
戦争はかならず起こる。そして、戦争が起きると捕虜が生まれる。あるいは敗者が生まれる。そうすると、虐待・拷問・レイプ・殺害という血なまぐさい出来事が発生する。人間が持つ暴力性は太古から変わっていない。
ところで、戦争における性的暴力は、長年にわたり女性被害を中心に語られてきた。だが、国連や国際刑事裁判所の記録を確認すると、実際には男性もまた標的にされてきた事実が積み重なっている。
2024年の国連人権高等弁務官事務所の報告では、ウクライナ侵攻以降に確認された拘禁下の性的暴力の中に、男性被拘束者への性器損壊や性的拷問が含まれていると明記されている。
これは例外的事象ではないのだ。逆にロシア兵士がウクライナ兵士に同じ性器損壊や性的拷問をやっていることもわかっている。にもかかわらず、男性被害は統計上も、議論にもほとんど上がってこない。
ボスニア紛争では1990年代に3万人以上の民間人が殺害され、男性に対しての性器損壊や性的拷問は民族浄化の手段としておこなわれた。
旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所は、男性への性的暴力を戦争犯罪として認定した最初の国際法廷であったという。証言記録には、拘禁中の男性に対する性器への電気ショック、裸での集団拘束、肛門への器具挿入が詳細に残っている。
これらは単なる暴行ではなく、人格を破壊するための意図的行為である。
にもかかわらず、男性被害は長く可視化されなかった。なぜ語られなかったのか。理由は単純である。男性が何をされたのか詳しく語らないのだ。レイプされた女性が自分の身に起きたことを隠すように、男性たちもまた被害を隠してきた。
女性たちよりもむしろ被害を公表しなかったといっても過言ではない。「どうしても起こったことが言えない」のだ。
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