民主化を口にすると国家転覆罪に。ベトナムでは政権批判するような自由はない

民主化を口にすると国家転覆罪に。ベトナムでは政権批判するような自由はない

政治犯として逮捕される人々の多くは、SNSやブログを通じて政府の腐敗や政策の失敗を批判した人物である。日本では、SNSで自由に政権批判や政治家批判ができるが、これをベトナムでやったら人生が終わる。2025年現在、少なくとも170人以上が政治犯として収容されている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

少しでも政府批判を口にすると拘束される国

あまり報道されていないので国際社会では「ほぼ無視されている」のだが、ベトナムでは近年、政府批判をおこなう活動家やジャーナリストが標的となり、政治犯として長期刑を受ける事例が急増している。

2025年現在、少なくとも170人以上が政治犯として収容されている。

これは過去数十年でもっとも多い人数である。この増加は、2016年から始まった弾圧の強化と密接に関連している。特に、表現の自由や集会の自由を求める声が高まる中で、それを抑え込むための政府の強硬な対応が背景にある。

政治犯として逮捕される人々の多くは、SNSやブログを通じて政府の腐敗や政策の失敗を批判した人物である。日本では、SNSで自由に政権批判や政治家批判ができるが、これをベトナムでやったら人生が終わる。

彼らは「国家転覆罪」や「反政府プロパガンダ罪」といった強烈な罪状で起訴されることが多い。これらの法律は共産党政権によって広範に適用され、反体制的な意見を封じ込めるための道具として利用されている。

逮捕者には環境活動家や宗教的少数派も含まれている。環境汚染問題に抗議しても、少数民族の権利擁護を訴えても、逮捕される。こうした弾圧は都市部だけでなく農村地域でも機能している。

とにかく、少しでも政府批判を口にすると拘束されるのだ。

ベトナムでは政治犯への処遇も厳しい。拘束中に弁護士へのアクセスが制限されたり、暴力・拷問を伴う不当な取り調べを受けたりすることが常態化している。裁判は形式的なものであり、多くの場合、事前に決定された有罪判決が下される。

ベトナムは近年になって何となく経済発展して民主的になっているようなイメージがあるが、政治的には強烈な共産独裁国家である。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから

民主主義促進を掲げたら「国家転覆罪」

ベトナムでは、これまで多くの著名な活動家やジャーナリストが政治犯として収監されているのだが、その中でも特に注目されるのがレ・ディン・ルオン氏とチャン・アン・キム氏である。

レ・ディン・ルオン氏は、人権擁護と民主主義促進を掲げた活動家であり、共産党政権による権力集中を批判していた。2016年に発生した台湾系企業による環境汚染事件では、被害を受けた漁民を支援し、その責任追及を求めた。

それで、どうなったのか。このような活動は「国家転覆罪」と糾弾され、禁固20年という重刑を受けた。民主主義促進を謳うのは許されないのだ。

チャン・アン・キム氏は女性ジャーナリストとして政府の汚職問題や人権侵害を告発する記事を書いていた。彼女はSNS上でも積極的に情報発信を行い、多くの支持者を得ていた。

ところが、その活動が「反政府プロパガンダ」と見なされ、懲役13年の長期刑に処せられた。

彼らは犯罪を犯したわけではない。ただ、「民主主義の国になってほしい」とか「貧しい人を守れ」とか「少数民族の人権を大切にしよう」とか「環境汚染で被害を受けた人たちを助けよう」とか言っていただけである。

しかし、ベトナム当局にとっては、これらはすべて「重大な犯罪」となる。

あまりにも理不尽なのだが、これがベトナムで起こっている現実である。これらの事例は、ベトナム政府がどれほど厳しく反体制派を抑え込もうとしているかを示していると言える。

このような弾圧を目の当たりにしたら、ほとんどの国民は何も言わなくなる。そうなのだ。彼らは「見せしめ」なのだ。実際、これらの逮捕によって、多くの市民が政府批判や社会問題への発言を控えるようになり、表現の自由が著しく制限されている。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、『ブラックアジア カンボジア編』はこちらから

ベトナム共産党の書記長トー・ラム

とにかく、ベトナム政府は反体制派はひとりでも許さない覚悟でいる。最近になってひどくなったのは、2024年8月に、トー・ラム氏がベトナム共産党の書記長に正式就任してからだ。

トー・ラムは公安省出身であり、2016年から公安相を務めてきた。その間、反体制派や人権活動家に対する弾圧を強化し、多数の逮捕や投獄を主導してきた。政府批判をおこなう活動家やジャーナリストを「反国家プロパガンダ」や「国家転覆罪」で摘発していったのは、まさにトー・ラム自身なのだ。

2024年に書記長に就任したあとも、この弾圧政策は継続されている。この年には少なくとも43人の人権活動家や反体制派が根拠のない容疑で有罪判決を受けた。

弾圧に関しては多様な手法でおこなわれている。

目立つのは、不当に長い拘束と裁判である。警察は活動家やジャーナリストを恣意的に逮捕し、その後長期間拘束することが一般的だ。取り調べ中には脅迫や暴力が用いられるのは当たり前で、最初から人権侵害という概念なんかない。

公正な裁判もない。なぜなら、裁判所は共産党政権の影響下にあるからだ。公安が恣意的に誰かを逮捕したら裁判所は公安を擁護するために、そのまま有罪判決にする。そのため、有罪判決率は極めて高い。

弁護士へのアクセスも制限されている。つまり、いったん逮捕されると、被告人は十分な防御手段を持たないまま裁かれることになる。

移動の自由も大きく制限されている。活動家やその家族は国内外への移動を妨害されることが多く、自宅軟禁状態に置かれるケースもある。そのあいだ、インターネット上での情報統制も厳しくおこなわれる。

インドの貧困層の女性たちを扱った『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち』の復刻版はこちらから

共産党の独裁政治はけっこう長続きする?

これらの手法は、まぎれもなく国際法違反である。国外の人権団体からも強い非難を受けている。しかしながら、ベトナム政府はこれらの行為を「国家安全保障」の名目で正当化し、その姿勢を変えようとはしない。

にもかかわらず、ベトナムは2023~2025年まで国連人権理事会理事国として活動しているのだ。自国で組織的な人権侵害を続けながら、国連人権理事会理事国なのだから、国連も国連である。こういうことをしているから国連も信用されない。

アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチなどの団体は繰り返しベトナム政府に対し、人権状況の改善と政治犯の即時釈放を求めてきた。また、一部の国も人権改革を要求している。

しかし、そんなことを言ったところで、公安出身のベトナム共産党の書記長トー・ラムがこれらの要求に応じるわけがない。何か言われると「国内問題」「内政干渉」だと言って話し合いも介入も拒否して終わりだ。

トー・ラムが偽善的なのは、そうやって激しい言論弾圧をしながらも、表向きには人権擁護の促進に取り組んでいると白々しく主張していることだ。裏ではかたっぱしから気に入らない言動をする人間を逮捕して拷問して長期刑にしつつ、「人権擁護」とか言うのだから冷酷である。

ベトナム国内外で表現の自由や基本的人権への関心が高まっているが、政府がこのような状態なのであれば、ベトナムの市民社会はさらに萎縮し、人々の声は消されてしまうだろう。

中国共産党を見てもわかるが、こうした共産党の独裁政治は、外から見ていると異様で長続きしそうにないように見えるのだが、独裁を破壊するためには国を破壊するくらいのエネルギーが必要なので、けっこう長続きするのが現実だ。

ベトナムで生きるのは、息苦しそうだ。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

東南アジアカテゴリの最新記事