ブラックアジア:ストリート漂流(日本のいわくありげの街を写真で見る)

ブラックアジア:ストリート漂流(日本のいわくありげの街を写真で見る)

日本のストリートを漂流して書き留めた記事がかなりの数になってきましたので、ひとつのカテゴリーとしてまとめておきます。「ブラックアジア:ストリート漂流」と名付けました。鈴木傾城が実際に街を歩いて記録したものです。主に撮りためた写真でコンテンツを構成しております。

ストリート漂流:日本のドヤ街

日本は少子高齢化を放置してきたので、地方からどんどん寂れてしまっている。人口は急激に減少して、地方の僻地どころか、地方都市そのものまで人口が消えてマンションや民家に空白が増えている。地方のこの惨状は、実際に自分の目で見て見ると「本当に日本はこのままで大丈夫なのだろうか?」と背筋に冷たい汗が流れるような恐怖に駆られる。以前、広島の人口減で消えていく村や、廃墟になりつつある民家の写真を紹介したことがあるが、私は「人が消える」ということに居心地の悪い不安を隠すことができなかった。これは実際に、誰も...
大阪に入って、梅田をうろうろ歩いていたのですが、今日は朝の9時頃に天王寺付近にいたところで、大阪環状線の人身事故でまったく電車が動かなくなりました。どうも、今宮駅で人身事故があったということですが、1時間以上も再開不能とのことです。まあ、このようなことは海外ではよくあることなので、のんびり待っていたのですが、どうにも動かないので、予定を変更して事故の遭った今宮の手前である新今宮という駅で下車しました。今回は行く予定はないと言いましたが、人身事故で電車が動かないので、予定を変更して、この新今宮...
かつて労働者の街と呼ばれた大阪のドヤ街「釜ヶ崎」は今では「あいりん地区」と呼ばれるようになっているのだが、名前が変わったのと同様に、街の性質もまた変わっている。この街はもう労働者の街ではなく、福祉の街である。福祉の街というのは、福祉が行き届いた街という意味ではなく、年老いた労働者が生活保護や年金を搾取されながら暮らす街になったということだ。生活保護を受給するためには、そうした交渉に慣れた人間が一緒にいくと受給しやすくなる。そのため、あいりん地区ではドヤを経営する人間、介護施設、NGO団体、宗...
大阪のあいりん地区は、かつては「釜ヶ崎」と呼ばれた場所で、東京の山谷と共に日本を代表する「ドヤ街」である。ドヤ街とは「宿(やど)」を逆さに言った言葉である。裏社会の人間は、自分たちが「裏側」であるという意識があるので、表側の人間が「やど」と言えば裏側の彼らは「どや」、「おんな」を「なおん」、「がくせい」を「せいがく」と逆に言って隠語にしてしまうのが好きだ。そんなわけで、あいりん地区は宿街ではなくドヤ街と言われるようになって今に至っている。私は大阪にしばしば足を向けるようになってから、たまたま...
横浜の寿町は、東京の山谷、大阪のあいりん地区とならぶ三大ドヤ街の1つとして知られているところだ。寒風が吹きすさぶ2017年12月の真っ只中、私は東京から横浜に向かい、この寿町を歩いてみた。寿町は横浜からJR京浜東北・根岸線に乗って3つめの石川町が最寄り駅となる。ここで降りる人々は、そのほとんどが日本最大のチャイナタウン「横浜中華街」に向かう。日本人と外国人の観光客でごった返す横浜中華街だが、線路を挟んだ向こう側の寿町に足を向ける人はほとんどいない。寿町に向かうと人の雑踏がすっと消え、エリアに一歩入...

ストリート漂流:新地(ちょんの間)

大阪には、5大新地(ちょんの間地帯)がまだ残っているというので、これらが時代の波に流されて消えゆく前にすべて見ておきたいと思った。というのも、関東では「町田・たんぼ」「横浜・黄金町」もすべて政府当局によって叩き潰されており、町田のちょんの間の雰囲気を愛していた私には、少なからずのショックを覚えていたからだ。町田については、電子書籍の小説『グッドナイト・アイリーン』に書いた。町田ちょんの間の主役はタイ女性だった。(『グッドナイト・アイリーン 町田「ちょんの間」の闇にいたタイ女性(鈴木 傾城)』)...
大阪というのは本当に面白いところで、関東ではほぼ全滅した「ちょんの間」が、今もごろごろと残っている。ちょんの間とは15分、30分、60分程度で小料理屋の二階でセックスを行う売春施設なのだが、「お上」の黙認の上に1950年代からひっそりと日本の裏側にある裏風俗である。私は東京の郊外にある町田の「たんぼ」と呼ばれるラブホテル街の一角にあった「ちょんの間」に何度もうろうろしていたこともあった。その理由はそこがタイ女性たちが密集している場所だったからである。(電子書籍『ブラックアジア的小説・グッドナイト・アイ...
昭和32年(1957年)に売春防止法が施行されて日本から消え去ったのが赤線地帯と呼ばれる特殊な地域である。こうした場所は、今で言うところの売春地帯だが、こうした売春地帯が日本に存在するのは「恥」だとして歴史から消されていった。東京では吉原遊郭、大阪では松島遊郭、京都では島原遊郭が有名だったが、この中で松島新地は「大郭(おおくるわ)」として一時期は吉原をも凌いで日本最大の規模を誇っていた場所であったと言われている。この松島遊郭が全盛期だったのは明治の頃だ。この頃の松島には250軒以上もの店が並び、娼妓は...
私は電子ブックで小説『グッドナイト・アイリーン』を発行している。町田の売春地帯がどのようなところだったのか知りたい方は、どうぞ読んでみて欲しい。(『グッドナイト・アイリーン 町田「ちょんの間」の闇にいたタイ女性(鈴木 傾城)』)小説なので、脚色は入っている。しかし、内容の8割は真実に基づいていおり、登場人物もひとり残らずモデルがいる。アイリーンという女性は本当にいたし、もしかしたらありし日の彼女を知っている人もいるかもしれない。町田の「ちょんの間」は、本当にこの小説にある通りの場所だった。この...
関東のちょんの間は、黄金町も町田もすべて閉鎖されて久しい。これらの小さな売春地帯は、数十年に渡って夜の闇の中で続いていた。ここで働いていたのは、日本人女性ではない。そのほとんどが外国人のセックスワーカーたちであり、タイ女性、コロンビア等の南米の女性、韓国女性、中国女性、フィリピン女性で占められていた。しかし、2004年から2005年までの警察の摘発は徹底的で、ただの一店も生き残ることはできなかった。その理由は、「アメリカ」だ。こちらに書いた。(日本の赤線地帯「黄金町」は、なぜ2005年に潰されたのか?)...

ストリート漂流:日本の歓楽街

東京で風俗や水商売がひしめく猥雑でいかがわしい歓楽街と言えば「新宿・歌舞伎町」がすぐに思い浮かぶ。しかし、もちろん東京の歓楽街は歌舞伎町だけでなく、池袋も渋谷も銀座も歓楽街と言えば歓楽街だろう。他にもソープランドが立ち並ぶ吉原だとか、ホテル街のある新大久保だとか鶯谷だとか、特色のある街が点在している。大阪もまったく同じなのだが、猥雑さから言うと東京よりも大阪の方がはるかにディープで面白い。大阪の歓楽街と言えば、兎我野町(とがのちょう)、北新地、宗右衛門町(そうえもんちょう)、心斎橋、難波、十...
インターネットで大量の記事をぼんやりと読んでいると、大阪の繁華街で日曜日の昼間に発砲事件があったというのを目にした。2018年2月18日のことだ。どこの繁華街なのかと地名を見たら「京橋」とあった。警察官が不審なチンピラもどきの男たちを職務質問しようと声を掛けたら、ひとりの男が突然バタフライナイフを取り出して暴れ出し「撃つなら撃ってみろ」と威嚇した。東京で「京橋」と言えば一流企業の本社が建ち並ぶ高級なオフィス街のイメージなのだが、大阪の京橋はどうもそうではない。チンピラがうろうろするような、なかなか物...
大阪の宗右衛門町は「そうえもんちょう」と呼ぶのが正しいのだそうだが、大阪の人たちは「そえもんちょう」と呼んでいる。宗右衛門町は大阪ミナミ屈指の観光地である道頓堀・戎橋(えびすばし)から橋を渡った向こう側にある巨大な歓楽街である。東京を代表する歓楽街が新宿・歌舞伎町であるとするならば、大阪を代表する歓楽街はミナミ・宗右衛門町である。私はそのどちらの雰囲気も好きだ。街の派手さやいかがわしさで言えば、宗右衛門町の方が勝っている。たまに大阪に寄るといつも食べ過ぎて体重が増えるが、大阪ミナミは誰もが認...
岡山県・広島県・山口県・鳥取県・島根県の5県をまとめて中国地方と言うが、この中国地方の中で最も人口も多く、栄えているのが広島県だ。広島は1945年8月6日に壊滅的打撃を受けたが、そもそも原爆の目標になったのも、広島が軍港であり、大日本帝国軍の広島大本営が設置されていた場所だったからである。中国地方で最も重要な都市が広島だったわけで、戦後もまた広島が中心であることには違いない。そして、この中国地方の女性たちは、大阪や東京に行くのでなければ広島に集まると言われている。広島には中国地方最大の歓楽街があ...
2018年6月23日、栃木県宇都宮市のオリオンスクエア・オリオン通りにて「第1回 宇都宮タイフェスティバル 2018」が開催されていた。なぜ、栃木県なのだろう。面白いことに、栃木県にはタイ人もたくさん住んでいる。宇都宮市が出している『国籍別外国人登録人口(人口統計情報)』によると、平成27年にはタイ人は692人住んでいると記録にある。最も多いのが中国人で2386人、次に韓国人で988人。タイ人はその次に多くて692人、そしてフィリピン人が620人とほぼ同数に並んでいる。タイ人とフィリピン人を東南アジアで括ると、中国人の次に...
鶯谷は山手線内で最もイメージが悪い街だ。上野の次の駅というのに降りる人はあまりおらず、「山手線の中で一番乗降客数が少ない駅」としても知られている。駅自体が何となく再開発から放置されており、誰もこの駅を気にもしない。そのため、この駅を降りると時代が急に20年も30年も逆戻りしたような感覚になる。なぜ、この街は放置され、東京の人間もこの街を話題にするのを避けようとするのか。その理由は簡単だ。鶯谷は「ラブホテル街」だからである。駅を降りて北口に出たら、右側に細い路地がある。その路地を行くと、見渡す限り...
アンダーグラウンドには、身体と性サービスを売りながら、日本を転々として回っている女たちがいる。今、私はこうした女たちを追いかけて話を聞いている。(アマゾン:野良犬の女たち ジャパン・ディープナイト)女性は一ヶ所に定住する傾向があるのだが、風俗の女たちは意外に流れ者のように生きていたのである。その理由は「身バレしたくない」「追い込んで稼ぎたい」「地元に働き場所がない」「諸般の事情で地元にいられなくなった」「旅行がてらに働きたい」とか、本当に多種多様だ。関東出身の女性が、四国の松山市で働いたり、...

ストリート漂流:いわくありげの街

1945年の原爆投下によって広島は壊滅的な打撃を受けた。一瞬にしてすべてを焼き尽くされて自らも被曝してしまった人たちの群れと、何もかも失ってしまった人たち、さらに戦争から戻ってきた兵隊や引揚者が、広島の広大な焼け野原に取り残されていた。広島はもはや人間の住む場所ではなくなったとして出て行く人たちも多かったが、一方で広島で何とかするしかない取り残された人たちも多かった。終戦直後、「広島は何十年も草木も生えない不毛の土地になった」と言われていた。しかし1946年の春、市内のあちこちで雑草が伸び始めて人々...
「沖縄」のことは以前から気になっていた。世間では沖縄の基地問題で揺れていて、沖縄のニュースを目にしない日はない。普天間基地のことや辺野古移設問題のことは、沖縄に行ったことがなかった私ですらも地名が分かるほどだった。日本の地図を俯瞰すると、沖縄がひとつの要所になっているのに誰でも気づく。防衛上的にも沖縄に基地が必要であるという意識は日本人には共通認識としてある。しかし、広大な基地を沖縄県人に押し付けているという暗い事実もある。普天間基地は住宅街のど真ん中にあって「世界一危険な基地」になっている...
広島から岡山を奥地に奥地に巡っていくと、あちこちで限界集落を目撃することになる。大都会の人たちが無視して見捨ててきた地方は疲弊を止めることができず、村は見捨てられ、かつては子供たちを育んできた共同体は消えた。日本の地方は日本の文化と伝統を育んできた豊穣の大地であったはずなのに、大都会はこの地方の人材を根こそぎ吸収して地方を崩壊させた。人々が消えた地方は寂れていき、見捨てられていき、やがて立ち枯れて死んでいく。資本主義は、金を巡って格差を生み出す社会である。2つの対立構造を生み出して、資本を巡...

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