「掃除する」「片付ける」というのは、人生を変えるほど重要なことだった

トヨタの強さの秘密は莫大な研究費をかけているとか、天才が強烈なイノベーションを起こしているとか、他社を追い抜く画期的な発想があるとか、そういったものではなく、「5S」を徹底していることだった。その「5S」は何でもない道徳訓のようなものなのに、実はすさまじく大切なものだった。(鈴木傾城)

それは、古くさい道徳訓なのか?

「掃除する」「断捨離する」「ミニマリストになる」というのは、人生を好転させる効用があるというのを、私はいくつかの本を読むまでまったく気づかなかった。

掃除すれば人生の迷いが消える。
断捨離すれば効率よく生きられる。
ミニマリストになれば運が拓ける。

このように言われれば、うさんくさい宗教のように見えて引いてしまう人もいるはずだ。あるいは古くさい道徳訓のようにも感じると思う。

実は、私も当初はそうだった。そこには合理的な理由も、客観的なデータもないと思った。ただの精神論や宗教論や道徳論の類(たぐい)で、考察する意味もないと思っていた。

ところが、である。

「掃除、断捨離、ミニマリスト」とはまったく違う方面で書籍を読み漁ったあとに、ふと振り返ると、実はこの荒唐無稽じみた「掃除すれば人生の迷いが消える」「断捨離すれば効率よく生きられる」「ミニマリストになれば運が拓ける」は、真実だったのではないかと思い至った。

「掃除なんかしてもまわりを清潔にする以上の意味はない」と私は考えていた。だが、そうではなかったのだ。「身の回りを掃除する」「片付ける」「処分する」というのは、すさまじいパワーを秘めていたのだ。

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それを徹底することで競争に勝つ?

「掃除する」ということに関して、私の意識を大きく変えたのは2つのまったく違う分野からの啓発だった。ひとつはビジネスの分野、もうひとつは犯罪心理学の分野からである。

中でもビジネスの分野から啓発された「掃除の大切さ」には大きな感銘を受けた。

私は乱読多読タイプで、ジャンルを問わず多くの本を読みふけるのだが、その中で私が目が覚めるような思いをしたものは「トヨタの生産方式」である。

別にトヨタに就職しようとか、トヨタの株を買おうと思ったわけではないのだが、トヨタの成長の秘密を解き明かすいくつかの書籍を何気なく読んで、私は「片付ける」ということの重要さや意味を徹底的に教えられた。

トヨタの強さの秘密は莫大な研究費をかけているとか、天才が強烈なイノベーションを起こしているとか、他社を追い抜く画期的な発想があるとか、そういったものではなく、「5S」を徹底していることだった。5つの「S」がトヨタを強靭な会社にしているというのだ。

では、この「5S」とは何だったのか。それは、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」というものだった。整理整頓? 掃除? まるで小学校の標語のようだ。

拍子抜けしないだろうか。生きた馬の目をくり抜くような苛烈なグローバル社会で、小学校の標語のようなもので会社は成り立つのだろうか。そんな頼りないものを徹底して何か意味があるのだろうか。

それが、大きな意味があったのだ。トヨタは「片付けこそが仕事そのものである」という哲学を徹底化している。片付けて無駄を排すると何が起きるのか。重要なことが起きる。

病み、闇。: ゾンビになる若者 ジョーカーになる若者
リストカット、オーバードーズ、自殺、自暴自棄、闇バイト、社会に対する復讐感情、荒れていく社会の裏側。日本社会の裏側は、どうなってしまったのか?

それは、大きな意味があったのだ

整理・整頓・掃除が徹底されると、生産現場では手待ちの無駄が排除され、加工の無駄が排除され、運搬の無駄が排除され、在庫の無駄が排除され、動作の無駄が排除され、作りすぎの無駄が排除され、手直しの無駄が排除されるとトヨタ哲学は説く。

整理・整頓・掃除がきちんとなされると、「あれはどこにいった? これはどこにいった?」と探す手間が消える。そうすると時間のロスが減る。

使っていないものを処分すると、空間が増えて見通しが良くなる。よけいなものを収容するための面積が不必要になり、倉庫も要らなくなりコストも下がる。

空間が広くなり、物が減ると、必要なものが見つけやすく、取り出しやすく、結果的に動作の無駄がなくなり、さらに運搬の無駄もなくなる。

捨てるか捨てないかを判断するためには、それが会社にとって重要かそうでないかの判断も必要になる。それを繰り返していく中で目的が明確化されていく。

物が整理され片付けられると必然的に現場は清潔になり、心地よく働くことができるようになる。こうした哲学を全社一丸となって徹底化するためには、整理・整頓・清掃の意味を全社員が共有する必要がある。

その結果、生産効率が格段にアップしていき、それがグローバル化された競争社会で大きな意味を持つようになる。つまり、「5S=整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」は、それが徹底化されると驚異のパワーを生み出すものだったのだ。

私が整理・整頓・清掃は、大きな意味があると気づいたのは、このトヨタの「カイゼン」の本を何気なく読んだのが大きかった。

圧倒的「病み垢」女子
圧倒的な「闇」を体現するのが「やむやむさん」だった。オーバードーズを「人生そのもの」と語り、幻覚に心地よさを感じ、度重なる救急搬送にも「怖くない」と笑う。

総合的に見るとそれで運が上がっていく?

もうひとつ、私が掃除の重要性を強く印象づけられたのは、アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した「割れ窓理論」からである。(ブラックアジア:「割れ窓理論」は、様々なところで応用される重要な経験則

割れた窓を放置していたり、ゴミを放置していたりすると、やがてそこは割れた窓やゴミだらけになっていき、次第に治安が悪化する。逆に割れた窓はすぐに修正し、ゴミをきちんと片付ければ、治安は保たれ続ける。

これが「割れ窓理論」である。掃除することによって「清潔になった」だけでなく、地域から犯罪を排除することすらもできる。

掃除することには、何重もの「良い意味」があった。私が「掃除」に関して大きな意味を見出すようになったのは、「トヨタ」と「割れ窓理論」のふたつを知ってからだ。非常に示唆に富んだ事実だった。

これは製造業者や犯罪学の分野だけに効果があるわけではなく、個人の人生にも抜群の効果があると気づくはずだ。掃除をすることによって、個人の人生も変わる。

住んでいる部屋のスペースは増えるし、空間が広くなれば無駄もなくなる。効率よく生きられる。

片付けの際に常に「これはいるのかいらないのか」を考える必要があり、自分の人生に大きな影響を持たないものはどんどん消えて、必要で重要なものだけが残る。それによって自分の人生の目的が明確化し、人生の迷いが消える。

片付けることによって、いくつもの無駄が消えていくわけで、そのような生き方が定着すれば、総合的に見ると運が上がっていくというのも間違いではない。

つまり、掃除すれば人生の迷いが消え、断捨離すれば効率よく生きられ、ミニマリストになれば運が拓けるというのは真実だったということになる。

だから私はきちんと掃除できる人を評価したい。掃除するというのは、客観的に見ると非常に重要なことだったのだ。

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