
途上国では若年層人口も多い。途上国では人口の中央値年齢が20代前半という国が珍しくない。失業中で、将来展望を持てない若者が大量に存在すると、抗議デモもしばしば暴動化する。一方で先進国では暴力よりも政権が倒れる形でそれが表出する。それが今までの常識だったのだが、これからはどうだろうか?(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
景気が崩れると社会が荒れていく
景気が悪化すると社会不安は増大し、世相は乱れていく。このような現象は、どこの国でも歴史的にも繰り返されてきた。
経済が停滞すると失業が増え、物価が上がり、生活の見通しが立たなくなる。その結果、政治や制度そのものに不満が集中する。これは感情の問題ではなく、生活条件が悪化したときに人間がとる合理的な反応である。
今、それが現在進行形で起きているのがイランだ。イランでは通貨リヤルの下落が長期化し、輸入物価が急騰した。国際通貨基金の推計では、直近年の消費者物価上昇率は40%前後という極めて高い水準にある。
パンや燃料といった生活必需品の価格上昇は、低所得層だけでなく中間層の生活も直撃した。イランでは若年層の失業率は高止まりし、大卒であっても安定した職に就けない状況が常態化している。
どんなに努力しても豊かになれない。このような閉塞的な社会では、制度への信頼が崩れる。イラン各地で起きた抗議行動は、当初は経済的要求から始まり、次第に政治体制そのものへの不満へと変質していった。
ここで重要なのは、暴動が「突然起きた」のではないという事実である。
経済制裁、財政悪化、通貨下落という要因が長期間にわたって積み重なり、臨界点を超えた結果として表出した。治安部隊の動員や統制強化によって一時的に沈静化しても、経済条件が改善しない限り根本原因は解消されない。
イランの事例は、経済問題が政治問題へと転化する典型例である。暴動は偶発的な事件ではなく、馬鹿な政治が生み出した結果である。景気が悪化したら途上国では暴動が起きて、先進国では政権が倒れるのが常識なのだ。
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途上国で暴動が起きる構造とは?
先進国よりも途上国のほうが景気悪化の情勢がひどくなるのはいくつもの理由がある。単純に貧困層が多いからという理由もあるのだが、それだけではない。決定的なのは、経済が悪化した際に社会を支えるセーフティーネットがほとんど存在しない点である。
失業保険や生活保護といった制度が未整備、もしくは極めて限定的であるため、所得が途絶えた瞬間に生活が破綻する。あるいは、物価が上がったらその瞬間に生活が成り立たなくなる。
とくに重要なのが食料価格である。途上国では家計支出に占める食費の割合が40%以上に達する国も多い。
世界銀行の統計では、低所得国では食料価格が10%上昇すると、実質可処分所得は即座に大幅減少する。これは「節約」で吸収できる水準ではない。食べられないという状況が、抗議を一気に暴力化させる。
さらに通貨安が拍車をかける。途上国の多くは食料や燃料を輸入に依存しており、自国通貨の下落は即物価高に直結する。
たとえばスリランカだ。この国では外貨不足と通貨急落により燃料と食料が欠乏し、2022年に大規模暴動が発生した。
経済政策の失敗が、数週間で政権の統治能力を奪った典型例である。スリランカについては、こちらでも記事を書いた。(ブラックアジア:スリランカは再び混迷におちてしまっている。成長に戻れるか不幸に突入するか?)
途上国では若年層人口も多い。途上国では人口の中央値年齢が20代前半という国が珍しくない。失業中で、将来展望を持てない若者が大量に存在すると、抗議デモもしばしば暴動化する。
彼らは政府に対しても憎しみが深い。汚職が常態化し、選挙や司法が機能していない国では、不満を制度内で処理する経路が存在しない。結果として、街頭での直接行動が唯一の意思表示手段になる。
チュニジアや中東・アフリカ諸国で繰り返される暴動は、そういった背景がある。
つまり、途上国で暴動が起きるのは「人々が感情的だから」ではない。経済悪化が生活破綻に直結し、制度による逃げ道がなく、若年層が集中しているという条件がそろった結果だったのだ。
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先進国では選挙による政権交代に
先進国でも景気が悪化して人々の生活が苦しくなると異変が起こる。ただし、先進国においては、多くのケースで街頭の暴動ではなく、選挙による政権交代という形で不満が表出する。
この違いは国民性でも民度でもない。先進国では、経済が悪化しても生活が即座に破綻するわけではない。そこが大きい。
だいたいの先進国では社会保障がしっかりしている。失業給付、医療保険、年金といった制度が最低限の生活を支えるため、所得が一時的に減少しても「今日食べられない」という状況にはなりにくい。
あと、先進国では不満を制度内で処理するルートも多い。選挙、議会、メディア、司法といった仕組みが機能しているため、怒りの矛先は政権へと集中する。これは暴力の抑制装置として作用する一方で、選挙結果には強く反映されることになる。
近年の顕著な例がアメリカ合衆国である。バイデン政権下だった2022年、インフレ率は8%を超え、生活費の上昇が中間層を直撃した。暴動よりも先に起きたのは、政権への支持率低下と選挙での明確な審判だった。
日本でも、岸田政権の時代は「令和の所得倍増計画」とか言っておきながら、実質賃金はひたすらマイナスで推移して待てど暮らせど所得は倍増しなかったので、この首相は馬鹿扱いされて消えていった。
先進国では治安機構が強固で、暴動によって状況が改善する可能性が低い。そのことを国民は理解している。結果として、不満は言論や投票に集約される。抗議デモより選挙でクビを飛ばしたほうが先進国では合理的だからそうしている。
先進国では、暴動が抑制される代わりに、政権そのものが短期間で崩れる。それは良いことのように見えるが、政権は不満が上がってすぐに倒れるわけでもないので、だらだらと悪い状況が改善せず、その次も無能が政権についたら、また改善が延期されるので閉塞感が続いていくこともありえる。
それが起きているのが日本でもある。
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先進国が「暴動と暴力」に近づいていく
ところで、今後も先進国は黙って選挙だけで終わらせるのだろうか。これまで、先進国では長らく、景気悪化は選挙と政権交代によって処理され、暴動は例外的な現象と考えられてきた。
だが、この前提は崩れていくのかもしれないと私は思っている。
近年の先進国では、経済不安と社会不満が制度内で吸収されきらず、直接的な暴力として噴出する事例が確実に増えていることもある。
象徴的なのがアメリカ合衆国である。2020年以降、都市部を中心に大規模な暴動が繰り返されたが、その背景には人種問題だけでなく、実質賃金の低下と生活費高騰もあったことはよく知られている。
名目賃金が上昇しても、住宅費や食料価格の上昇がそれを上回り、中間層の生活は明確に圧迫されていた。
先進国でも暴動が起きやすくなっている最大の要因は、中間層が貧しくなっていく現状も重なっている。従来、暴力を回避してきた層が「失うもの」を持たなくなりつつあるのだ。
フランスでも同様の傾向が見られた。燃料価格や生活費を巡る抗議が、長期化し、しばしば暴力を伴ってきた。社会保障が厚い国であっても、実質的な購買力が下がれば、秩序は維持されない。
これまで治安が保たれてきたのは、制度への信頼が残っていたからにすぎない。信頼が崩れたら、先進国も暴動が起こるエリアと化す。
先進国は今、政権交代だけでは不満を処理できなくなる局面に入っている。景気悪化が続き、生活の見通しが立たない状態が常態化すれば、暴動と暴力は例外ではなくなっていくのだ。
今後、物価の上昇は世界各国で大きな問題を引き起こす。それが何を生み出すのか、私たちは注意すべきときがきているのかもしれない。






コメント
> 先進国でも暴動が起きやすくなっている最大の要因は、
> 中間層が貧しくなっていく現状も重なっている。
> 従来、暴力を回避してきた層が
> 「失うもの」を持たなくなりつつあるのだ。
平日の朝、NHKではなく、特に民放のニュース番組(まあ、ニュース番組というよりも、むしろバラエティ番組としての性格が強い気がしますが)を観ていると、「街頭インタビューでテレビ局レポーターが一般人に意見を求め、意見を求められた一般人がレポーターに回答していく」といったシーンが放映されることがある。
題目としては、「物価が高い」「給料が低いままでなかなか増えない」「直近の長期休暇や連休中、どこに旅行へ行くか?」「新政権に何を希望するか?」「各家庭の節約術」といったものが多いように思える。
ただ、気になるのは、レポーターの質問に答える一般人回答者の表情。新聞やニュース等で「外貨高・円安」「少子・高齢化」「物価高」といった切実な問題が深刻に語られている世相であるにもかかわらず、画面に映し出されている回答者の表情はにこやかで、笑顔を浮かべている人達も多い。例えば、「最近はお米の価格が高くて、ホント、たいへんなんですよ〜(笑)」などと、笑いながら回答している。
該当インタビューでのこういうシーンを観ていると、「まだまだ、日本の中間層は、余裕というか、『失うもの』を持っているのでは??」「現時点では、発展途上国で起きている暴動・混乱は、日本では発生しないのでは?」などと考えてしまう。
まあ、笑っていられる状況がいつまで続くのか、私にはわかりませんが。また、茹でガエルどころか、将来、笑ったまま死んでいく(笑ったまま殺されていく)のかもしれませんが。。