現地に在住し、低賃金に甘んじて、子供たちを導く優しい日本人もいる

現地に在住し、低賃金に甘んじて、子供たちを導く優しい日本人もいる

2018年9月11日。カンボジアでひとりの日本人が亡くなっている。現地に在住し日本語教師として働いていた日本人で52歳だった。

発見したのはふたりの日本人女性で、携帯電話で呼んでも応答がないことで異変を知り、自宅のベッドで死んでいるのを発見した。

事件性はなかった。病院での検死の結果、心臓発作であることが分かった。

日本に憧れるカンボジアの子供たちに日本語や日本の文化をきちんと教えるのが日本語教師の仕事だ。

調べてみると、カンボジアでの日本語教師の仕事の給料は800ドル(約8万9460円)から1300ドル(約14万5300円)あたりが相場のようだ。

日本人の感覚からすると決して大きな額ではないのだが、夢を持ったカンボジアの子供たちに、きちんとした日本語を教え、きちんとした文化を教える仕事だ。給料よりも何よりも、やりがいを優先した結果なのだろう。

これは、東南アジアを愛し、東南アジアに馴染み、東南アジアに貢献しようと決意した人だけができる仕事だ。不意の死で途絶えてしまったが、優しい人だったのだと思う。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「ここで暮らして骨を埋めたい」と思うように

東南アジアに沈没し、汗にまみれ、東南アジアの底辺で人々と共に食事をし、現地の子供たちと遊んだり、女性たちと関わったりした人は、最初は自分の楽しみや経験のために「ふれあい」をしている。

しかし、彼らの文化や人柄や子供たちとの何気ないふれあいの機会が増えれば増えるほど、いつしか「ここで暮らして骨を埋めたい」と思うようになっていく。

あるいは、このように考える人もいる。

「無邪気に遊んでくれる子供たちとずっと一緒にいて、彼らに何かの技能(スキル)を与えて良い人生を送れるようにしてあげたい……」

その気持は分かる。私自身もインドネシアやフィリピンやインドでたくさんの子供たちと遊んできたし、無邪気に慕ってくれる子供たちと戯れているときに、「助けてあげたい」と心が大きく動揺することが何度もあった。

私はスラムに好んで棲み着いていたが、スラムの子供たちは汚れた服を着て、場合によっては靴すらも持っていない。ひとりやふたりではない。何人も、そんな子供たちに出会った。

病気の子供たちもいた。私がインドの商業都市ムンバイの安ホテルに泊まっていたとき、いつも私のホテルの前で物乞いをしていた男の子のひとりは片目が病気でふさがっていた。

この子はいつも片目に目ヤニをびっしり溜めていたのだが、驚くほど純真で私になついて地元の人が行くおいしい料理屋を教えてくれたりした。

私が店を出て、翌日に「おいしかったよ」と彼に言うと、彼は驚くほど明るい笑みを浮かべて去っていった。

こうした子供たちの後ろ姿を見ていると、ふとインドに暮らして、彼の病気を治してあげて少しでも力になりたいと思ったりする。この邪悪な世界に染まって誰も信用しなくなった私ですらも、そんな気持ちが芽生える。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

東南アジアやインドの病気や障害を抱えた子供たち

インドのコルカタでは、売春地帯「ソナガチ」で物乞いをしている顔見知りの少女がポリオにかかって手足が不自由になった身体で物乞いをしている姿を見て私は泣いた。

インドネシアのリアウ諸島で私が潜り込んだ村では、病気で痩せ細ってまだ子供なのに髪が半分以上も抜けてしまった少女もいて、私がこの村に訪れるたびにずっと私のそばにきて弱々しく笑っていた。病気だったが、好奇心が強い子だった。

数年後、私は再びこの村を訪れているのだが、彼女の姿はなかった。私は哀しい結末を知りたくなかったので、彼女については何も聞かなかった。聞くのが怖くて尋ねなかった。

インドではサダルストリートで物乞いしている女性たちと仲良くなって、彼女たちの住んでいるスラム村に訪れたことがあった。

そこでひとりの痩せた少女が大きな目で私に一生懸命に話しかけてくれたのだが、彼女は耳の聞こえない子で、手をひらひらとさせながら私に話しかけた。

私自身も2006年頃から原因不明のめまい・頭痛・吐き気を繰り返して、気がついたら聴力低下が進行する病気に見舞われていたので、彼女のことは本当に印象に残った。

耳のまったく聞こえないこの子が本当に愛おしく思って何とかしてやりたいという気持ちがふつふつと湧き上がった。

しかし私は「思った」だけで、結局は何もしないでこのスラム村を去り、以後は一度も戻っていない。この子は将来、どんな人生が待っているのだろうか。

貧しい村に生まれ、障害を抱え、教育もなく、病気を治すこともできない。

彼女にできる仕事は何か。

それは、コルカタを這い回り、物乞いをすることしかない。彼女の写真を見つめていると、私は懐かしい気持ちと共に胸の奥が締め付けられるような苦しみも湧く。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

カンボジアで亡くなったひとりの日本人教師のこと

貧困で苦しむ子供たちは東南アジアやインド圏にたくさんいる。誰からも見放されて、地を這い回りながら、苦しみながら生きなければならない子供たちがたくさんいる。

東南アジアから南アジア全域で、絶対貧困に苦しむ人々は少なく見積もっても約7億人は存在するはずだ。私たちは、こうした子供たちをみんな救うことはできない。

私たちは彼らをみんな救うどころか、ひとりやふたりの子供たちを救うことすらも難しい。

誰もが自分の人生を生き残るために必死なのだ。他人よりも「まず」自分を救わなければならない。だから、私たちは困っている人たちがいたとしても静かに目をそらすしかない。

では、彼らは夢を見てはいけないのだろうか。貧困で生まれた子供たちは、貧困のまま死んでいかなければならないのだろうか。

いや、無償の医療と無償の教育があれば、それを手がかりに上のレベルにいける子供たちも出てくる。外国語をうまく話せるようになれば、そこから収入を得ることもできるようになる。

現地に派遣される日本語教師は、エリート階級の子供たちを教えることが多いのだろうが、中には貧しい世帯の子供たちを教えることもあるはずだ。

貧困にあえぐ子供たちの中にも、語学に才能のある子供がたくさん混じっている。

現地に在住し、低賃金に甘んじて子供たちを導く優しい日本人もいるわけで、私はこうした人たちに大きな尊敬の念を持っている。

カンボジアで亡くなったひとりの日本人教師のことは日本ではニュースにもなっていない。しかし、私たちはこうした名もなき人たちが現地の子供たちに日本語を教えて「夢」を与えていることを知っておく必要がある。

私は悪人かもしれないが、こうした日本人の死に関心すらも寄せないほど冷酷ではない。(written by 鈴木傾城)

コルカタで知り合った耳の聞こえない少女。彼女は貧しい村で生まれて、教育もない。彼女にどんな人生が待っているのだろうか。それはとても厳しいものであることは想像するまでもない。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

一般カテゴリの最新記事