
「新しい薬物」が既存の薬物と入れ替わる形で台頭している。エトミデート、合成カンナビノイド、パラフルオロフェンタニルがそうだ。これらのドラッグは合成薬物であり、規制がかけられたらすぐに化学構造を変更して別のドラッグを作り出すことができる。今の新興薬物の世界は、もはや地獄と化している。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
すでに新興薬物の時代が到来している
人は強い快楽に弱い。ドラッグは強い快楽を生み出す。そのため、ドラッグは歴史上、一度も消えたことがない。
マリファナ、コカイン、ヘロイン、覚醒剤、エクスタシーといった「王道」とされる薬物は、どんなに厳しく禁止されても20世紀後半から現在に至るまで世界中で流通し続けている。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告では、2023年時点で世界の薬物使用者は約2億9600万人に達している。これは過去10年で約23%増加している数値であり、需要自体が縮小していない事実を示している。
取り締まりが強化されても無駄なのだ。市場は拡大していく一方であり、供給側は規制をくぐり抜けて密輸に頭を使う。そして最近、ドラッグの世界が様変わりしようとしている。
「新しい薬物」が既存の薬物と入れ替わる形で台頭しているのだ。
かつては覚醒剤やヘロインのような明確なカテゴリーが主流だったが、現在は「それらを模倣した化学物質」がいっせいに市場に投入されている。
欧州薬物・薬物依存監視センター(EMCDDA)は、これまでに1000種類以上の新興精神活性物質を確認している。これは単なるバリエーションの増加ではなく、薬物市場そのものが変質している証拠である。
どうしてこんなことになっているのかというと、皮肉にも既存薬物は規制が強くなりすぎたからである。密輸や流通のリスクも高い。
一方で新興薬物は、化学構造をわずかに変えるだけで法規制の対象外となり、合法的な製品として流通できる期間が存在する。そして少量で強い作用を持つため輸送効率が高く、利益率も高い。すでに新興薬物の時代が到来している。
小説 スワイパー1999: カンボジアの闇にいた女たち (セルスプリング出版)
1999年、カンボジア。内戦と貧困で荒廃したこの国に、ベトナム人の女たちが集まった売春村「スワイパー」があった……。
「ゾンビ・タバコ」が拡散していく
今、話題になっているのは、エトミデートだ。日本では「ゾンビ・タバコ」として知られるようになった。(ブラックアジア:「ゾンビベイプ」とは何か?急速に広がる新型ドラッグの正体とその製造拠点は?)
エトミデートは本来、手術時の導入麻酔として使用される医療用薬剤である。1970年代から臨床現場で使われており、血圧への影響が比較的少ないことから、重症患者にも使用されてきた。
このクスリは中枢神経を強く抑制し、短時間で意識を消失させる。医療現場では厳密な管理下で投与量が調整されるため安全性が担保されるが、アンダーグラウンドの犯罪者たちは、このエトミデートを電子タバコ型のデバイスで拡散させるアイデアを思いついた。
エトミデートには多幸感はない。しかし、「ふわっとした感覚」や「現実感の希薄化」といった非日常の感覚を味わえるので、ヒマつぶしに違う世界に行きたい若者たちには魅力的な意識変容である。身体や意識が違ったふうに感じるのが面白いのだ。
特に韓国や台湾では摘発事例が急増しており、若年層を中心に広がっている。液体に溶かしてカートリッジに充填し、一般的な電子タバコと同じように吸引できるため、外見上は完全に日用品と区別がつかない。
だが、エトミデートは少量でも急速に意識を低下させる。結果として、意識喪失による転倒事故や溺水、交通事故が発生する。繰り返し使用すると副腎機能が破壊されていく。
供給側にとってエトミデートは扱いやすい薬物である。
既存のドラッグとは異なり、もともと医薬品として流通しているため入手経路が多様であり、規制の網をすり抜けやすい。さらに、電子タバコという既存のデバイスに組み込むことで、輸送と販売のハードルが大幅に下がる。
カリマンタン島のデズリー: 売春と愛と疑心暗鬼 (セルスプリング出版)
カリマンタン島でひとりの女性と知り合う。売春の世界にいる彼女に惹かれて気持ちが乱れるが、疑惑もまた膨らんでいく。
かつてのマリファナとは別物になった
私が東南アジアをうろついていたのは1980年代だ。私の自伝的な話はこちらに連載している。(MINKABU:連載「アジアの暗黒街で愛を探した男」)
1980年代、ヒッピーたちの残党が当時はタイの秘島であったサムイ島に集まって、夜な夜なビーチやオープン・ディスコに集まってマリファナを豪快にふかしていた。私もこのヒッピー文化にどっぷり染まって今もヒッピー音楽を聴いている。
マリファナは「カンナビノイド」と呼ばれるが、今ちまたで流行っているのは「合成」カンナビノイドである。これは、ハーブとしてのマリファナとはまったくの別物である。
天然の大麻に含まれるTHCは部分的に受容体を刺激する性質を持つが、合成カンナビノイドの多くは受容体を強制的に最大まで刺激するように加工されている。そのため、作用は天然のものより数倍から数十倍も強い。
合成大麻は、薬理作用で見るともはやかつてのマリファナとは違い、完全に別のカテゴリーに属している「化学物質」と化した。
この系統のドラッグは、乾燥した植物片に化学物質を吹き付ける形で製品化される。見た目はハーブやタバコに近く、使用方法も喫煙や電子タバコと同じである。だから、初めての人は「ああ、これは天然のマリファナだ」と思ってしまう。
そうではない。もはや有害な化学物質だ。実際には、製品ごとに成分や濃度が異なり、同じブランドでも中身が変わる。使用者は何を摂取しているのか把握できない状態になっている。
ユーザーは強く効くマリファナを求めるが、化学物質と化した有害な合成大麻はどこまでも強くできる。そのため、急性中毒が起きやすく、激しい不安、錯乱、幻覚、けいれんなどに見舞われることもある。
欧州や米国では、救急搬送や死亡事例が多数報告されている。こんなものは、もはやマリファナではない。
ストレッチマーク: 真夜中の女たちが隠していたこと
鈴木傾城の短編小説。タイの首都バンコクの歓楽街で、ノックというバー・ガールと出会い、親しくなる。彼女をバーから連れ出すには、彼女の親友ダーウの許可が必要なのだった。
死亡者のうち、約7割が合成オピオイド関連
トランプ大統領は激しい勢いでフェンタニルを米国から排除しようとしているのだが、気になるのはこのフェンタニルの亜流が新しい市場を探してアジアに到達しつつあることだ。
今、台湾や韓国で流行り出しているのがパラフルオロフェンタニルだ。
これは、フェンタニルの化学構造をわずかに変更した誘導体である。フェンタニル自体がモルヒネの約50〜100倍の作用を持つ強力なオピオイドであり、すでに市場最悪のドラッグとして蔓延がとまらない。
米国では2023年の薬物過剰摂取による死亡者のうち、約7割が合成オピオイド関連である。この流れの中で、パラフルオロフェンタニルのような新しい化合物が次々と市場に出てきている。
この薬物は、極めて少量で致死量に達する。
単位はミリグラム単位であり、見た目では量の判断ができない。呼吸抑制が急速に進行し、数分以内に意識消失から死亡に至るケースが報告されている。
さらに問題なのは、単独で使用されるとは限らない点である。他の薬物や錠剤に混入されることがあり、使用者はそれを認識しないまま摂取する。この時点でドラッグ・ユーザーは制御不能になる。
供給する犯罪者にとって、ミリグラム単位で効くドラッグは便利だ。輸送効率が極端に高いからだ。大量に運ぶ必要がなければ密輸コストを大幅に削減できる。化学構造を変更すれば既存の規制を回避できる。
この繰り返しによって、新しい合成ドラッグが市場に流入し続ける。パラフルオロフェンタニルはその一例に過ぎない。
この流れには終わりがない。1つの物質が規制されても、次の物質がすぐに現れる。すでにフェンタニルだけでなく、その類似物質が多数確認されており、今後も増え続けることが容易に推測できる。
ビーチでマリファナをふかしている時代は牧歌的だった。今の新興薬物の世界は、もはや地獄と化している。






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