アサド政権崩壊後のシリアの政治情勢は、これからも依然として不安定な状況が続くと考えられる。長年にわたる独裁体制の崩壊は、シリア国内に大きな権力の空白を生み出し、その埋め合わせには時間がかかる。場合によっては、アサド政権よりも、もっと悲惨なことになるかもしれない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
アサド長期独裁政権があっけなく崩壊した
2024年12月8日、シリアの独裁者バシャール・アル・アサド長期独裁政権があっけなく崩壊した。これによって、2011年から13年にわたって続いた血みどろの内戦に終止符が打たれた。
アサド政権の崩壊は、中東地域の力学を一変させる歴史的な出来事だ。しかし、この劇的な展開は果たしてシリアに平和をもたらすのだろうか。それとも新たな混沌の始まりに過ぎないのか。
アサド政権の崩壊は、まさに電撃的だった。
2024年11月27日に、反体制派が新たな攻勢を仕掛けてからわずか12日で、半世紀以上続いた独裁体制が音を立てて崩れ去ったのだ。首都ダマスカスを含む主要都市が次々と陥落し、政府軍は目立った抵抗もせずに撤退していった。
バックにいたロシアがウクライナで泥沼に取られてアサド政権を守る余力を失っている上に、長年にわたるシリアの内戦で疲弊し切った軍の忠誠心の低下が、この急激な崩壊の背景にあった。
シリア内戦は2011年、「アラブの春」の波及を受けて始まった。
当初は民主化を求める平和的なデモだったが、アサド政権による武力弾圧をきっかけに内戦へと発展。その後、イランやロシアがアサド政権を、トルコやサウジアラビア、米国が反体制派を支援するなど、各国の思惑が絡み合って泥沼化していった。さらに「イスラム国」などの過激派組織の台頭も事態を複雑化させた。
13年に及ぶ内戦の代償は計り知れない。38万人以上が死亡し、1,300万人以上が難民や国内避難民となった。これは内戦前の人口の半数以上に相当する。首都ダマスカスをはじめ多くの都市が廃墟と化し、かつての「中東のパリ」の面影はもはやない。
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1,300万人が難民となったシリアの惨状
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告によると、2019年末時点で約660万人のシリア難民が存在する。これは世界の難民全体の実に22%以上を占める驚異的な数字でもある。
さらに、シリア国内で避難生活を送る「国内避難民」は670万人に上る。合わせて1,300万人以上のシリア人が、戦火や迫害から逃れるために自宅を追われたことになる。
この1,300万人という数字の重みを理解するには、シリアの人口が内戦前は約2,300万人だったことを考えれば十分だろう。実に人口の半数以上が難民や避難民となったのだ。これは第二次世界大戦以来、最大規模の人道危機と言っても過言ではない。
難民の多くは隣国のトルコやレバノンに逃れた。トルコには約370万人、レバノンには約90万人のシリア難民が滞在している。人口わずか600万人のレバノンにとって、90万人の難民の受け入れは非常に大きな負担になっていた。
この難民の7割以上が国際貧困ライン以下の生活を強いられていた。劣悪な環境のキャンプでの生活、教育や医療へのアクセスの欠如、就労の機会の制限など、難民たちはさまざまな困難に直面している。
さらに、難民の女の子たちが、人身売買で売り買いされていた闇もあった。(ブラックアジア:性奴隷と人身売買にシリアの少女が巻き込まれ続けている)
シリアの難民の女の子を買っていたのは、サウジアラビア人の金持ちだった。想像を絶する苦境がシリアの難民に襲いかかっていたのだ。(ブラックアジア:今、ヨルダンで生まれている巨大な少女売買マーケット)
シリア国内の状況も悲惨だ。国連児童基金(UNICEF)の調べによると、シリア国内の子供の90%が人道支援を必要としている。また、5歳未満の子供の3分の1が発育阻害に苦しんでいる。
世界銀行の推計によると、2011年から2018年までのシリアの累積GDP損失は約5,260億ドルに上る。これはシリアの2010年のGDPの約9倍に相当する。インフラの破壊、産業の崩壊、人材の流出など、シリア経済の再建には途方もない時間と資金が必要となるだろう。
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アサド政権の闇「カプタゴン」
中東全域に「カプタゴン」と呼ばれる奇妙なドラッグが蔓延していた。アンフェタミンやメタンフェタミンに似た作用を持つドラッグで、わかりやすくいえば覚醒剤の一種である。中東では「貧乏人のコカイン」とも呼ばれている。
誰もが知っていた事実であるが、このカプタゴンの生産と密売こそが、アサド政権の重要な資金源だった。
米シンクタンクのニューラインズ・インスティテュートによる「カプタゴン・トレード・プロジェクト」の推計によると、カプタゴンの世界的な取引額は年間100億ドルに上り、シリア指導部の利益は約24億ドルに達していた。
国際社会の制裁下にあったアサド政権にとって、貴重な外貨獲得源だったのだ。
西側諸国は、アサド大統領の弟マヘル・アサド氏がこのドラッグ取引を取り仕切っていた。マヘル氏は現在、所在不明だ。アサド一族によるドラッグビジネスの全容解明は、今後の重要な課題となるはずだ。
カプタゴンの蔓延は、シリア内戦の悲劇をさらに深刻化させた。
戦場から建設現場、富裕層のパーティーまで、中東全域に広がったこの薬物は、多くの若者たちを中毒の淵に追いやった。そして、その利益はふたたび戦争の資金となり、負の連鎖を生み出していたのだ。
独裁政権がドラッグビジネスをやるのは、珍しいことではない。アフガニスタンでもハミド・カルザイ首相の弟アフメド・ワリ・カルザイがヘロインの元締めだった。そして、ヘロインの元になるケシ畑はタリバンがコントロールしている。(ブラックアジア:ますます深刻化していくアフガニスタンのヘロインとその影響)
アサド政権によるカプタゴン生産は、国際社会の制裁をすり抜け、政権を維持するための重要な物資だったのだ。正規の貿易ルートを断たれた政権は、アンダーグラウンドの経済に活路を見出していた。そして、その利益は軍や情報機関の維持、支持者への利益誘導に使われたのだ。
つまり、アサド政権はドラッグで国を維持していた政権なのだ。
アサド政権崩壊後、シリアのドラッグ生産基地は次々と発見されている。しかし、これは問題の終わりではなく、むしろ始まりに過ぎない。カプタゴンの生産・流通網は、シリア国内だけでなく周辺国にも深く根を下ろしている。
アサド政権の崩壊は、新たなドラッグ組織の台頭を招く危険性もある。
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アサド政権崩壊後のシリアも地獄か?
アサド政権崩壊後のシリアの政治情勢は、これからも依然として不安定な状況が続くと考えられる。長年にわたる独裁体制の崩壊は、シリア国内に大きな権力の空白を生み出し、その埋め合わせには時間がかかる。
反政府勢力が首都ダマスカスを掌握したと発表しているものの、国全体を統治する新たな政権を樹立するには、多くの障害が立ちはだかる。これから、さまざまな勢力が権力を巡って争い、政治的混乱が続く可能性は極めて高い。
トランプ次期政権はシリアにはかかわらないと明言している。そのため、国連主導による和平プロセスが再開されるのだろうが、シリア国内の勢力間の利害対立や、外国勢力による影響力争いが絡み合い、このプロセスは容易には進まないのは目に見えている。
過激派組織の動向も懸念される。アサド政権崩壊後の混乱に乗じて、いくつもの過激派組織が勢力を拡大してもおかしくない状況だ。これらの過激派との戦いは、新たな政権にとって避けられない課題となる。
同時に、シリア国内では約1,300万人もの難民や国内避難民が存在し、人道危機への対応も急務である。破壊されたインフラや医療システムを再建し、避難民の帰還と再定住を進めることは、新政権にとって極めて重要な使命となる。
混乱し、まとまらず、脆弱な政権にそれが可能なのだろうか?
結局のところ、アサド政権崩壊後のシリアも、不安定な状況が続くと見たほうがよさそうだ。新政権の樹立から和平プロセス、経済再建、人道危機への対応まで、一歩間違えると、新たな内戦が勃発する可能性すらもある。
いったん壊れてしまった国を建て直すのは厳しい仕事でもある。これからのシリアの行く末は非常に険しく、多くの困難が待ち受けている。アサド政権の統治よりもひどいことにならなければいいのだが……。
旧体制に民衆が抗い、春だ革命だと統治機構をひっくり返すことを「民主化」とか言ってマスゴミは美談にしますが、一律にそう判断していいんでしょうか。
旧体制側に独裁や腐敗は必ず生じますが、完全に閉鎖的ではなく漸次文化の開放や自由化を進めていた国では、かつては今より女性の服装は自由であり開かれた社会を発展させたりしていました。今では怪物のように言われているフセインが統治していたイラクなどはそうですね。
それを外国勢力が自由な経済活動をするのに邪魔だからといって、その国の民衆を煽動し「民主化」の名の下に統治機構を根こそぎひっくり返した国は、その後におかしな原理主義者などが取って代わって以前より民衆を弾圧することになります。アフガニスタンなどがそうかと。
アラブでの一連の春やら革命やら民主化で、それ以前より民衆の生活が改善した国はないんじゃないでしょうか。
外国勢力は体制をひっくり返した後は民衆が苦しもうと我関せずであり、熱狂により体制をひっくり返した民衆には、その後の統治機構をどうするかのヴィジョンがなかったからです。
旧体制はすべて素晴らしかったなどという気は全くないですが、今後無秩序に流れ込んでくる各国の思惑を背景にした武装組織が入り乱れて、更に混乱に拍車をかけ民衆は苦しむことになるでしょう。