すべての企業にとって「金融リテラシーに長けた個人」が敵である理由とは?

すべての企業にとって「金融リテラシーに長けた個人」が敵である理由とは?

人々は「使う金は収入より少なくすると生き残れる」というのは知っている。本当は誰もがそれを知っている。しかし、人々が気づいていないこともある。それは資本主義社会はそれを守らせないために、ありとあらゆる手法で私たちに過剰に金を使わせるように仕掛けてきているということだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

金利18%で金を貸すというビジネスが日本を埋め尽くす

日本のどこの都市のどこの駅で降りても、繁華街を見渡すと気づくことがたくさんある。街のあちこちに巨大看板があって、それが消費者金融の宣伝であることだ。アコム、アイフル、プロミス、レイク……。

それぞれの企業が、即日融資だとか、1ヶ月利息ゼロだとか、借り換えローンだとか、女性にも優しいとか、様々な売り文句を書き連ねて大量宣伝している。

消費者金融の巨大看板が街を埋め尽くしているということに違和感を感じる日本人はもういないのかもしれない。

こうした消費者金融は、電車の中でも大量に広告を出している。中吊り広告にも、ドアの上にも、窓にも、つり革にも、ありとあらゆるところに「金を貸す」という広告で埋め尽くされている。

テレビでも消費者金融の広告は追いかけてくるし、インターネットの広告にも消費者金融の広告が目につく。

金利18%で金を貸すというビジネスの宣伝が日本を埋め尽くしているというのは、あまりにも異様な光景であるとは思うのだが、日本で暮らしているとそれが日常になってまったく無感覚になってしまうのかもしれない。

異常も慣れれば日常になるという好例が消費者金融の広告であるとも言える。

それにしても、消費者金融がコロナ禍でもこれほどの大量宣伝ができるというのは、何を意味しているのか。

広告もタダではない。街の巨大看板も電車のそれぞれの広告も莫大な金額がかかっている。ここが消費者金融の広告で埋め尽くされているということは、消費者金融はそれぞれ莫大な広告費をそこに支払っているということに他ならない。

そして、消費者金融がそれを支払えるというのは、それだけ金を借りている人が莫大に存在するということでもある。

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金利のことなど考えたことのない人が大量にいる

すなわち日本人は、金利18%だろうが何だろうが平気で金を借りているということを意味する。

金利が18%と言えば、約4年で自分の借金が倍になってしまうものだ。それを平気で借りられるというのは、それだけ切羽詰まっている人も多いという見方もできる。

実際、2020年はコロナ禍によって多くの人が収入にダメージを負った。失業・休業状態に陥った人たちは緊急事態宣言の時期には400万人単位で存在していた。

政府は5月になって特別定額給付金10万円を国民全員に支給するという措置を決めたが、すでに非正規雇用者は3月から苦境に落ちていた上に、政府の給付金は5月どころか6月に入ってももらえなかった人も多かった。

彼らの一部は、やむにやまれず消費者金融で生活費を補填することもあっただろう。

一方で、無計画な金の使い方で「とにかく借りられるところから借りる」「貸してくれるから借りる」「消費者金融でも貸してくれるなら借りる」という人も大勢いる。

つまり、最初から金利のことなど何ひとつ考えたことのない人が大量にいるということでもある。なぜ、このような不利な借り方をわざわざするのだろうか。それは、世の中の全員が全員「資本」に興味があるわけではないからだ。

日本の教育も、読み書き算盤と必要最小限の道徳などを教えても、「金」という生々しいものについてストレートに教えることはほとんどない。

今でも日本は「金について気にする人間は卑しい」という考え方をする人もいるほど金について話すのを嫌う人も多い。

そのため、「金をいかに使うか」「金をいかに貯めるか」「金といかに接するか」という基礎は自分で身につけなければならない状況にある。

そうなると、ある程度「資本主義」「金融」「社会システム」について関心がある人とまるっきり関心がない人では、金に対する接し方がかなり違ったものになってしまう。当然、金利18%の負債が自分の人生にどのような影響を及ぼすのか考えない人が出てきたとしても不思議ではない。

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どんどん買わせる。節約なんかさせない

実のところ、資本主義の世界で生きるためには「使う金は収入より少なくする」を徹底することが基本である。

この基本から外れると、いくら収入が莫大であっても遅かれ早かれ破綻に見舞われる。(マネーボイス:なぜ年収数億円の有名人が破産する?私たち庶民にも参考になるたった1つの防衛策=鈴木傾城

しかし、皮肉なことに資本主義社会では、このシンプル極まりないルール「使う金は収入より少なくする」は守らせないような仕組みになっている。

なぜか。

なぜなら、資本主義社会では企業が個人に「金を使ってもらうこと」で成り立っているので、どんどん金を使ってもらわないと「企業は困る」からだ。節約なんかされるよりも金を使って欲しい。金を使ってくれないと儲からない。

だから、資本主義社会では朝から晩まで大量の広告を垂れ流し、人々の購買意欲をこれでもかこれでもかと刺激し、煽り立て、買わせるのだ。「金がない」と言っても許さない。

金がなくても、クレジットカードもあれば、銀行のキャッシングもあれば、消費者金融もある。

どんどん買わせる。節約なんかさせない。金がなくても金を使わせる。それが現代の資本主義の「ホンネ」であり、だから社会は敢えて人々に「金の教育」をしないようにしているようにも見える。

下手に金の教育などして、大勢が「金といかに接するか」を学んで「節約が資本主義で生き残る最も有効な手段」という事実を覚えてそれを実践されたらモノが売れなくなってしまうではないか。

すべての企業にとって、金融リテラシーに長けた個人は敵なのだ。

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私たちに過剰に金を使わせるように仕掛ける

起業家や経営者は朝から晩まで金を稼ぐことに全力を集中している。言って見れば「金を稼ぐこと」のために生きている。しかし、普通の人々は「金のため」に生きているわけではない。だから、金融の仕組みを専門家並みに知る必要はどこにもない。

普通に生きている人がマネーサプライが何かを知る必要などほとんどないし、ましてやマネタリーベースとマネーサプライの違いとは何かを知る必要もない。

しかし、知るべきことはある。それは資本主義で生きている以上は金がいかに大切かを理解することだ。

「働くこと、節約すること、金を貯めること」がコントロールできていないと、人生が破壊されてしまうのは確かだ。「金の使い方」がコントロールできていないと、一瞬で破滅する。

人々は「使う金は収入より少なくすると生き残れる」というのは知っている。本当は誰もがそれを知っている。

しかし、人々が気づいていないこともある。それは資本主義社会はそれを守らせないために、ありとあらゆる手法で私たちに過剰に金を使わせるように仕掛けてきているということだ。

節約させるどころか、逆にどんどん金を使わせようとする。それは「資本主義の親玉が企業である」ことから起きている現象だ。企業は儲けるために金を使わせる必要があるので、私たちに節約させないように広告から営業まで含めてあらゆる手法で私たちを揺さぶっている。そして金を使わせる。

そういう社会であることに気づいていない人もいる。

そのような目で社会を眺めると、街のあちこちに巨大看板があって、それが消費者金融の宣伝であることは、資本主義社会のひとつの事実を私たちに教えてくれているのが分かるはずだ。

社会の本音は「節約しなさい」ではなく「浪費しなさい」の側にあったのだ。どんどん買わせる。節約なんかさせない。金がなくても金を使わせる。これが、資本主義の裏の顔なのである。

『欲望産業 小説・巨大消費者金融(高杉 良)』

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