、その限度を踏み越えて無理なドーピングに走ると、それが歪みとなって身体が故障してしまうのだ。身体を限界ギリギリまで向上させるドーピングは、ある瞬間に限度を超えると身体を破壊してしまう元になってしまうのである。限界ギリギリで止めればいいではないかと思うが、どこが自分の限界なのかを見極めるのが難しい。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
エネルギードリンクのカフェインも一種のドーピング
2020年は東京でオリンピックが開催されるのだが、恐らくここで再びドーピングの問題がクローズアップされることになるだろう。
オリンピック選手は国を代表して大会に臨んでいる。そのための重圧やプレッシャーは相当なものである。そこで一部の選手は一世一代の舞台で勝つために、それこそ命がけで何でもする。
ドーピングで身体能力が向上するというのであれば、その誘惑に抗えない選手やコーチがそれを手段のひとつとして選択しても不思議ではない。それがオリンピックの闇になっている。
私たちはこの「ドーピング」をオリンピックだけの問題であると捉えがちだが、その認識は間違っているのかもしれない。
現代社会は激しい競争社会であり、競争があるところには広義の意味でのドーピングが必ず発生する。
私たちも無意識に自らの身体にエネルギードリンクを流し込んだり、カフェインを取ったり、何かのサプリメントを日常的に取っているはずだ。ほとんど誰も意識しないが、これらもドーピングである。
かつてはED(勃起不全)治療薬と言われていたバイアグラも、最近はセックス増強剤として使われている。これもまたドーピングである。
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人に言っても信じてもらえないと思うほどの筋肉量
ドーピングを行う者は「機能向上」のみを着目する。しかし、言うまでもないがドーピングにも弊害がある。
肉体には限界があって、その限度を踏み越えて無理なドーピングに走ると、それが歪みとなって身体が故障してしまうのだ。
身体を限界ギリギリまで向上させるドーピングは、ある瞬間に限度を超えると身体を破壊してしまう元になってしまうのである。限界ギリギリで止めればいいではないかと思うが、どこが自分の限界なのかを見極めるのが難しい。
ドーピングを止めれば元に戻ってしまうので、いったんドーピングを始めると往々にして壊れるまで止められない。
ドーピングとして使われる薬剤として最もよく知られているのはステロイド(アナボリックステロイド)だろう。ステロイドは人間の筋肉を向上させることは一般人にも知識として知るようになっている。
ステロイドと聞けば、誰もがボディービルを思い出す。トップレベルのボディービルダーは、同じ人間とは思えないような、まるで作り物のような驚異的な筋肉量を持っている。
私もプロのボディービルダーの身体を間近に見たことがあるが、そのときの衝撃はいまだに覚えている。人間はここまで身体を「改造」することができるのかと感嘆せざるを得ないほどの、まさに想像を絶した筋肉量だった。
今までこれほどの筋肉を持った人を見たことがないし、その巨大さはたぶん実際に間近で見たことがない人に言っても信じてもらえないと思うほどの筋肉量だった。
上腕二頭筋の腕周りは、痩せた女性のウエストと同じくらいあった。腕だけではない。背中はエイのように広がっているし、太腿に至ってはおおよそ人間の足とは思えないほどの膨張ぶりだった。
筋肉量を追究すると、こうなるのかと人間離れした筋肉を前に考えさせられるものがあった。
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ひとりだけ止めたら止めた人間が競争から取り残されていく
ウエイト・トレーニングを規則正しく効果的に続けていると、人間の身体は筋力が発達していき、誰でもある程度の筋量(バルク)を付けることができるようになる。
しかし、誰もが全盛期のアーノルド・シュワルツェネッガーのようになるわけではない。遺伝的要素も作用する。自分の限界を超えて、欧米のボディービル競技の第一線で活躍するような圧倒的な筋肉の質感を作り上げるにはどうすればいいのか。
それがステロイド(アナボリックステロイド)である。
ボディービル業界では、すでに競技のトップレベルに到達するには、何らかのステロイドに染まらなければならないところにまで来ている。競技に勝つために極限を求め、その極限を追求するためにアナボリックステロイドに到達する。
ボディービルダーのアナボリックステロイド使用は筋肉量を劇的に増やすという意味では恐ろしいほど成功しているが、一方でボディービルダーのステロイド禍は大きな問題を引き起こしている。
内臓肥大から女性化乳房、ガン、心臓疾患、白血病とありとあらゆるステロイド症候群が競技者に襲いかかり、蝕んでいく。それでもやめられないのは、やめれば競技者として成功できなからである。
プロは勝負の勝敗が生活に直結しており、それがステロイド停止を難しくする。ドーピングによって結果が最大化されると、すべての競技者が最大化に向かって突っ走るので、ひとりだけ止めたら止めた人間が競争から取り残されていく。
だから競技の主催者は厳しくドーピングを取り締まるのだが、取り締まれば取り締まるほど選手側が巧妙にそれを隠そうとして、イタチごっこになっていく。
いったん巧妙なドーピングが取り入れられたら、もうドーピング競争から逃れることはできない。最終的に破滅するまで暴走していくだけだ。ドーピングの最後は副作用による自壊だが、それは分かっていても自壊するまで突っ走る。
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「その瞬間」のためにすべてを犠牲にするような極端なもの
ボディービルダーは心臓が肥大して死ぬことが多いのだが、以下に著名なボディービルダーのうち、心臓の問題で死亡した人たちの一部を抜き出してみた。ボディービルダーは他にも内臓の疾患で死亡しているケースが多いのだが、心臓以外の疾患で死亡したビルダーは省いている。
トレヴァー・スミス(30歳で死亡。心臓発作)
ロバートベナベンテ(30歳で死亡。心臓発作)
デレック・アンソニー(32歳で死亡。心臓発作)
ダニエル・セカレッチ(33歳で死亡。心臓発作)
アート・ウッド(37歳で死亡。心臓麻痺)
マット・ドゥヴァル(40歳で死亡。心臓麻痺)
エド・ヴァン・アムステルダム(40歳で死亡。心臓発作)
グレッグ・コバックス(44歳で死亡。心不全)
アンソニー・ダレッツォ(44歳で死亡。心臓発作)
チャールズ・ドゥラ(44歳で死亡。心臓発作)
フランク・ヒッレブランド(45歳で死亡。心臓発作)
ハンス・ホプステッケン(45歳で死亡。心不全)
ナッサー・エル・ソンバティ(47歳で死亡。心不全)
マイク・マタラッツォ(47歳で死亡。心臓合併症)
ドン・ヤングブラッド(49歳で死亡。心臓合併症)
ドン・ロス(49歳で死亡。心臓発作)
テッリ・ハリス(50歳で死亡。心臓発作)
エドワード・カワク(51歳で死亡。心臓発作)
ヴィンス・コムフォード(52歳で死亡。心臓発作)
グレッグ・デフェッロ(53歳で死亡。心臓発作)
別にボディービルという競技を悪く言いたいわけではない。ボディービルに限らず、あらゆる競争は最終的にドーピングへと行き着き、「その瞬間」のためにすべてを犠牲にするような極端なものへと変質していくという事実を言いたい。
ボディービルはひとつの例として取り上げたのであって他意はない。ボディービルダーにもアナボリックステロイドに頼らず、ナチュラルに筋肉を追求する選手も大勢いるわけで、誰もがドーピングしているというのはあり得ない。そう思うのは競技者に対する侮辱でもある。
しかし、オリンピックの競技のあらゆる種目はドーピング問題が存在する。
オリンピックで人間は何を目指しているのか。それは極限まで研ぎ澄まされた人間たちの記録だ。何が犠牲にされるのか。選手の肉体だ。記録に挑戦するというのは恰好がいいのかもしれないが、それはドーピングを生み出す土壌になりやすい。
人は往々にして極端(エクストリーム)の追求に走る。その気持ちは分かる。それこそが記録を生み出し、記憶に残るものだからである。しかし、ドーピングが不可欠になるほどの極限の追求は素晴らしいことなのだろうか。
強烈な光は、漆黒の影を生み出す。そういうことだ。
ボディービルダーって見た目はすごいのですが、その見た目を維持するために結構な無理を重ねているようですね。あと世間はオリンピックオリンピック言ってますがオリンピックに興味ない私は異常でしょうか?無理して東京でやらなくても良かったのにね。