脳裏の自分と昔の写真の自分が微妙に一致しない重大な理由

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作家の太宰治は1948年に愛人とふたりで入水自殺した。後になって「本当は死にたくなかったのではないか、狂言のつもりが本当になったのではないか」と噂されるようになった。

なぜか。太宰治はそれまで何度も自殺未遂を繰り返したり、「死ぬ」とまわりに公言して大騒ぎを引き起こすが実際に死ななかったりしたからだ。

太宰治の生活の荒廃は学生時代からで、初めて自殺未遂を起こしたのは20歳の頃だった。作家としての才能は抜群にあったのだが、女癖が悪く、金遣いも荒く、気分の上昇や下降も激しい人物だった。

この太宰治は現代の医学用語で言うところの「境界性パーソナリティ障害」だったと指摘する医師も多い。太宰治の破滅的な行動がすべて「境界性パーソナリティ障害」に当てはまっているのである。

境界性パーソナリティ障害というのは、「ボーダーライン」とも呼ばれる。自分をしっかり持てない。自分が分からなくなるので不安になったり、思考が暴走したり、自己破壊衝動に見舞われたり、薬物に溺れたりする。

太宰治は何度も自殺未遂を繰り返し、薬物の依存症になり、セックスに溺れ、激しい感情の起伏に見舞われていた。つまり、太宰治は自分を見失っていた。

ところで、「自分を見失う」というのは、誰にとっても他人事ではない。正常な人でも、ふとしたことで自分を見失うことも長い人生の中では何度も訪れる。なぜか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

自分の感情ではなく、相手の感情に合わせる

私たちは、自分が写っている昔の写真を見て、ふと違和感にとらわれることがあるかもしれない。

自分の脳裏の中にある自分と、写真に写っている自分が、微妙に一致しない。これは、性別に関係なく、容姿にこだわる人が陥りやすい現象であると言われている。

この違和感の正体は、どこから来ているのだろうか。

実は、この違和感と、「自分が何者なのか、分からなくなった」という感覚は、同じ原因から来ていると言われている。

この違和感の正体は、「同調圧力」から来ているものであることが多い。

同調圧力とは何か。それは、自分が意思決定をする時に、無意識に自分の本当の思いではなく、社会の多数意見や相手の意見に合わせることを自分に強制している状態を指す。

自分は「右」だと思っても、みんなが「左」だと言えば、みんなに合わせて「左」だと言ってしまうものだ。

つまり、自分の本音を隠して、相手に合わせざるを得ない気持ちに落ちることを同調圧力という。

親に気を遣う、上司に気を遣う、教師に気を遣う、恋人に気を遣う。自分の感情ではなく、相手の感情に合わせる。それが同調圧力だ。

女性は、この「合わせる」という部分を無意識にしていることが多い。着ているものも、化粧も、言動も、意見も、感情も、事細かいありとあらゆるものを、自分よりも相手を優先して決めるのである。

その結果、どうなるのかというと「ふと自分を見失ってしまう」ことになるのだ。自分が写っている昔の写真を見て感じるのは、その時の同調圧力に屈していた自分の姿であり、本当の自分ではないからだ。

長い年月の中で、実生活で写真に写っていた当時の同調圧力は消えていても、写真の中の姿は同調圧力がかかったままである。だから、昔の写真に違和感を感じることになる。

太宰治は何度も自殺未遂を繰り返し、薬物の依存症になり、セックスに溺れ、激しい感情の起伏に見舞われていた。つまり、太宰治は自分を見失っていた。

同調圧力に屈しないと社会を敵に回すという事実

親や教師が望む格好、友人が望む格好、会社が望む格好、社会が望む格好を、私たちは知らず知らずのうちにしている。

それにしても、なぜ同調圧力に屈してしまうのか。

それは、必要最小限でも社会に合わせないと、自分が異質な存在に思われて排除される可能性が非常に高いからだ。排除されないために、誰でも無意識に「場」に従う。

そして、こうした判断は本人がまったく意識していない無意識の領域で行われるので、自分がまわりに妥協したということすらも気が付いていない。

これから春先にかけて、リクルート・ファッションと呼ばれる格好をした若者が神妙な顔で街を行き来するようになる。彼らはそんな格好をしたいと思ってしているわけではないはずだ。

あるいはサラリーマンやOLの多くは、「会社に行くためのファッション」をしている。それが望まれているからだ。

就職活動をしている若者たちは、面接に受かるために同調圧力の中でそんなファッションをしている。サラリーマンはクビにされないために堅苦しい背広を着ている。

もちろん、リクルート・ファッションやサラリーマン・ファッションをしろという法律はない。しかし、そういった同調圧力に屈しない人を見ると、怒りを感じて「あの格好は何だ」と怒る人も多い。

日本では、それだけで面接で落とされたりクビになる。着ているものだけではない。髪の長さ、髪の色、ピアス等々、いろんなものが排除の理由になる。

日本の表社会では、タトゥーなど入っていれば一発で弾かれる。かと言って簡単に除去もできない。

筋金入りの夜の女はタトゥーを入れていることが多いが、昼職に戻る時に苦労する。(面接で「タトゥーはありませんか」と聞かれる夜の女たち

同調圧力に屈しないというのは、社会を敵に回すことなのである。だから、多くの人は、まったく自分が意識していないところで、社会の同調圧力に合わせて自分を殺す。

これが、「無意識に行われている」という部分が非常に重要だ。自分の意見ではないこと、相手に合わせていることが、自分の意識にすらも上っていない。

長い人生経験が、知らずして同調圧力に屈して、自分の意見や感情を押し殺す方を選んでいる。身に覚えがないだろうか?

同調圧力に屈しないというのは、社会を敵に回すことなのである。だから、多くの人は、まったく自分が意識していないところで、社会の同調圧力に合わせて自分を殺す。
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今の自分も、本当の自分であるとは限らない

社会で生きていくのであれば、ある程度の同調圧力には応じなければならない。

たとえば、私たちはヌードビーチでもない限り、ストリートを全裸で街を歩くことはない。

自分は裸で歩きたいのだと思っても、絶対にそんなことはしない。失うものが多すぎるので、社会の同調圧力に屈して服を着て歩く。しかし、「自分は社会に屈してしまった」と思うことはない。

それが子供の頃から身に付いた常識なのであれば、私たちはそれを強制されているとすらも思わなくなっていくのだ。「服を着て歩くのは当たり前だ」と思うのである。逆に「なぜ服を着て歩こうと思わないのか?」とも感じる。

「社会に合わせるのは当たり前」という無意識が固定化して、それが自分の中で議題になることすらもない。

私たちはこういった無意識を山ほど抱えていて、それを頑なに守っている。

女性は、この社会の同調圧力を非常に敏感に感じ取ることが多く、実に細々した部分で、完璧なまでに社会や、他人や、目の前の相手に合わせることができる。

そのほとんどが無意識で、しかも完璧なのだ。

この協調性は、社会一般の常識だけではなく、流行に対しても発揮される。だから、ほとんどの女性は「自分がその格好が好きか嫌いか」を考えることもなく流行に染まっていく。

化粧や髪型や持ち物や着る物すべてが、自分の好みよりも、流行に合わせられて変えられていく。

その結果、どうなるのか。

ふと正気に返った女性は、「自分が何者なのか、分からなくなってしまう」のである。

それもそうだ。自分の格好から口調から化粧まで、何もかも社会に合わせているのだから、それで我を忘れないほうがどうかしている。

同調圧力は無意識に行われている。自分が社会に合わせていたというのに気が付かない。だから、ふいに「これは、本当の自分ではない」という違和感がよぎるのである。

そういうわけで、今の自分は本当の自分であるとは限らない。

あまりに社会と自分の本音が乖離すると、自分を見失うことになって、時には死を選ぶことすらもある。本当の自分は、どこにあるのだろうか?

ふと正気に返った女性は、「自分が何者なのか、分からなくなってしまう」のである。それもそうだ。自分の格好から口調から化粧まで、何もかも社会に合わせているのだから、それで我を忘れないほうがどうかしている。(written by 鈴木傾城)
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