◆売春する女たちと付き合うのは悪くないと私は考えている

◆売春する女たちと付き合うのは悪くないと私は考えている

売春ビジネスをする女性と付き合うというのは、人生の大きなマイナスになると言われている。それは一面の事実だから、彼女たちと付き合うなという忠告をする人がいたら、その言うことはよく聞いておいた方がいい。

まず、売春する女たちと付き合うと金がかかる。時には裏切られるかもしれない。彼女を通して悪い人間と知り合い、引きずり込まれる可能性もある。性病をうつされるかもしれない。治らない性病も世の中にはある。

売春する女たちは享楽的だ。もしかしたら彼女はドラッグ依存かもしれない。ドラッグを勧められるかもしれない。アルコールやタバコという悪癖に染まるかもしれない。

売春する女たちは金銭感覚がめちゃくちゃだ。だから自分の金ばかりか男の金も浪費するかもしれない。多額の借金を隠しているとしても不思議ではない。

売春する女たちは身体を切り売りする中で、精神的にも傷ついており不安定になっているかもしれない。感情が一定せず、時には自殺に走ったり、誰かを傷つけるかもしれない。

そのほとんどは、あり得る。売春する女たちと付き合うのはリスクである。もし今まで売春する女たちと付き合ったことがなければ、止めておくというのは無難だ。

しかし私自身に限って言えば、売春する女たちと付き合うことに問題は特に感じていない。社会の表側で生きている女たちよりも裏側で生きている女たちの方が好きだし、売春地帯に沈没していた私が今さら売春する女を避けるというのは何の意味もない。

いろんな人生を知り、世の中が甘くないことを知る

売春する女たちと付き合うと、いろんな人生がそこにあると知ることができる。

男と裸で抱き合うことが好きで自ら売春地帯に飛び込んだ女性もいるし、ただ単に金のために我慢しながら売春ビジネスをしている女性もいる。

家賃の支払いのために働いている女性もいるし、売春ビジネスしか知らないからそれをしている女性もいる。世の中にはいろんな女性がいて、ひとりひとり個性があって、ひとりひとり違った人生がある。

肌を合わせて抱き合った後、静かに女性と他愛のない話をして、家族のことや困っていることや夢中になっているものをとりとめなく話していると、目の前の女性が急に愛おしくなることもある。

売春地帯でなければ会うことができない女性と出会い、いろんな話を聞き、いろんな人生を知るというのは、これから自分が長い人生を生きる上で決して無駄にはならないはずだ。

私は彼女たちと話していると、いつもいろんなことを教えてもらい嬉しくなる。彼女たちの前で私は素直になれる。ハードな人生を売春で切り抜けている女性を見ると素直に尊敬する。そんなとき、売春する女たちと付き合うのは悪くないと私はしみじみと思う。

売春する女たちと付き合うと、世の中が甘くないということも知ることができる。

字が読めない女性もいれば、数が数えられない女性もいた。彼女たちは貧しくて学校に行けなかった。そんな人生を見て、生まれた環境が悪いと、本人がどうしようと思っても這い上がれない社会になっていることをも知る。

世の中はとても不公平で不平等だ。そんな悲しさや虚しさややるせなさを感じながら、それでも売春ビジネスでしっかりと自分で稼いで生きているのを売春する女たちと付き合うことで、まるで自分のことのように怒りを感じたり、悲しみを感じたりすることができる。

そして、今の自分が恵まれていると思うこともできるし、それも薄氷の上であり、いつでも底が抜けてどん底に堕ちる可能性があることも知る。

世の中がそんな風にできているというのを私は売春する女性たちに教えてもらう。私は彼女たちと出会って良かったと心から思う。売春地帯にいなければ、出会えなかっただろう。

売春地帯でなければ会うことができない女性と出会い、いろんな話を聞き、いろんな人生を知るというのは、これから自分が長い人生を生きる上で決して無駄にはならないはずだ。

「あなたに子供を与えてあげる」と言ってくれた

売春する女たちと付き合うと、女性の大変さを知る。若くして子供を産んだ女性の身体についている傷あと。妊娠線にまみれて乳房が萎んだ女性もいれば、腹部に大きく切開した痕がついている女性もいる。

「この傷は何?」
「子供を取り出した傷よ」

彼女の腹部を大きく刻んだ傷痕を指でなぞりながら、子供を産むという「よくあること」でも女性は命がけでやっていることを知る。

こんな大変な思いをして子供を産んでいるのかと恐れおののいてしまう。陣痛の大変さ、痛み、苦しみを聞き、彼女がそんな思いをして子供を産んだということに感銘を受ける。

売春地帯で働いている女性の多くは子供がいる。そして、子供を育てるために売春ビジネスで働いている。彼女たちは大変な目をして子供を産み、そして子供のためならば自分の身体を売春地帯で売ってでも育てようとしている。

真夜中に生きる女たちと出会っていると、そんな女性の大変さを知る。売春する女たちと出会って、私は失ったものよりも得たものの方が多いと思う。私は売春する女性たちと出会わない自分の人生が考えられないほどだ。

売春する女たちと付き合うと、女性の優しさをも知る。売春地帯から抜けられず、堕落から抜け出せず、人生を投げ出している男なのに、彼女たちは受け入れてくれる。私のことを詮索しないし、責めないし、縛らない。

私が友達もおらず、仕事もなく、社会からも見捨てられ、愛してくれる女性もおらず、子供もいないことを知ると、深く同情してくれることもある。

私自身はそれを問題だと思っていないが、彼女たちは愛する女性も自分の子供もいない男は社会的な落伍者であり、可哀想な男だと考えている。

だから「子供がいないなんて寂しいでしょう」と言い、「私があなたに子供を与えてあげる」と言ってくれた女性もいる。

まともな仕事も家庭も子供も持たない「駄目な男」に、せめて子供なら私が作って上げると提案する女性など、いったいどこの世界にいるというのだろうか。売春地帯にいた。売春して生きている女性だけが、私にそう言ってくれた。

まともな仕事も家庭も子供も持たない「駄目な男」に、せめて子供なら私が作って上げると提案する女性など、いったいどこの世界にいるというのだろうか。売春地帯にいた。売春して生きている女性だけが、私にそう言ってくれた。

しかし、私は売春する女たちと一緒にいたい

売春する女たちと付き合うと、したたかに生きる方法を知る。自分の置かれている環境がどんなに悪くても、どんなに不遇でも、どんなに絶望的な状況でも、それでも売春する女たちはそれを受け入れて、その中で生きている。

インドの売春地帯で、不衛生な環境で暴力的な男に囲まれながら生きている女たちに出会ったことがあった。

私自身は彼女たちにさんざん金を毟り取られ、叩きのめされてきた。しかし不思議と彼女たちが嫌いにはならなかった。

私はインド売春地帯の女性たちのしたたかさに感銘を受けたし、叩かれても踏まれても生き抜く力に自分が見習うべき点があると考えた。

不遇の時は彼女たちを心に思い浮かべて生きるべきだとも考えたほどだ。

絶望の中でしたたかに生き抜いている女たちと知り合えたのは、私の人生で最も重要なことだったとも言える。売春する女たちから私は自分の身を持ってしたたかさを学んだのだ。

したたかさは、漢字で書くと「強か」となる。それは女の強さ、女の生命力を表している。この女の強さと生命力は、売春する女性たちの象徴でもあると私は感じている。

私たちは時に自分が属している共同体から批判されたり袋叩きにされたり排除されたりすることがある。生きている中で、自分の立場上、どうしてもまわりから孤立することもある。

そんな時、最初から社会に激しく嫌われて生きている売春地帯の女性たちを見れば、生きる力を失うことはない。彼女たちは、信じられないほど優しいのにしたたかなのだ。

売春する女たちは凄まじい逆境の中で生きている。あの強烈なまでの「強さ=したたかさ」があれば、全世界のほとんどを敵に回しても生きていけるはずだと力が湧いてくる。

売春ビジネスをする女性と付き合うというのは、人生の大きなマイナスになると言われている。確かにそれは否定しない。それは嘘ではない。悪い女たちは男の人生を破壊する。

しかし、私は売春する女たちと一緒にいたい。真夜中の世界で暮らす女性が私の好きなタイプだ。


売春ビジネスをする女性と付き合うというのは、人生の大きなマイナスになると言われている。確かにそれは否定しない。それは嘘ではない。悪い女たちは男の人生を破壊する。しかし、私は売春する女たちと一緒にいたい。真夜中の世界で暮らす女性が私の好きなタイプだ。

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