グローバル化の受容と反発の対立構造で社会が大きく揺らぐ

グローバル化の受容と反発の対立構造で社会が大きく揺らぐ

 ドイツはメルケル首相自らが「移民・難民を受け入れよ」と言って2015年には大量のシリア難民を受け入れた。

しかし、これによって国内が移民の群れで混乱すると「移民を入れて国の文化を破壊するな」という動きが国内で自然発生して移民反対派の政党が大躍進し、メルケル首相を追い詰めるという姿が見られるようになった。

グローバル化が推し進められていくと、人々は自国の文化も歴史も言語も急激に失っていく。そのため、国や文化を守ろうとする動きと、グローバル化を推し進めようとする動きが対立して、互いに先鋭化しつつある。

最近、ドイツで23歳の難民が強制送還されるために警察車両に乗せられたのを見た仲間が、警察車両を取り囲んで攻撃するという事件があった。警察は身の危険を感じてこの23歳の難民を逃がした。

さらに、ドイツ人が深い博愛精神で受け入れた難民が、今度はドイツ国内でユダヤ人を襲撃するという事件を次々と起こしている。そのうちのひとつは動画に撮られてインターネットにアップされ、ドイツ人に大きな衝撃を与えた。

法も秩序も守らない移民・難民にドイツ人は激しい怒りを持ちつつある。そして反グローバリズムの動きが広がっている。しかし、一方で「グローバル化を退化させてはならない」という声も依然としてある。

グローバル化と保守化は、明確に区別できない

経済も情報もすでにグローバル化の中にある。人々はこのグローバル化に、企業やインターネットを通して深く関わっている。モノとカネのグローバル化を押しとどめることはできない。

しかし、モノとカネのグローバル化が進むと、当然だが「ヒトのグローバル化」も進んでいく。これが問題を引き起こしているのだ。

人々は誰もが自分たちの国の言語や文化や習慣や宗教を守りたいと自然に思う。自国の料理を食べたいし、自国で生活したいし、自国の文化を守りたい。どこの国でも人々は常に保守的だ。

グローバル化が突き進んで行くと、最終的に人々は文化や伝統や習慣を失う。だからと言ってグローバル化を後退させるのは難しい。

グローバル化を拒絶すると文化や伝統や習慣を守ることができるが、「世界」に孤立して取り残されるからだ。伝統に固執する国家は国際社会と相容れない。

どんな社会でも、グローバル化の受容と拒絶は入り交じって存在している。この2つは、どちらか一方をばっさりと切り離すことができない。

つまり、明確な対立構造として捉えられない。

「自分はこちら、敵はあちら」というはっきりとした区分けにならないので分かりにくい。その上に、そのどちらにもメリットもデメリットもある。なおさら、どちらにも明確に肩入れできない。

この2つの価値感の対立は、どちらにも肩入れできないがゆえに、人々に大きなジレンマを与えている。

 

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国家も企業も経済も情報も、すべてがグローバル化を志向

現代社会で起きている「2つの対立した価値感」は、誰もが気がついている。しかし、それについての良し悪しの判断ができず、人々は混乱し、態度を保留している。

今後、全世界がグローバル化に覆われていくのは、もう否定できない事実だ。国家も、企業も、経済も、情報も、すべてがグローバル化を志向しているからだ。

つまり、世の中を動かしているシステム自体は、すでにグローバル化している。だから、それが良いのか悪いのかは別にして、なし崩し的にグローバル化が進む。

経済はすでに「国家」という概念をはみ出して生きている。たとえば、インターネットという技術も、すでにとっくの前に国家をはみだして世界化している。

ネットワークによって情報とマネーが国境を超えてさまよい、その流れをとめることはできない。この世界は、とっくに「グローバル化」を実現したのである。

現在、「国家」という枠が残されているのだが、EUはその枠さえも取り去ろうとした。

「EU」という実験では、最初に地域がブロック化され、そしてその中で物流、情報、マネーの垣根が取り去られ、人々の移動が自由になり、最後に国家が解体される流れになっている。それが「EU」という壮大な実験である。

しかし、今まで別々だったものを無理やり解体しようとしているので、人々は反撥し、EUという実験は瓦解寸前にまで追い込まれている。

 

ドイツ国内でシリア難民によるユダヤ人襲撃があちこちで起きている。この映像はドイツ国内で衝撃を与えた。博愛の精神で受け入れた難民がユダヤ人を攻撃するようになった。これが現実だ。

この対立構造が、現代社会を激しく揺るがす

グローバル化に対する反撥は底辺で激しく燃え上がり、政治を変えている。それでも、グローバル化していく世の中を押しとどめることは難しいのかもしれない。

現在の社会を動かしているのは政治ではなく、多国籍企業である。国境を越えて活動する多国籍企業からすると、もう国という概念そのものが邪魔になっている。

企業は、そこが先進国であろうと新興国であろうと「物を売る市場」があれば乗り込んでいくし、コストが安ければ直接投資の対象にある。

多国籍企業というのは、かつては特殊な巨大企業の専売特許であったが、今では中小企業ですら国を超えて外国に拠点を作っている。

客観的に見ると、もう「国」で考える時代ではなくなっている。「国」という障壁が基本的に縮小していることが分かる。

しかし、一方では依然として「国」という概念はそのまま人々の心の中に残る。それが故に、国同士の利害が発生して対立が解消できない。

経済や企業や文化はどんどん「国」を超越して動いているが、人の頭の中はそうではない。人々は最後まで「国」にこだわっていく。だから、これが現代の「火種」になる。

グローバル化に突き進んで行く多国籍企業にとって、国や、宗教や、文化や、言語や、通貨が違っているというのはとてもコストがかかる。

究極的にはそんなものはいっさいなくなればコスト削減になっていいという発想になり、自然とそういったものを消滅させる動きとなっていくのである。

しかし、そうは言っても、どこの国の人であっても自国の宗教や、文化や、言語を、とても大切にする。

なぜなら、それらによって自分が育まれたからだ。それが自分たちのアイデンティティに直結しているのだから、簡単にそれを捨てるわけにはいかない。

この対立構造が現代社会を激しく揺るがす時代となった。

 「移民を入れて国の文化を破壊するな」という動きが国内で自然発生して移民反対派の政党が大躍進し、メルケル首相を追い詰めるという姿が見られるようになった。

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