鈴木傾城

会員制

◆略奪の都市となったハイチ。無法地帯に略奪者が闊歩する

壊滅的な大地震に見舞われたハイチ。首都ポルトープランスはその翌日から数百人の略奪者集団がうろつく無法地帯と化した。徘徊しているのは窃盗者や暴徒である。彼らは崩壊した建物の中にある商店を物色して、使用可能な物品を手当たり次第に持ち去っていく。...
事件

◆タイ邦人殺人。殺されたライター。そして犯人の2人の男たち

『外こもりのススメ』という本を「安田誠」という筆名で執筆して、自らもタイでニートのような生活をしていた棚橋貴秀氏(33歳)が殺されたのが2008年8月5日だった。棚橋氏はブログを書いていて、株取引等でブログを通じて知り合った人たちに指南や運...
戦争

◆戦争とレイプ(1)アブグレイブ刑務所で起きていた惨劇

ダークネスイラク郊外にあるアブグレイブ刑務所では、以前からアメリカ兵によるイラク女性(女性囚人)へのレイプが恒常的に行われていたことが噂されていた。もちろん、アメリカ軍は否定しているのだが、そのレイプの動画や写真が多数あるといわれているのだ...
歴史

◆血塗られたカンボジア現代史の年表

カンボジアの現代史を年表にまとめています。
歴史

◆カンボジアの近代史に登場した政党

カンボジアの現代史を見ると、様々な政党が入り乱れて闘争しているのが分かる。これらの政党はそれぞれ政党名や略称があってわかりにくいので、表にしてまとめてみた。
歴史

◆カンボジア共産党の歴史

カンボジアの現代史を語る上でどうしても主役の座に踊り出るのは「共産主義」というキーワードである。現在のフン・セン首相が標榜しているのも共産主義であり、前ヘン・サムリンもまた共産主義者であり、ヘン・サムリンの前に立ちはだかっていたポル・ポトも...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況16 – 殺し合い、潰し合い、同盟、陰謀

ロン・ノル政権がクーデターによって発足してから、カンボジアは堰を切ったように荒れ始めた。カンボジア内に潜む南ベトナム解放戦線のベトナム兵士と敵対し、クメール・ルージュと敵対し、シハヌーク国王と敵対し、ここにアメリカが絡んで状況は複雑怪奇なも...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況15 – カンボジア、火の海になる

アメリカの傀儡政権であったロン・ノルのクメール共和国は、発足当時からまったく国民に支持されなかった政権であった。一部では腐敗した王族政府がなくなったことに対して歓迎の意を示す国民も一部にいた。
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況14 – そして、シハヌークは追放された

1969年、クメール・ルージュ一派はジャングルの奥へ奥へと追いやられ、もはや壊滅一歩手前だったが、その頃中央政権はどうなっていたのだろうか。実は、農民反乱を抑え、クメール・ルージュを壊滅まで後一歩まで追い詰めたシハヌークであったが、そのせい...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況13 – 殺した敵の内臓を食う兵士

東南アジアには少数民族がたくさん存続する。彼らは山岳地帯に住み、中央政権の影響を受けず、独自文化の中で暮らしている。カンボジアにもそういった少数民族が存在していた。ポル・ポト派が信頼し、兵隊として使ったジャライ族、タプオン族、ブラオ族と言っ...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況12 – 極左主義者と少数民族の融合

資本家に追いつめられ、軍に追いつめられ、王政に追いつめられたカンボジアの農家たちは自分たちの農地を取り上げられたあと、ジャングルに向かってクメール・ルージュと合流することになった。クメール・ルージュは農民たちを受け入れ、組織化し、そして反政...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況11 – 対岸ベトナムの地獄

ポルポト派が革命運動を本格化させようとした1967年後半、ベトナムアはどうなっていたのだろうか?アメリカは一向に勝敗が見えてこないベトナム戦争に焦燥感を感じ始め、さらに多くの兵隊と爆弾をインドシナに終結させていた頃だった。
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況10 – サムロートの反乱

1966年より米の収穫量が落ちているのは隣国の戦争も影響していた。アジア各国は混乱し、問題を抱えていた。カンボジアもまた戦場になっているベトナムと負けじ劣らずひどい有様になっていた。王制の役人は腐敗し、物価の高騰し、軍による米の強制収集があ...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況09 – 革命の始まり

ところで、ポルポト派は、最初から国民を無差別に殺す血に飢えた殺人グループであったわけではない。どう考えても、最初から極端な暴力主義のグループが、柔和なクメールの人々に受け入れられるはずがない。では、何がクメール人の支持を取りつけたのか?
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況08 – ジャングルに集結した左派

クメール・ルージュとシハヌークが吐き捨てた人々がジャングルに潜伏してからほどなくして、バッタンバン州で大規模な農民反乱が起こった。最初は単なる農民デモだと思われていた。しかし、気がつくとそれは単なるデモの域を完全に越えており、組織的で、暴力...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況07 – 危険なグループの台頭

クメール人民革命党は古参幹部とパリ留学組との間で深く激しい権力闘争があった。書記長再選の席で絶対に勝てるという保証はポル・ポトにあったのだろうか。もし、五分五分の確立で自分が当選しなかった場合、危険を冒しただけ損だということになる。
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況06 – 粛清のDNA

ほとんどの政党や政治家はシハヌークの掌(てのひら)で踊らされることになるが、いく人かはそんなシハヌークの策略に乗らなかった。シハヌークの権力欲に劣らないほど強欲で腹黒い意思を持つポル・ポトもまたそんな一人であった。
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況05 – ジュネーブ協定

ところで、1954年はシハヌーク国王によってカンボジアに新しい歴史が書き換えられていた。ジュネーブ協定で、カンボジアはフランスから完全独立を果たしたのである。シハヌークによる粘り強い交渉の勝利だった。長らくフランスに支配されていたカンボジア...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況04 – サロト・ソーの時代

カンボジアのちょうど真中にはまるで海と見間違うような巨大な湖がある。トレンサップ湖である。コンポントム州はこの豊穣なトレンサップ湖を一部取りこんだ豊かな州だ。1925年、ここにポル・ポトは生まれている。サロト・ソーというのが彼の本名だった。...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況03 – 時代を泳いでいたポル・ポト

1975年に政権を取って自国民を大量虐殺し、1979年に政権が倒れた後にもカンボジアの密林の中からその後の政治に多大な影響を与え続けたポルポト派とはいったい何者なのだろうか。ポルポト派は共産主義を標榜し、中国の文化革命をさらに先鋭化させた政...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況02 – 地獄の黙示録

1975年4月17日、プノンペンを陥落させたポルポト派は、その後鎖国政策を取り、カンボジア国内を秘密のベールで覆ってしまった。唯一、ポルポト政権閣僚と密接な交流のあったのは中国であったが、その中国(具体的には、毛沢東や周恩来)でさえ、カンボ...
歴史

◆ポルポト政権誕生までの政治状況01 – セキュリティ21の囚人408号

カンボジア・プノンペン。街の中心である中央市場(プサー・トメイ)から車で15分ほど行ったところに、かつて、「マンゴーの木リセ(高等学校)」と呼ばれていた場所がある。1999年を初めにして、何度かここを訪ねてみたことがある。錆びた鉄扉は開放さ...
ブラックアジア書籍

裸になった女性の下半部に、何かが蠢(うごめ)いている

売春地帯。「女の地獄」の生々しい現実は、覆い隠される。多くの男たちはそこに利用価値を見出しているので、誰もが見て見ぬ振りをしている。それは地獄ではないと心から信じている男もいるが、女の選択権を奪っているのだから、支配者側に立っている人間の思...
ブラックアジア書籍

◆ティアスの涙。女たちはいかにして骨の髄まで搾取されるか

インドネシア領バタム島ナゴヤの真夜中の向こう側、妖しく灯(とも)るダークサイドをくぐり、退廃の世界に入る。入り口に立つインドネシアの男たちの鋭い目は闇の中では肉食動物のようだ。そこはインドネシア全土から集められた若い女性たちの「肉体市場」、...
ブラックアジア書籍

◆リリス。お人形のような彼女の血の中に流れているもの

インドネシア領バタム島も緑は多かったが、ビンタン島の緑はバタムよりもはるかに濃いように見えたのは気のせいかもしれない。激しい雨音で目が覚めて、カーテンを開けると窓から見える外の緑が雨に打たれて揺れていた。リアウ諸島はよく雨が降る。さすがに熱...
インド

◆ヒジュラ。闇の中で目をギラギラさせて立っている性転換者

インド編タイにはレディーボーイがいるのと同様に、インドにもヒジュラと呼ばれる性転換者がいる。コルカタの売春地帯ソナガシでも、ムンバイの売春地帯フォークランド・ストリートでも、このヒジュラの集団には手を焼いた。ふらふらと歩いていると、集団で囲...