ゴールドの売買が株式市場の6倍規模のタイ。それが原因でバーツ高が止まらない?

タイの通貨バーツが上がっている。今や1バーツ5円超えが常態化している。タイの人々はゴールドが好きだ。バンコクの中華街に行けば「銀行」ではなく「金行」があって、24金が保証書つきで売っている。ゴールドの売買は日常に溶け込んでいるのだ。ここにゴールドとバーツがリンクする要因がある。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

いったい何がバーツを動かしているのか?

タイの通貨バーツが高くなっている。タイを愛しているライターの女性が「血の涙を流す決意でタイに行っている」と私に言ったのだが、昔のタイ価格を知っている人間からすると、今のタイの物価はバーツ高でなんでも「ぼったくり価格」に見えてしまうのだという。

それほど、バーツは高くなっている。日本の「円」が最弱になっているというのもあるが、バーツはドルから見ても高い。

通常、為替は金利差で動く。あるいは景気で動く。ところが今、タイ・バーツの動きを見ると、その前提がきれいに崩れている。今のタイは政策金利は低下し、国内景気もけっして強いとは言えない。

にもかかわらず、為替市場ではバーツが静かに、しかし確実に買われ続けているのだ。短期的な投機の熱狂でもない。ニュースで連日大きく取り上げられるわけでもない。カンボジアとも国境問題で揉めて政情も良くない。

こういう問題を抱えていると通貨は下落するはずなのだが、そうならない。

多くのアナリストは問題は、金利でもGDPでもなく「ゴールドにある」と原因を述べている。タイでは、ゴールドの価格が動くと、通貨も同時に動く。しかもその影響は、かなり大きい。場合によっては、為替全体を左右する規模にまで膨らむ。

これは他の国では見られない、きわめて特異な現象かもしれない。

ゴールドの価格が上昇すると、株式市場が反応する国は多い。だが、通貨そのものが動く国はほとんどない。タイでは、ゴールドの価格の変動が、そのまま「ドル売り・バーツ買い」という実需フローを生み出す。

売買量が異常に大きいので、結果として為替はゴールド価格に引きずられる形で動き始める。それがバーツ高の大きな要因になっているのではないか、というのだ。

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ゴールドの売買が株式市場の6倍規模

東南アジアの人々はゴールドが好きだ。タイでもヤワラーに行けば「銀行」ではなく「金行」があって、24金が保証書つきで売っている。ゴールドの売買は日常に溶け込んでいるのだ。

私も20代の頃にタイのヤワラーで「金行」に出入りしているうちにゴールドの魅力に取り憑かれて一時はゴールド・マニアになったくらいだ。

ここにゴールドとバーツがリンクする要因がある。タイではゴールドが「ただのアクセサリー」ではなく「通貨循環の一部」として組み込まれているのだ。ある意味ゴールドは、現金とほぼ同列の存在として扱われている。

さらにタイではオンラインでのゴールドの取引アプリも活発に使われており、これによってゴールドの売買が株式市場の6倍規模にもなっているというのだ。金額にすると、1日2500億バーツも動いているという。尋常ではない規模だ。

国際市場でゴールドはドル建てで取引される。これは世界共通のルールだ。

タイの金業者が海外にゴールドを売れば、代金はドルで受け取ることになる。タイではドルが流通しているカンボジアと違って、ドルをドルのまま保有する動機は弱い。業者も個人も、国内で使うためにはバーツが必要になる。

結果として何が起きるか。ゴールドを売った瞬間、ほぼ自動的に「ドル売り・バーツ買い」が発生する。これは投機ではない。決済と生活のための実需だ。しかもゴールドの価格が上がる局面では、この動きがいっせいに起きる。売却益を確定したい業者、個人、双方が同じ方向に動くからだ。

ここで重要なのは規模である。タイの金取引量は、GDP規模から見て異様に大きい。個人が現物を売買する文化が根づいているため、価格変動が起きると資金移動が瞬時に拡大する。少数の大口取引ではない。無数の中小取引が束になって為替に流れ込む。

さらに、金業者は価格変動リスクを嫌う。買い取った金は、すぐに国際市場で売却するか、先物などでヘッジする。その際もドル建て決済が発生し、最終的にはバーツへの転換が必要になる。

つまり、個人の売却行動が、業者の国際取引を通じて、二重に為替フローを生む構造になっている。

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ゴールドの売買が日常行為として成立している

ゴールドの価格が上がるほどゴールドの売買は加速する。利益が見えるから売る人が増え、売る人が増えるから為替が動く。為替が動くと「今はバーツが強い」という認識が広がり、さらに両替が進む。ゴールドと通貨が、互いに動きを強め合う。

この時点で、為替はもはや金利や景気を映していない。映しているのは、ゴールドを起点とした資金の流れそのものだ。

ゴールドの価格は世界共通で動く。それにもかかわらず、ゴールドの変動が為替をここまで揺らす国はほとんど存在しない。タイのバーツだけが、ゴールドと強く結びついて動く。それが興味深い。

タイではゴールドの位置づけが根本的に違うのだ。多くの国では、ゴールドはただの投資商品のひとつであり、保有は証券口座の中で完結する。売却しても、現金化された資金はそのまま外貨や自国通貨の口座に滞留する。

だが、タイでゴールドは現金同様の実物資産であり、現金の代替物だ。金行が街に溶け込み、ゴールドの売買アプリが激しく使われ、もはや取引が日常行為として成立している国なのだ。

タイには華僑系のタイ人も多いが、彼らがまたゴールドが大好きで、ゴールドの売買に深くかかわっているのも彼らだろう。もともと彼らは現地の政府も現地の通貨も信用していない。信用しているのはゴールドのみだ。

だから彼らのゴールド好きは筋金入りと言っても過言ではない。そのため、ゴールドの価格変動には世界中の誰よりも敏感だ。価格が動いた瞬間、彼らは目ざとくゴールドを売る。それが起きているのだ。

無数の個人と中小業者が、ゴールドの価格変動に反応していっせいに動き、この「小さな流れの集合体」が、結果として巨大な為替圧力になっている。どこかの巨大な存在が市場を操っているわけではない。だから止めにくい。

こうした中でタイの金融当局(主にタイ中央銀行:BOTと財務省)は、ゴールド取引の監視・報告義務をすでに強化しており、これから本格的に取引制限が実施される予定である。

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これからどうなっていくのか?

ゴールド高がバーツ高の要因となっている。これはゴールドの売買が生活に組み込まれてきたタイ特有の現象でもある。だから短期的に消えるものではない。ただし、永続するとも言い切れない。

すでに金融当局が動き出しているのだから、ゴールドがバーツ高の要因のひとつなのであれば、この取引規制によってバーツ高はある程度抑えられる可能性はある。少なくとも、為替への直接的な圧力は弱まることになる。

ゴールドの価格の上昇はさすがにタイ当局ではいかんともしがたいものがある。米国のトランプ大統領は、他国に配慮しない傲慢な政治をおこなっているのだが、これに対して各国は不安を感じてドルよりもゴールドに軸足を移すようになってきている。

すなわち、外貨準備のドルを売ってゴールドを買っている。そのためにゴールドはこれからも上がっていく可能性があることは指摘されている。タイの金融当局ができることは、とにかく取引を規制することしかない。

バーツ高が長期化すれば、副作用が無視できなくなる。具体的には、輸出企業の採算悪化、観光業への影響、国内景気の圧迫が起こる。実際に、問題が発生しており、タイ経済は順調ではない。

為替レートというのは高すぎず、安すぎず、ほどほどが良い。バーツ高すぎるのも、バーツ安すぎるのも良くない。今のようなバーツ高が定着したり、最悪のケースとしてバーツ高がもっと進めば、タイ経済にとっては致命傷にもなりかねない。

現在のバーツ高は、成長の結果ではない。資金循環のゆがみが表面化した姿でもある。

バーツ高が続くのであれば、今後のタイ経済の見通しはそれほど明るくない。タイの金融当局が本当にバーツ高を抑え込めるのか注視している。今のところは後手後手に回ってまったく手が打てていない。

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