女性はいずれ若さを失い、華々しさを失い、男たちにちやほやされなくなり、やがては恋愛の第一線から退いてしまう。それで女性の人生は終わってしまうのだろうか。
実は、案外そうでもなさそうだ。インドネシアの山奥に棄てられた女たちを見てきてそう思う。
そこは売春が渦巻く堕落した村のはずなのに、老いた女性たちがとても慈愛を受けた生活をして、静かに、優しく人生を送っている。熱い身体で男たちを悩殺してきた女性が、その熱さを失っても、もっと自分を愛してくれる存在を見つけて、とても楽しそうに生きていた。
インドネシアのリアウ諸島は、奥に入って行けば行くほど観光客はいなくなる。バタムやビンタンにはリゾートやゴルフ場があるが、もっと南に下って行くと、何百、何千もある無数の島のほとんどは熱帯雨林だけしかない。
人の住んでいない無人島もあれば、世の中から取り残されたような人たちが、静かに暮らしている島もある。人口密度は少なく、町も小さい。夜の10時も過ぎれば町中が眠りに就き、まったく何もなくなってしまう。
地図にも載っていないような名もない島で青い海を見ながら、淡々と暮らすのも悪くない。無粋な観光客はいないし、リゾートという金持ちだけが楽しむことのできる異様な別世界もない。
うらぶれた港の近くで潮の匂いを嗅ぎながら、ウダン(海老)を食し、甘く辛いタレをどっぷりと浸けた羊串(サテ・カンビン)を味わう。
どこまでも暑い太陽が頭上にあり、ちりちりと焼けるような熱と、一瞬のさわやかな風に吹かれると、その心地良さに全身がとろけそうになってしまう。
人口の少ない島には売春村はない。しかし、近くの大きな港のあるいくつかの島では、まるでジャングルに隠されているかのように売春村が存在する。
売春村とは、政府が売春女性を一カ所に集めて山奥に隔離してできたものだが、女性たちがそこで売春するので……
(インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、電子書籍『ブラックアジア インドネシア編』にて、全文をお読み下さい)
この随筆に、心が洗われる思いがします。
私自身、「老いた」部類ですが、子供の誕生以来、老いはおろか、死への恐怖もへりました。こどもたちを見ていると、世代送りを受け入れる気持ちになります
先進国のママです。
育児に悩まされ、自由にならないことに苛立つこともありますがやっぱり息子が世界一大事で、超可愛いです。
最後の写真くらいの赤ちゃんがいます。
10ヶ月超えくらいですよね、おくちになんでも持ってって、カミカミしてる・・なんて可愛い。愛しい。
愛する・愛される、そうですね、女性の人生を左右するキーワードだと思います。
実際、身の回りでも、結婚して出産して、だいぶ私に対する評価が変わりました。女性として一人前、そんな感じを肌で感じます。
いいことのようですが、偏見を逆に感じ取ってます。
じゃあ、出産してない女性、出産してても結婚してない女性は?
社会的評価は、なかなか難しい。冷たい。
結婚する直前まで、この人は一生涯独身か?と思われてたので、両者の変化はよくわかります。
子供のお陰でこれまでよりずっと、世界を新鮮に感じとることができ、感謝しています。
遠い先にも、未来があります。
でも、それだけではないかもですね。
出産しても、子供がいても、不幸を感じるのはなぜか?
傾城さんの見解が楽しみです。
私も身近で、育児放棄による子供二人の餓死事件を見せつけられた女性として、なぜなのか、考えるところ多しです。
mokomoko