時代が混沌に落ちたら「効率化と合理化」が何の役にも立たなくなってしまう理由

効率化と合理化は、決められた期日までに成果を出すための手法である。なぜ期日が決められるのかというと、そこにかける「予算」を見積もらなければならないからだ。効率化と合理化を実践するためには、まずは予算を組んで計画を立てなければならないのである。決められた期日を超えても成果を出せなかったら、予算はさらに増やして「納期」も延ばさなければならない。それでも成果がでなければ、どうなるのか。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

ロバート・マクナマラという最高レベルの人物

アメリカはベトナム戦争で手痛い敗北を味わったが、このベトナム戦争を率いていたのは国防長官であったロバート・マクナマラであった。

ケネディ時代からジョンソン時代までのベトナム戦争は、実質的にロバート・マクナマラが戦争責任者として戦略から実行までを行っていた。ベトナムに絨毯爆撃を行ったのもこのロバート・マクナマラだった。

しかし、ベトコン(南ベトナム民族解放戦線)はこのマクナマラ長官が冷徹な計算とマネージメントで行ってきた戦争に屈しなかった。

ベトコンは攻めれば引き、追いかければ民衆に紛れ、絨毯爆撃が常態化すれば地下に巨大なトンネルのネットワークを築き、戦功を焦るアメリカ軍を長期に渡って翻弄して、結局はアメリカに勝利を収めた。

圧倒的な武器弾薬、よく訓練された兵士、情報ネットワーク、そしてこの時代で史上最高と言われたマネージメントのプロであるロバート・マクナマラを持ってしてもアメリカは勝つことができなかった。

ロバート・マクナマラは、国防長官の前はフォード・モーターの社長であった。この時代のフォードは、アメリカを代表する巨大企業であった。

そこのトップとして辣腕を振るっていたロバート・マクナマラは、頭脳明晰にして冷静、みなぎるようなバイタリティとタフな実行力を兼ね備えていた人物だった。

言わば、この時代においては世界でも最高レベルの人物であったと言ってもいい。ところが、この切れ者がベトナム戦争で躓いてしまった。

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合理的精神で戦争をマネージメントできたのか?

圧倒的な攻撃でベトナムを爆撃しているにも関わらずベトコンは屈服せず、突如と現れては攻撃し、攻撃されたら消えて戦わない。兵士は群衆に紛れ、村人に紛れ、誰がベトコンで誰が一般人かアメリカ軍には分からなかった。

アメリカ軍は次第に泥沼から抜け出せなくなって精神的にも疲弊し、アメリカ国家は莫大な戦費で消耗していった。そして、アメリカ人は、なぜアジアの片隅にあるこの国のために国富を蕩尽しなければならないのか疑問に思うようになった。

やがてアメリカ国内にもベトナム反戦運動が野火のように広がるようになり、カウンターカルチャーが体制を追い詰めていった。アメリカは結局はベトナム戦争を放棄せざるを得なくなった。

後年、ロバート・マクナマラはドキュメンタリー映画でこのように語っている。

「戦争というのはあまりにも複雑であり、そのすべての要因を正確に計算することは人知を超えている」

実は、ここにアメリカという国の国家運営の弱点が垣間見えてくる。アメリカは、すべてにおいて「効率化」と「合理的精神」で突き進む性格が強い国だ。

ロバート・マクナマラはその権化でもあった。現代でもそうだが、アメリカは常に少数のずば抜けた頭脳が情報を分析して戦略を立て、トップダウンで命令を下し、それを下の人間が全力で任務遂行に当たるという方法だ。

このため、比較的「環境に変化がない」時代は猛烈に効率的な判断を下すことができるので、アメリカのマネージメントに敵う国はない。

当時のフォードやGMの工場は、まさに効率化と合理化の塊であり、それによってアメリカの自動車産業は世界を制覇した。当時の自動車産業は世界を牽引する産業だったので、アメリカはそれによって世界を制覇した。

この「ノウハウ」は戦争というマネージメントにも生かせるはずだとアメリカの政治家たちは考えた。

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「すべての要因を正確に計算できない」ので負けた

戦争が「工場の管理」のようなものであれば、マネージメント能力に長けたロバート・マクナマラは一瞬にしてベトコンに勝っていただろう。しかし、戦争は工場のように管理できるものではなかった。

戦争の現場は混乱の極みである。情報がトップに上がったときは、もう現場では状況が変わっている。すべての要因が流動的で、しかも流れは一瞬にして変わる。

ゲリラは正規軍のように統制が取れたきれいな動きをしない。アメリカ軍の裏をかき、神出鬼没で攻撃を行い、正規軍を長期に渡って攪乱していく。

だから、アメリカ式の合理化と効率化は、混沌に立ち向かえなかった。いみじくもロバート・マクナマラが語った通り、「すべての要因を正確に計算できない」のだ。

その結果、圧倒的な物量で攻撃しているにも関わらず、相手がいつまで経っても敗北せず、長期戦略で抵抗されると、現場もトップも厭戦気分になり、士気が下がり、戦費だけはいたずらに消耗して自滅していく。

このゲリラの長期戦に敗退するパターンは、2001年の同時多発テロから始まったアフガニスタン戦争やイラク戦争でも相変わらず変わっていなかった。

2003年にアメリカ軍がイラク攻撃をした時、イラクはまったく抵抗せずに消えてしまい、当時のブッシュ大統領は喜び勇んで「アメリカは勝利した」と演説すらした。

ところが、そこからが本格的な戦争の始まりだった。

アメリカ軍がいざイラクを統治しようとすると、ゲリラが神出鬼没にアメリカ軍に襲いかかり、テロ攻撃を仕掛けては逃げていく。あるいは路肩に爆弾をしかけてピンポイントでアメリカ軍に人的被害を与える。

ルール無用で長期戦も辞さず、平静であったと思ったら不意に襲いかかってくる混沌にアメリカ軍は10年も翻弄されてどうなったのか。

ベトナム戦争の敗北の時とまったく状況が同じになった。この「いつ終わるとも分からない戦争」によって国富が莫大に喪失していく中で、アメリカ人は厭戦気分になり、現場の士気も下がり、国内では反戦運動が燃え広がるようになったのだ。

結局、アメリカはアフガニスタン・イラク戦争で戦費を莫大に蕩尽してイラクから撤退した。タリバンは今もアフガニスタンの広範囲を実質支配している。

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「効率化と合理化」にも限界があるという事実

ロバート・マクナマラのベトナム戦争での挫折、そしてジョージ・ブッシュ大統領の仕掛けたアフガニスタン・イラク戦争での挫折は、アメリカの「効率化と合理化」にも限界があったことを明確に示している。

大量の情報を集め、分析し、効率化と合理化によって物事を実践するというソリューションは、「戦争」という壮大な混乱状態の中では効果を発揮しなかった。効率化と合理化は、決められた期日までに成果を出すための手法である。

なぜ期日が決められるのかというと、そこにかける「予算」を見積もらなければならないからだ。効率化と合理化を実践するためには、まずは予算を組んで計画を立てなければならないのである。

決められた期日を超えても成果を出せなかったら、予算はさらに増やして「納期」も延ばさなければならない。それでも成果がでなければ、どうなるのか。予算はさらに必要になってくるのだが、その前に「この戦争を続けるのは合理的な判断なのか?」という問いかけが為されることになる。

効率化と合理化は納期を必要としており、納期が二度も三度も守れないと、プロジェクトそのものを継続するのが効率的でも合理的でもないと判断される。場合によっては、プロジェクトは失敗だと判断されて破棄される。

これらの事実は、「効率化と合理化」一辺倒の考え方は、状況が混沌としている中では必ずしも成果を生み出さないということを示唆している。効率化と合理化は「大体において」は成果を得られるひとつの行動指針なのだが、混沌の中ではそれ自体が弱点になり得るということだ。

「状況把握、対策立案、目標設定、実行、評価」は万能だと資本主義で生きている私たちは考えるのだが、戦争のように「混沌が想定を超える」ような環境であると、この手法はまるで役に立たない。

今後、社会は混沌としていく可能性が高い。

そうすると、「効率化と合理化」で生きている人は、必ずしもそれで成果を出せるとは限らない状況になるということでもある。効率化と合理化を極めたロバート・マクナマラでさえも「混沌」には歯が立たなかったのだ。

時代が混沌に落ちると、私たちは別の生き方が必要になるということだ。あなたは、生き残ることができるだろうか?

『泥まみれの死 沢田教一ベトナム写真集(沢田 サタ)』

コメント

  1. aurore より:

    期日を設定してかかる、というところにも負けの原因のひとつがあるのかもと思いました。取引の場面では期日(納期)を互いに約束しなければ話にならんですが、憎悪や不服従や反抗の意思に期日はありません。死にたえるまで抵抗する覚悟の相手にソロバン勘定、ビジネスは通用しません。

    互いにソロバン勘定してかかる(ある意味対等な)相手であれば、損失を鑑みてここらでお互い手打ちにしようや、となるでしょうが、それにしたってわだかまりは残るだろうものを。

    ベトナムでは現地の司令官が半狂乱状態でニュークリアーボムの投下を要請したとききます(却下された) 結局、手に負えない相手は殲滅するしかないのではと思います。そののちに生き残って意気消沈したものたちを保護して懐柔する。

    我が国にはそうして(経済的)繁栄がもたらされた。しかし、イスラムや中国にその手法が通用するかどうかはわからないと私は思います。

  2. 貫太郎 より:

    慌てて書きましたから、間違いが多いですが意味を読み解ていただきたい。一か所だけ修正

    >ではなぜ使用しなかったか?それはベトナムでの戦いが戦闘によって解決できる問題が背後にあったからで、その問題は現在の香港問題やgsomiaまでつずいている。

    >ではなぜ使用しなかったか?それはベトナムでの戦いが戦闘によって解決できない問題が背後にあったからで、その問題は現在の香港問題やgsomiaまでつずいている。

     その問題は我が国にもあり、その解決はあるのだろうか?文化問題です。
    一例をあげると、テレビでバードウォッチングを紹介していたが、それはわが国における、鳥の扱いとは大きく離れている。西洋人はそれをするが、我が国は鳴き声を楽しむ風習はあった。背後の自然観も大きく違う。
    この落差を自覚しないで,嬉々として、それを紹介していた女性の未来は何を将来するか?
    無邪気に尽きるが、この無邪気さが香港や韓国、さらに我が国にある。

  3. 牛耳 より:

    私の父親は、第二次世界大戦は日本海軍。
    戦後は、アメリカ海軍で朝鮮、カンボジア、ベトナム戦争に参戦していました。
    中学生の頃にそんな父親に聞いた事があります。
    「戦争の良い所は、何?」と
    すると父親は、間を置かずに
    「ドサクサだよ。下の者が上に上がる持って来いの時なんだ。あの無茶苦茶が良いんだ。次の戦争は、儲けるぞ!!」
    と言いながらタバコを旨そうに吸っていました。

    又、「戦争をどうやって生き残ったの?」
    と言う質問を戦争を経験した年配の方に聞いた答えは、皆一様に「運」の一言。

    命を掛けて儲けようとしてるギャンブラーまでいるのをアメリカのエリートは、最初から想定していなかっただろうなきっと。

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