冬はインドにいくな。殺人レベルの大気汚染に覆い尽くされていくインドの絶望

冬はインドにいくな。殺人レベルの大気汚染に覆い尽くされていくインドの絶望

今、インドの大気汚染問題は、世界中で国際ニュースになるほど大きく報道されるようになっている。車の排ガス、工場からの煙、建設現場の粉じん、さらには農地の野焼きなどの複数の要因がインドの空気を汚染する。タバコを1日に49本吸うのと同じ健康被害となる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

数メートル先が見えない日もある

私が最後にインド・コルカタを訪れたのは、もう10年ほど前になるのだが、その頃も排気ガスの充満で、「インドの空気はひたすら悪いな……」と感じたものだった。しかし、あの頃はまだ良かったのかもしれない。

今、インドの大気汚染問題は、世界中で国際ニュースになるほど大きく報道されるようになっている。車の排ガス、工場からの煙、建設現場の粉じん、さらには農地の野焼きなどの複数の要因がインドの空気を汚染する。

その結果、インドでは大気汚染が原因で年間約120万人が死亡していると推定されている。この数値は、世界の大気汚染による死亡者の約25%を占めている。その深刻さは尋常ではない。

特に首都ニューデリーがひどい。PM2.5濃度も殺人的に高いことで知られ、国際的な関心を集める要因となっている。スモッグが街全体を覆い、視界が非常に悪くなることもしばしばなのだ。数メートル先が見えない日もあるという。

PM2.5とは、直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質のことで、肺に深く入り込む特性を持ち、人間の健康に甚大な悪影響を及ぼす。この粒子は、呼吸器疾患や心臓病を引き起こし、長期的には寿命を縮める要因となる。

ニューデリーでは、これから特に大気汚染が悪化する。

この時期は、農地での野焼きやディワリ祭りの花火、車両や工場からの排出ガスがすべて重なる時期である。航空便の遅延や交通事故の増加が報告され。スモッグの影響で太陽光も遮られて、日中でも薄暗い状況になることも珍しくない。

住民は屋外活動を控えざるを得なくなり、日常生活にも深刻な影響を及ぼす。子供も、無邪気に外で遊んでられるような状況ではない。子供は特に呼吸器が弱いので、喘息を慢性化させてしまう。

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タバコを1日に49本吸うのと同じ

世界保健機関(WHO)の基準によると、PM2.5の24時間平均濃度は15μg/m³以下であるべきとされる。ニューデリーではこの数値を大幅に超え、一時的には240μg/m³に達することもある。

通常の16倍で、完全に「危険」レベルに分類される数値だ。

専門家によると、これはタバコを1日に49本吸うのと同等の健康被害をもたらすとされている。特にニューデリーで11日間連続してAQI(空気質指数)が450を超える日が観測され、これはもはや化学兵器をぶちまけたようなレベルなのだ。

インド全体でも、PM2.5年間平均濃度は約55μg/m³と報告されており、これは世界的に見ても異常に高い。インドは、世界でもっとも大気汚染が深刻な国なのだ。大気汚染によって、インド人の平均寿命が約5.3年短縮されているとの研究結果がある。

デリー首都圏政府は対策として、建設活動の制限や学校のオンライン授業への切り替え、散水車の導入をおこなっている。現在、200台の散水車がホットスポットでの粉じん抑制に使用されている。

だが、これらの対策は短期的なものであり、長期的な解決策にはほど遠い。散水車の効果についても批判が多く、「シャワー程度の水量では意味がない」との声が住民から上がっている。

デリー首都圏政府は、ほかにも公共施設や医療施設の建設工事を含む、すべての建設活動を停止させ、ガス・電動車両以外のトラックのデリー準州への進入を禁止し、中型・大型商用車(ディーゼル車両)の走行も、生活必需品の運搬やエッセンシャルサービスの提供を除き、禁止するという措置を取った。

だが、それでも大気汚染はまったく改善しないのが今の絶望的な現状だ。

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呼吸器系の病気になりにいくようなもの

冬になると、インドの大気汚染のひどさは最高潮に達する。冬季には農地の野焼きがおこなわれるからだ。これは、収穫後の稲わらを効率的に処分するためにするものだが、煙が大量に発生し、スモッグの主な原因となっている。

交通機関からの排出ガスも、ひどい。インドは急速な経済成長に伴い、自動車の普及が進んでいるが、多くの車両は排ガス規制を満たしていない古いモデルである。これに加え、ディーゼル車の使用が一般的なのだ。

悪いことに、都市部では交通渋滞が常態化しており、アイドリングで排ガスが想定以上にまき散らされる。

そこに、工業排出も加わる。ニューデリー周辺には多数の工場が立地しており、これらは24時間稼働し続けている。途上国にありがちだが、多くの工場は環境基準なんか守らない。

規制もずさんで緩いために、汚染物質を大気中に垂れ流す。政府の規制強化は遅れており、効果的な取り組みはほとんど見られない。

おまけに冬になると気温が低下して、大気が安定する。つまり、汚染物質はずっと地表付近に滞留したままになる。この現象は「逆転層」と呼ばれ、スモッグをさらに悪化させていく。

旅行者のあいだでは「冬にインドにいくな」といわれているのだが、これだけ悪条件が重なったら、さすがに呼吸器系の病気にかかりにいくようなものであり、「いくな」と警告されるのは無理もない。

インドはすでに世界でもっとも人口の多い国なのだが、これからインドの人口はさらに増えていく。そして、都市部への人口集中が加速する。状況はもっと悪化していくという話だ。

目に染みるようなヘイズ(煙)が発生

私がこれまで呼吸ができないほど苦しんだ場所がある。それは、インドネシアのカリマンタン島だ。

カリマンタン島は島全体がジャングルに覆われているといってもいいほどの、東南アジア有数の密林地帯だったのだが、ここが開拓されて、どんどん野焼きがおこなわれ、目に染みるようなヘイズ(煙)が発生していた。

このヘイズの漂うカリマンタン島の売春地帯の話を書いたのが、小説『カリマンタン島のデズリー』で、コミカライズもされている。大気汚染と聞くと、あのカリマンタン島の野焼きのヘイズを思い出す。

インドでも野焼きが広範囲でおこなわれていて、それがニューデリーを覆い尽くすのだから、そのひどさは想像できる。今後、異常気象によって未熟な作物や余分な作物残渣が発生しやすくなって、野焼きがさらに悪化するとも予測されている。

もっと悪い話がある。インドのエネルギーは石炭火力発電が依然として主力であり、これがまた大気汚染を助長する。特にインドは世界第2位の石炭生産国であり、国内需要の大部分を賄っている。

この依存が続く限り、汚染物質の排出削減は難しい。

インドの大気汚染は、今後も悪化の一途をたどる可能性が高い。この問題を解決するための鍵は、持続可能な政策と技術革新にあるが、インドではそういうのが実現するよりも、大気汚染が極限まで悪化していくほうが先になるだろう。

このような状況を放置すれば、大気汚染による健康被害や経済損失がさらに拡大することはあきらかだ。タバコを1日に49本吸うのと同等の空気を吸い続けるしかないのだから、インドで生きるのは楽ではなさそうだ。毒ガス大国とならないのを祈るしかない。

カリマンタン島のデズリー
ブラックアジア的小説『カリマンタン島のデズリー: 売春と愛と疑心暗鬼(鈴木 傾城)』

カリマンタン島のデズリー(コミカライズ編)

カリマンタン島のデズリー
『アジア売春街の少女たち 〜カリマンタン島のデズリー〜』

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