
新宿歌舞伎町でアルミ缶を回収している人を見た。アルミ缶を平らにつぶす作業をしていた。このビジネスはワリが合わないものであるのは以前から聞いている。アルミ缶の回収ひとつでも、その流通過程を見れば、効率と資本を握る側に価値が集中する構造が明確に現れているのだ。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
ひとつひとつの缶を潰している路上生活者
新宿歌舞伎町をふらふらと歩いていると、いろんな人たちを目にする。先日は、道端でひとつひとつの缶を潰している路上生活者を目にした。路上でこうやって缶を潰している人を見るのは久しぶりだった。
昔、山谷などでは缶を大量に積んだ手押し車を置いて、路上で缶をつぶしている人をかなり見かけた。新宿では歌舞伎町ではなく、都庁側にいくつもの大袋を路上に置いて寝ている人もいたりする。つぶす前の状態のことが多い。
彼らは深夜から早朝にかけて、繁華街のゴミ集積所を自転車や台車で巡回する。一見すると、単なるゴミ拾いやボランティア活動に映る。だが、そうではない。これは立派な労働である。
アルミ缶を平らにつぶす作業は、だいたい誰もいないところでおこなわれることが多い。住宅地に近かったり、人通りが多いところでやると苦情がきて面倒なことになるからだ。
彼らが缶をつぶす理由は、45Lのゴミ袋に詰め込める量を限界まで増やすためだ。
潰さない状態では200本程度しか入らない袋も、平らに潰せば500本以上の缶を詰め込める。体力的な限界がある路上生活者にとって、いかに1回の運搬で多くの量を運ぶかは死活問題だ。とにかく積める量を極限まで高める必要がある。
過酷だと思う。だが、これをやっている人は高齢者が圧倒的多数を占める。厚生労働省の調査によれば、路上生活者の平均年齢はすでに60歳を超えている。私が見た人は、杖を持って缶を踏みつぶす作業をしていた。
若者が遊ぶ繁華街のすぐ脇で、腰を曲げた高齢者がアルミ缶と格闘する光景は、貧困と格差を象徴するように見えて悲しかった。
回収されたアルミ缶は、1kgあたりの相場価格で取引される。しかし、ひとりの人間がどれだけ大量の缶を集めても、1日の実収入は数百円から千数百円程度くらいにしかならない。
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缶1本あたりの価値は約2円から3円程度
アルミ缶の価値は、一般的に想像されているよりもはるかに低い。スクラップ市場におけるアルミの買取価格は日々変動するが、実勢としては1kgあたり150円から250円前後で推移することが多い。
ここから逆算すると、350ml缶1本の重量は約15gであるため、1kgに相当する本数はおよそ65本から70本となる。つまり、缶1本あたりの価値は約2円から3円程度に過ぎないのだ。
では、実際の収入はどの程度になるのか。45Lのゴミ袋を想定すると、未加工の状態では約150本から200本程度しか入らず、重量にして約3kg前後である。これを売却しても450円から750円程度にしかならない。
一方で、足や手で徹底的に平らに潰した場合、500本以上を詰め込むことが可能となり、重量は7.5kgから10kgに達する。この場合の買取額は1100円から2500円程度に上昇する。だが、つぶすという工程は時間と体力を消耗する。けっこうな重労働だ。やはりワリに合わない労働だと思う。
さらに現実は厳しい。500本の缶を集めるには、複数のゴミ集積所を巡回し、分別されていない廃棄物の中からアルミ缶だけを選別する必要がある。
スチール缶や異物が混入すれば買取価格は下がるため、磁石などで1本ずつ確認する作業も発生する。それだけでなく、中身が残っている缶は洗浄や排出が必要になる。これも時間を奪う要因となる。
結果として、1袋分を満たすまでに数時間を要するケースは珍しくない。
仮に1日かけて2袋を完成させたとしても、得られる現金は2000円から4000円程度にとどまる。移動時間や選別やつぶす手間などを考慮すれば、時給換算では数百円に落ち込むことも十分にありえる。
これは最低賃金をはるかに下回る。過酷な肉体労働であっても、それが報われるわけではない。社会の底辺で必死に耐え忍ぶ人の労働の対価が安く買い叩かれている現実は、むしろ不条理であると思う。
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集められた缶はどこへ消えるのか?
ところで、彼の仕事を見ているうちに、この人はどこにアルミ缶を売りに行くのだろうと気になった。一応、調べてはみたが、新宿歌舞伎町には大型の金属スクラップ工場や買取業者は存在しない。
都心の繁華街でアルミ缶を集める光景は頻繁に見られるが、その場で換金できる仕組みは存在しないのだ。とりわけ新宿のような地価の高いエリアには、金属スクラップを大量に扱うヤードや荷受け工場は建てられない。
スクラップ業者は大型トラックの出入りスペース、数十トン単位での保管能力、さらにはトラックスケール(大型計量器)などの設備を必要とする。そのため、広大な土地が不可欠である。坪単価が極端に高い都心部では、このような用途に土地を割くこと自体が採算に合わない。
では、歌舞伎町で集められた缶はどこへ向かうのか。
まさか、収集者自身が郊外のスクラップヤードまで直接運搬するのだろうか。東京であれば足立区、江戸川区、板橋区、あるいは埼玉県南部や千葉県西部に金属買取業者が集中している。
これらの地域は土地コストが比較的低く、物流動線も確保しやすいため、スクラップ業の集積地となっている。自転車や台車で数時間かけて持ち込む例もあるが、運搬できる量には限界があり、これが収入の上限を規定している。
手押し車で新宿から足立区や板橋区に持っていくのは不可能とは言わないが大変だろう。まして足の悪い人ならばなおさらだ。
そう思っていたら、「巡回の回収業者」が存在するらしい。彼らは小型トラックで都心部を巡回し、路上や特定のポイントでアルミ缶を買い取る。もしかしたら、こういうところに売っているのかもしれない。
だが巡回の回収業者に売ったら手数料を取られるので、自分でヤードに持ち込む料金よりも料金が下がる。ますます実入りが少なくなる。
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平潰しとブロックでも値段が違った
アルミ缶回収の仕事は、かなり低賃金だというのが調べていくうちにわかってくる。個人の場合は、同じ売るにしてもかなり買い叩かれるので、ますます低賃金になる。というのも、同じアルミ缶であっても形状によって価値が大きく変わるのだ。
個人が手や足で潰した「平潰し」の状態と、業者が大型プレス機で圧縮した「ブロック状」の状態では、買取価格に明確な差が生じる。
「平潰し」はあくまで未加工の原材料として扱われる。「ブロック状」はすぐに製錬工程へ投入できる半製品に近い。業者にとっては、この違いがそのままコスト差となり、価格に反映される。
差がつく最大の要因は「再加工の手間」にあった。平潰しの缶は、形が不揃いで空気を多く含むため、輸送効率が悪い。トラックに積載しても重量あたりの容積が大きくなり、運搬コストがかさむ。さらに、異物混入のリスクも高い。
スチール缶やプラスチック、さらには水分が混じっている場合、製錬工程で事故やロスの原因となる。そのため、業者は一度すべてを検品・選別し、再度プレス機で圧縮する必要がある。
この工程が馬鹿にならない追加コストとなり、買取価格を押し下げる。
一方、機械で圧縮されたブロックは事情が異なる。密度が高く、規格化されているため、そのまま大型トラックで効率的に輸送できる。製錬所でも扱いやすく、歩留まり(溶解時のロス)も低い。結果として、同じ重量であっても高く評価される。
個人がアルミ缶をブロックにするのは不可能だ。個人がどれだけ長時間作業しても、扱えるのは「平潰し」の段階までだ。プレス機を導入し、大量に集約し、直接製錬所と取引する主体に移行しない限り、上流の利益には到達できない。
アルミ缶の回収ひとつでも、その流通過程を見れば、効率と資本を握る側に価値が集中する構造が明確に現れているのに気づく。資本主義は資本を持たない者がどこまでも軽んじられる世界だというのがここでも見えてくる。






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