日本人は、一生の間に一度は生きるか死ぬかの災害に巻き込まれる

日本人は、一生の間に一度は生きるか死ぬかの災害に巻き込まれる

地球はすでに自然災害が苛烈化する時代に入っている。火山の噴火、地震、津波、巨大化する台風、凄まじい豪雨、豪雪が次々と世界各国を襲いかかり、巨大な被害をもたらしている。

今のところ多くの被害を局地的に出しながらも、人類は何とか対処している。しかし、いずれ対処できなくなる場所も出てくる。

いろんな災厄が次々と襲いかかって、下手したら人間の社会システムが維持できなくなるのではないかと考える人が多くなっているが、それは突拍子のない考え方ではない。

これほどまで自然災害が巨大化した時代はないし、これほどまで人口が増えた時代もないし、これほどまで自然破壊が進んだ時代もないからだ。

一生の間に一度は「生きるか死ぬかの災害」に巻き込まれても不思議ではない時代に入ったのだ。

特に日本は、南海トラフ巨大地震が数十年のうちにやってくる確率が高まっている。南海トラフ巨大地震は胡散臭い預言者の予言の類ではなく、必ず日本に襲いかかる巨大地震である。(ウィキペディア:南海トラフ巨大地震

私たち日本人はいろんな意味で、覚悟しなければならない時期に入っているように見える。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

必ず「生きるか死ぬかの災害」に巻き込まれる

南海トラフ巨大地震は、マグニチュード9.1が想定されている。それがいつくるのかは分からない。

専門家でも漠然としか分からないものを一般人が予測したところで意味がない。重要なのは予測ではなく、「それは確実にやってくる」という現実の方である。

場合によっては来週くるかもしれないし、あるいは10年後かもしれないし、20年後かもしれない。分からない。

しかし、それが確実にやってくるのは間違いないわけで、私たち日本人は、生きている間にそれを経験する確率が日増しに高まっている。

日本は地震慣れした国だが、それでも名古屋から九州に渡って広範囲に起きる巨大地震に対処できるわけではない。

名古屋圏、大阪圏の大都市が同時に壊滅的になったら、その被害は天文学的なものになるわけで、急速な復興ができなくなり、地域社会も壊死するような状況に陥ることになる。

少子高齢化という病気がじわじわと社会を蝕んでいる中でこのような巨大な地震がくると、場合によってはこれが日本という国の致命傷になってしまう可能性すらもある。

ただ、日本で起きる唯一の地震は南海トラフ巨大地震だけではない。大阪北部大地震も不意に起きた地震だったが、そうした地震がこれからも日本のあちこちで起きる。

さらに日本は地震以外にも、火山の噴火から、台風から、豪雨から豪雪まで、すべての災害が集中する国だ。だから、一生の間に一度は「生きるか死ぬかの災害」に巻き込まれると日本人は思っておかなければならないのである。

こうした災害に直撃されたとき、その「瞬間」に生き残れるかどうかは運になる。自分の居場所が悪いと、為す術もなく災害に飲まれて死んでしまうかもしれない。

居場所が悪ければ、注意深くしていようが何だろうが関係ないのである。交通事故と同じで避けようがない。だから災害の渦中では、もはや運に任せるしかない。

しかし巨大災害の一撃が終わって自分が何とか生き残っていたら、そこからは自分の判断能力で助かる確率が高めていくことができる。巨大災害の中で、私たちは生き残らなければならない。

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災害後、より確かな安全を求めて行動を開始すべき

ところで、こういった危険な事態に巻き込まれた後には、どうしなければならないのか。常に言われているのは、3つのシンプルな指針である。

「正常性バイアスに捕らわれない」
「愛他行動を起こさない」
「同調バイアスに捕らわれない」

心理学的な専門用語を言われてもあまりよく理解できない人が多いと思う。これを噛み砕いて言えばこういうことになる。

「逃げなくても何とかなると思わない」
「他人を助けようとしない」
「みんなと同じ行動をしようとしない」

何かとてつもない破滅的な災害に直撃されて生きていたら、それは「運が良かった」のだ。だからこそ、そこからより確かな安全を求めて行動を開始しなければならない。

そのためには、「本当の安全を確保するまで気を緩めない」という心構えが重要になってくる。「逃げなくても何とかなる」と思い込んではいけないし楽観的に感じてもいけない。

「とてつもないこと」が襲いかかって巻き込まれたのだから、状況は「正常」ではない。正常ではないときに正常だと思い込むと、より安全を確保するために行動した人よりも助かる確率が減少する。

危険から目をそむけ、「何もしなくても何とかなる」と勘違いするのが「正常性バイアス」である。それは正しい判断ができていない状態だ。

正しい判断は何から生まれるのか。それは冷静さと観察眼だ。

巨大な災害に襲われて自分の居場所が安全なのかどうか分からないとき、それは安全ではない場所である可能性が高い。災害が起きて助かったら、まずは自分の置かれている状況をしっかり把握して、より安全を確保するのが優先だ。

災害直後に何かを判断するというのは簡単なことではない。だから冷静にならなければいけないし、まわりをよく観察しなければならない。冷静になれば、状況がより正確につかめる。そして正しい判断が下せる。

「正常性バイアス、愛他行動、同調バイアス」

もし冷静に状況を判断して、自分の居場所が安全ではないと判断できたらどうするのか。当然、逃げる。そのとき、危機を認識できない人たちを助けようと説得したり、議論をしては逃げ送れる。

他人を説得しようとしても、危機を捉える感受性があまりにも人によって違うし、絶対に正常性バイアスから抜けだそうとしない人も多い。

そのときは、他人を説得しないで、せめて自分だけでも助からなければならない。他人を助けようと時間を食って自分が死ねば元も子もない。

緊急事態に陥ったら、「他人を助ける=愛他行動」を起こしてはならない。自分が助かることに全力を尽くさなければならないのである。

巨大災害の渦中で最も危険なのは、実は「何とかなるだろう」と根拠もなく思い込んでいる「楽観主義者」と一緒にいることかもしれない。彼らは、何の根拠もなく何とかなると思って何もしない。

実はこれで多くの人がまとめて死ぬ。

災害が起きたとき、自分で判断しないでみんなと同じ行動を取る人が多いが、それは他人に判断力を預けているのと同じだ。自分で何も考えていない。

これを「同調バイアス」あるいは「多数派同調バイアス」と呼ぶ。「事なかれ主義者」の無意味な楽観に流されてしまうのである。

「みんな逃げないから逃げなくても大丈夫だ」
「みんな大丈夫と言ってるから大丈夫だ」
「みんなじっとしているから大丈夫だ」

そう思ってしまうのである。他人の言動に左右されないで、「最も正しい判断と行動する」という常識的な行動が、結局のところ助かる方法だということだ。

自分がいつ巻き込まれるかなど分からない。しかし、日本人は常に「巨大な災害に巻き込まれる確率が高い」と考えておかなければならない。

巨大な災害の一撃に見舞われて助かっていたら、運が良かったということだ。その運を「正常性バイアス、愛他行動、同調バイアス」で無駄にするのはもったいない。(written by 鈴木傾城)

日本は、南海トラフ巨大地震が数十年のうちにやってくる確率が高まっている。南海トラフ巨大地震は胡散臭い預言者の予言の類ではなく、必ず日本に襲いかかる巨大地震である。

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