「ネットカフェに日雇い」は、決して消えてなくなったわけではない

「ネットカフェに日雇い」は、決して消えてなくなったわけではない

就職できない多くの若者は、引きこもりとなって親のスネをかじっている。こうした若者は35歳から統計の対象から消えてしまうのだが、35歳を過ぎて彼らが急に働けるようになるのかと言えばまったくそうではない。

35歳まで働かなかった人間は、もはや自分が働けるという自信が喪失している。

仮に自立しようと考え、勇気を振り絞ってどこかに面接に行っても「今までいったい何をしていたのか」と詰問されて最初から落とされてしまう。

それが何度か続くと、再び引きこもりに入ってしまう。

しかし、親とていつまでも高収入を得られるわけではない。引きこもった子供が30代に入る頃は、ほとんどの親は50代後半か60代の前半になっている。

普通の勤め人であったとしたら、年齢からして収入は減っていく一方だ。そうなると、どうなるのか。

やがて、親はパラサイトしている子供の面倒を見ることができなくなってしまうのである。親子ともども共倒れだ。

親にパラサイト(寄生)しようと思っても、寄生する親が体力を消失しているので、引きこもることすらもできなくなる。そして、路上に放り出されるようになる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

親が経済的に面倒を見切れなくなれば、万事休す

「自分の面倒は自分で見る」というのは、生きていく上で最も基本となるものだ。

自分の面倒が自分で見られることによって、好きなことも追求できるし、人生を楽しめるし、誰かを愛して付き合うこともできるし、新しい家庭を持つことも可能になる。

そのために絶対に求められるのは「働く」ということである。これは表社会の人間もアンダーグラウンドの人間も変わりがない。みんな必死で自分の食い扶持を稼いでいる。

しかし、若い時期に引きこもり、社会経験も知恵もほとんどない若者は、その社会に飛び出る第一歩でつまづいてしまっている。

そのような若者が数十万人から数百万人いる。

はっきりした数字は出せない。政府見解でも内閣府の出す数字と厚生労働省が出す数字も数十万人単位で違ってきているし、民間の統計でもやはり違っている。

低く見せたい政府と、多めに見積もりたい民間の思惑が交差しているとも言えるし、「引きこもり」という家庭内の出来事を正確に把握するのは難しいからとも言える。

おおよそで言うと、若年無業者・フリーター・引きこもりのすべてを合わせると、100万人から300万人のレベルになると考えられている。

こうした若者は自立という観点から見ると、危機的な状況にある。彼らが生活困窮者となっていく。これらの若者たちが潜在的な「若年ホームレス」予備軍なのである。

景気が良くなっても、やはり「ずっと働いていない」という経歴に企業担当者が難色を示して雇うのを最後の最後にするので、恩恵が受けられるかどうかは分からない。

彼らが見つけられる仕事は良くても非正規雇用であり、低賃金の使い捨てである。

こうした現状に気付いていて、自発的に仕事を見つけていかないのであれば、景気が良くなろうがどうなろうがまったく関係ない。

彼らをサポートするのは親しかない。しかし、親が経済的に面倒を見切れなくなれば、万事休すとなる。共倒れしたくない親は、否が応でも子供を放り出すしかないのだ。

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その殺伐とした生活の中で精神を病んでいく

親が困窮することによって放り出された若者は、ホームレスになるかワンコール・ワーカー(日雇労働者)になるかの選択を迫られる。

きちんとした仕事が見つからず、大した所持金があるわけでもない彼らは「ちゃんと仕事が見つかるまで何もしない」という選択肢はない。だから、低賃金で日雇いであっても、それをするしかない。

昔の感覚で「日雇労働」と言えば、東京の山谷、横浜の寿町、大阪のあいりん地区に言って、そこで早朝に手配師に選んでもらってバンで現場に向かうというスタイルを思い起こす。

私は、これらの三大ドヤ街のすべてを訪れているのだが、今でもそうしたスタイルの日雇労働が残っているのは確認している。

しかし、今のワンコール・ジョブと言われる日雇労働は、ネットカフェに居着いている若者が派遣会社に登録し、当日に電話が鳴ったら現場に向かうシステムに変わっている。

ドヤはネットカフェ、手配師は携帯電話に置き換わって、日雇労働が「ワンコール・ジョブ」だの「短期派遣」などという言葉に置き換わっているのである。

彼らは短期派遣を選ばざるを得ないのだが、そういったものではその日一日のギリギリの生活はできても貯金ができない。

また、そういった短期のアルバイトや派遣は単なる使い捨て労働者なので、たいていの仕事は単純労働であり、スキルも身につかず、何のキャリアにもならない。

だから、そこから抜け出すことができず、ネットカフェのようなところに沈没し、少しでも体調を崩したり病気になったりしたら、やがてはネットカフェにもいられなくなってしまう。

ネットカフェと言えども「ただではない」からだ。そうであれば、ホームレスに落ちていく運命が待っている。

そして、一度ホームレスに落ちてしまえば、もうほとんど救いはない。そこから這い上がる社会のセーフティーネットは整備されていないのだ。

落ちてしまった人間は延々とワンコール・ジョブの中で人生を消費し、やがてその殺伐とした生活の中で精神を病んでいく。

社会の底辺で、永遠に抜け出せない地獄の中に

もうネットカフェに沈没し、ワンコール・ジョブで消耗し、社会の底辺を這い回って生きている若者のことはめっきりと聞かなくなった。

彼らは消えたのか。そうではない。もはや、その姿は「日常」と化して、ニュースバリューが消えたのだ。珍しくなくなった。だから取り上げられなくなった。

見捨てられた、と言ってもいいかもしれない。

しかし、依然として彼らが存在しているのは東京新宿の歌舞伎町にネットカフェが林立し、そこに大勢の若者がタコツボのように沈み、大久保公園にたむろしている。

先日、私が会ったのは、まさにそんな生活をしている女性たちだった。(ブラックアジア:大久保公園にずっといる「正体不明の女たち」は誰だったのか?

そして同時期、ネットカフェにいた女性が赤ん坊をロッカーに捨てる事件もあった。(ブラックアジア:戸川万緒。漫画喫茶で子供を産んで殺し、コインロッカーに捨てた

現在はネットカフェ以外にも、シェアハウスで暮らすしかない若者も増えている。(ブラックアジア:底辺でどんどん増えていくシェアハウスと、部屋内の写真

そう考えると若年層の生活環境は以前よりもどんどん悪化しているというのが分かる。

きちんとした正規の仕事を持ち、狭いながらも住所があり、貯金があり、毎日きちんと働いている人たちは、最初から社会に躓いて社会の裏側を這い回っている人たちの姿は見えない。

見えないからいないのではない。彼らは社会の底辺で、永遠に抜け出せない地獄の中にいる。(written by 鈴木傾城)

きちんとした正規の仕事を持ち、狭いながらも住所があり、貯金があり、毎日きちんと働いている人たちは、最初から社会に躓いて社会の裏側を這い回っている人たちの姿は見えない。見えないからいないのではない。彼らは社会の底辺で、永遠に抜け出せない地獄の中にいる。

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