映画『ワナジャ』。最底辺の少女の情熱と社会的な壁と踊り

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インドの映画業界の中心はムンバイにある。ムンバイはかつて「ボンベイ」と呼ばれていたのだが、このボンベイと頭文字と映画の都ハリウッドを組み合わせて、インド人はインド映画のことを「ボリウッド」と呼ぶ。

ボリウッドが作る映画は大袈裟で騒々しく嘘臭く、それがどんな大ヒット作であっても、私はそれを観ることがない。まったく観たいとも思わない。

そのため、インドを扱った映画で感銘を受けたり、心に残ったりするのは、そのほとんどが外国人の監督が作った映画か、インド人の監督が外国人向けに作った映画だ。

インドを扱った映画で私が愛するものは、たとえば以下のようなものがある。

『サラーム・ボンベイ!』
『The courtesans of bombay』(翻訳なし)
『シティ・オブ・ジョイ』
『モンスーン・ウェディング』
『未来を写した子どもたち』
『スラムドッグ$ミリオネア』

最近、またひとつ好きな映画ができた。『ワナジャ』と呼ばれる南インドを舞台にした映画だ。

この映画はインドの古典舞踊のひとつ「クチプディ舞踊」を学びたいと夢を持った低カーストの少女と、彼女を取り巻く社会の壁をテーマにしている。シリアスで重いが、とても美しい映画だ。実はこの映画はユーチューブで全編を通して見ることができる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

貧しい少女ワナジャの夢はクチプディ舞踊だった

まずは、予告編だが、こちらを観て欲しい。

ここで「ワナジャ」という少女が踊っているのが「クチプディ舞踊」である。

クチプディ舞踊というのは、「アーンドラ・プラデッシュ州にあるクチプディ村を発祥の地とするインド古典舞踊」とあるのだが、時代に合わせてスタイルを変えながら生き延びてきた古典舞踊のひとつである。

動きは分かりやすく、ダンサーの表情もまた踊りの中に取り入れられ、とても親しみやすい舞踊だ。

映画ではワナジャと呼ばれる少女が、村に訪ねてきたクチプディ舞踊の奏者の老婆に、「踊りの名手になる。唯一、パーヴァティ女神が踊りのライバルとなる」と手相で預言される。

踊りに強い関心を持っていた貧しい少女ワナジャは、そこで夢を持つ。優秀な踊り子になりたい、という夢だ。この村には広大な土地を所有する高カーストの女地主がいるのだが、彼女こそがクチプディ舞踊の高名な舞踏家だった。

この女地主はもうすでに踊ることはないのだが、ワナジャは何とか彼女に踊りを教えてもらおうと、使用人としてその家に潜り込む。

踊りを教えて欲しいというワナジャの願いを最初は鼻でせせら笑っていた女地主だったが、やがてその情熱にほだされるように、少しずつワナジャに踊りを教えていく。

最初は、ぎこちなかった関係もやがては打ち解けていくようになっていった。

ところが、この女地主の息子がアメリカから帰ってきたところから悲劇が始まる。どのような悲劇に結びついていくのかは、ここでは述べないが、ワナジャはこの男によって夢が壊されていくのが後半の流れだ。

映画のところどころにクチプディ舞踊をはさんでいる。

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インド独特のスタイルが凝縮された映画『ワナジャ』

クチプディ舞踊がどんなものなのかを最初に知りたい人は、こちらを観てほしい。

足の動き、そして手の動き、首の動かし方、繊細さを表現する計算された美しい指先の動き。南アジア、東南アジアの古典舞踏全域に通じる基本となる動きがそこにあることに気付く。

この動きが、私の心を捉える。

面白いのが伴奏だ。映画では歌い手が出ていないが、よく聞けば人が楽器を模して音頭を取っているのが分かる。声そのものが楽器になる。これも、インド独特のスタイルで興味深い。

これに関して、ひとり好きな女性歌手を思い浮かべる。映画『モンスーン・ウェディング』の音楽を担当していたシーラ・チャンドラだ。

この映画『モンスーン・ウェディング』でも使われた「Ever so Lonely」はとても有名な曲だ。

インド系だが、イギリスから出てきたこのインドの女性シンガーは、年々円熟味を増している。

ある時、彼女が披露した次のアカペラが、まさに楽器を模したものであり、インドの古典舞踊から来ているものだったのだ。それは以下の動画で聞くことができる。

クチプディ舞踊の伴奏で使われていたスタイルを、シーラ・チャンドラもしっかりと受け継いでいるのが分かる。

こうしたインド独特のスタイルが凝縮されたのが映画『ワナジャ』である。少女ワナジャは低カーストの最底辺の生活をしており、決して純真無垢ではない。

粗野で、強情で、折れない。

それは、いつもワナジャを邪魔しにやってくるさらに低カーストの少年とのやり取り、あるいは郵便屋の青年との滑稽なやり取りを見ても分かる。

そうした中で、幸せをつかみきれない少女の人生をこの映画は見せてくれている。

映画の最後、魔神と呼ばれるドゥルガーが憑依したかのように目を剥くワナジャの踊りは、絶望が相まって鬼気迫るものがある。

莫大な制作費をかけ、美男美女が豪華絢爛に踊って歌って恋をする騒々しくて馬鹿馬鹿しいボリウッドの映画など観るくらいなら、私はこの映画を何度も見つめたい。

関心を持った方は、お時間がある時にこの映画を観て欲しい。こちらで日本語字幕のものが全編を通して見ることができる。(written by 鈴木傾城)

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映画『ワナジャ』より。とても繊細で、美しく、それでいてシリアスで重い映画だ。少女ワナジャが踊るクチプディ舞踊に見とれてしまう。

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