カンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》は切っても切れない深刻な問題だ

カンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》は切っても切れない深刻な問題だ

農村にいても貧困、都会に働きに出ても貧困。いずれにしても、カンボジアの低賃金層は非常に苦しい立場に追いやられている。とくにカンボジア女性の貧困の凄絶さは今も続いている。農村にいても、繊維工場で働いても、高利貸し《アングリョル》が追ってくる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

農村にいても貧困、都会に働きに出ても貧困

私が最後にカンボジアを訪れたのは2017年だが、プノンペンから国道5号線を北に北上するときに、途中で小さな露店の市場のような場所があったので立ち寄った。

ちょうど昼食時だったので、近くに繊維工場の建物から若い女性が次から次へと出てきていた。暑かったこともあるのかもしれないが、みんな疲れ果てて覇気のない顔つきをしていた。

カンボジアは、長年の内戦と政治的混乱から復興し、近年はゆっくりと経済成長しつつあるのだが、とくに繊維産業が国を支えている。つまり、彼女たちが国の経済を支えている。

ところが、である。

彼女たちの賃金はすさまじく安い。多くの労働者はこの最低賃金で生活しており、長時間労働や残業を強いられている。1日8時間の労働に加え、残業をおこなうことで、ようやく月額200ドルから300ドル程度なのだ。

そういうわけで、しばしば待遇改善と賃上げのデモが起きているのだが、状況は改善しない。そして、これに絶望した女性の一部が、歓楽街で働くようになっていく。繊維工場の女性たちを見ながら、私はプノンペンの歓楽街の女性を思ったのだった。

彼女たちはプノンペンで働いているが、出身は地方であることが多い。

カンボジアの人口は約1,700万人(2023年時点)で、その多くが農業に従事している。特に農村部では、天候に依存する農作物の収穫が生活の基盤となっており、干ばつや洪水といった自然災害には脆弱だ。それが貧困を助長している。

それで都会に働きに出ても、工場では最低賃金である。その工場も、国際的な経済の変動や政治的な不安定性に直面することが多く、その影響をもっとも強く受けるので、彼女たちはしばしばクビを切られる。

繊維工場で低賃金労働をしている女性たち。その工場も、国際的な経済の変動や政治的な不安定性に直面することが多く、その影響をもっとも強く受けるので、彼女たちはしばしばクビを切られる。

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カンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》

カンボジアは私がどっぷりと沈没していた2000年代前後あたりに比べると、格段に豊かになったように見える。しかし、今でもこの国は、基礎的なインフラの不足、教育の機会の欠如、医療サービスの不十分さなどが昔のまま続いている。

カンボジアの多くの貧困層は、日々の生活費をまかなうために「高利貸し《アングリョル》」に依存している。じつは、カンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》は切っても切れない深刻な問題である。

カンボジアの地方の農村部では、正規の銀行や金融機関へのアクセスが限られている。金融機関も信用がない小作農には金を貸すことはない。そのため、農村部ではアングリョルが存在していて、彼らには高い金利を課している。

国際通貨基金(IMF)や世界銀行による調査では、カンボジアの成人の約70%が銀行口座を持っていないことが示されている。銀行口座がないことで、貯蓄やローンを得るための選択肢が限られており、その結果としてアングリョルに依存せざるを得ない状況が生まれているのだ。

農業は天候を相手にしている。ときには干ばつが、ときには洪水が、ときには虫害がしばしば収穫にダメージを与える。十分な収益が得られなかった農家は絶望的に金がない。しかし正規の銀行などは身近にないし、あっても相手にしてくれない。

そこで多くの人々がアングリョルから金を借りるのだが、その金利というのが年利50%から200%なのだ。ときにはそれを超えるケースもあるというのだから恐ろしい。

100ドルを借りた場合、数か月後には借金が倍増する。月利10%の条件で借金をした場合、1年間で利子だけで120%もの負担がかかる計算になる。返済期限が迫っても、元本や利子を支払うことができなくなる。

では、どうするのか。どうしようもない。当座を何とかするために、さらなる借金を重ねる悪循環に陥るだけだ。そして、首が回らなくなったところで、見知らぬ男が訪ねてきて「娘を売らないか?」と持ちかける。

これがカンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》の現状なのだ。

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低賃金の仕事の典型的なものが「繊維工場の仕事」

こんな状況なので、地方の農村の貧困家庭の子供たちには十分な教育なんか受けさせる余裕はない。カンボジアの農村部の子供たちは、約32%が栄養失調状態にある。

栄養失調は成長に悪影響を及ぼし、健康な発育を阻害するのだが、子供たちはそんな状況で育ち、さらに貧困の中で教育も満足に受けられない。

2020年の統計では、カンボジアの小学校入学率は90%を超えているものの、中等教育の修了率は約40%にとどまっている。これは、貧困家庭の子供たちが学校を辞めて働かざるを得ない状況にあることを示している。

カンボジアの貧困率は、国際連合開発計画(UNDP)の報告によると、2020年の時点で約17%となっていた。しかし、カンボジアの農村部では約25%の人々が貧困ラインを下まわって生活している。4人に1人が「絶対貧困」なのだ。

都市部での経済発展は進んでいるものの、地方の農村部は依然として貧困の再生産が起きていて、構造的な問題を根本的に解決するには至っていない。

教育がないまま社会に出ると、まともな仕事に就けずに低賃金の仕事に従事するしかなくなる。

その低賃金の仕事の典型的なものが「繊維工場の仕事」だったのだ。

賃金の低い彼女たちも、生活に窮したらやはり生活費をまかなうために借金をする。生活費を借金でまかなうというのは、どこの国でも一番まずいパターンなのはよく知られている。

生活費を借金でまかなうと、毎月の「低賃金」の収入の一部が借金返済に充てられることになるので、ますます生活が苦しくなる。そうすると、ふたたび借金をせざるを得なくなって、借金がかさんでいく。

貧困層がそういう状態になると、借金を返済するために、日々の生活を切りつめざるを得なくなり、食事や医療費を削減することで健康状態が悪化し、長期的には生産性も低下して最後には破綻する。

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カンボジアの底辺は、まだまだ過酷な環境が続く

カンボジアの貧困問題は今後さらに深刻化する兆しが見られる。心配なのは、昨今の気候変動の影響が世界中で顕著になりつつあることだ。昨今の気候変動は、先進国よりも途上国のほうがダメージが大きい。

カンボジアも洪水や干ばつが頻発する地域であり、特に農業に依存する農村部の貧困層はこれらの自然災害に対して脆弱である。さらに、グローバル経済で石油やガスなどのエネルギーの高騰が起こると、それは物価上昇に直結する。

途上国では物価が少しでも上昇したら、ギリギリで生活している貧困層が一気に窮してしまう。

さらに悪いことに、カンボジアが繊維産業の依存が大きすぎることだ。グローバル経済が悪化したら、繊維産業なんかは一番最初に不景気になる。カンボジア経済は、あまりにも景気に敏感なのだ。

世界的な貿易摩擦や景気の減速が、カンボジアの輸出市場に影響を与え、特に低賃金労働者が打撃を受ける可能性が高い。

カンボジアは若年層の人口が多い国だ。それ自体は悪い話ではない。しかし、労働市場への新規参入者が増加しているのに、彼らに与える十分な仕事がなければ、彼らの生活が貧困化してしまうだけなのだ。

そのため、カンボジアでは都市スラムもある。私がプノンペンにいた頃、トゥールコック地区、スタンメンチャイ地区、チャムカモン地区はどれもスラムだった。どれも私の馴染みの場所で、小説『スワイパー1999』でも書いた地区である。

あの頃から、これらの地区はスラムだったが、今でもここはスラムとして定着して貧困層が住み着いているのだった。農村の貧困、繊維工場の低賃金労働、スラム、そして売春。カンボジアの底辺は、まだまだ過酷な環境が続いている。

『小説 スワイパー1999』
『小説 スワイパー1999 カンボジアの闇にいた女たち(鈴木 傾城)』実在の女性たちと実際に起きた事件を組み合わせて作られた鈴木傾城のブラックアジア的小説。コミック『アジア売春街の少女たち スワイパー1999』の原作です。
コミック『アジア売春街の少女たち』
『アジア売春街の少女たち スワイパー1999(坂元 輝弥)』。小説『スワイパー1999 カンボジアの闇にいた女たち』がコミカライズされました。

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