映画『チェチェンへようこそーゲイの粛清ー』拉致・拷問・処刑される同性愛者たち

映画『チェチェンへようこそーゲイの粛清ー』拉致・拷問・処刑される同性愛者たち

プーチン大統領が率いるロシアが異様な国家であることは、有無を言わせぬウクライナ侵攻と容赦ない軍事行動によって全世界が知ることになった。

もともとプーチン大統領はKGB出身で策略や暗殺にはまったく躊躇がない人物で、これまでも自身を批判するジャーナリストや政敵を暗殺や謀略で葬ってきた。

アレクサンドル・リトビネンコはポロニウム210を盛られて殺され、プーチンの闇を告発していたジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤは射殺され、ミハイル・ホドルコフスキーの弁護を引き受けていたフランス在住の弁護士は水銀を盛られた。

プーチン大統領は、このような工作活動を平気でできる政治家である。(ブラックアジア:毒殺の季節。プーチン大統領も政敵を毒殺で葬ろうとする

このプーチン大統領は同性愛者を嫌悪しているのは有名だが、このプーチン大統領を露骨に支持してチェチェンを支配しているのがラムザン・カディロフ首長である。「カディロフツィ」という私兵とも親衛隊とも言うべき組織を率いて、時に超法規的な暴力を用いて「チェチェンに相応しくない人物」を排除していく。

その中で、暴力的迫害の対象になっているのが同性愛者である。

プーチン大統領もラムザン・カディロフも激しく同性愛者を嫌っている。さらに言えばチェチェンはイスラム国家なので多くの国民が同性愛者を宗教的に嫌悪しており、家族の中にいる同性愛者は「一族の恥」という認識になる。

家族からも、社会からも、国家からも迫害される社会環境の中で、チェチェンの同性愛者たちは凄まじい迫害を受けている。この同性愛者迫害の強烈な現場を捉えたドキュメント映画が『チェチェンへようこそ・ゲイの粛清』である。

「チェチェンへようこそーゲイの粛清ー」

チェチェンで同性愛者であることは「死」に直結する

チェチェンで同性愛者であることは「死」に直結する。同性愛者はチェチェン当局から激しく追及され、同性愛であることを理由に突如として逮捕され、拷問され、秘密裏に処刑される異常な人権侵害が起こっている。

家族も守ってくれない。家族が同性愛者を一族の恥と認識しているので、「家族自らが同性愛者の家族を殺す」ことも行われている。「名誉殺人」である。家族ですらも同性愛者にとっては「敵」となる。

この映画では、同性愛者の女性が活動家に救助を求める電話から始まるのだが、その女性は「おじ」に自分の性的指向がバレてしまって「父親にバラされたくなければ自分と寝ろ」と脅迫されていることを訴えている。

父親にバレたら父親に殺される。そうした切迫した状況なのである。

同性愛者は怯えて暮らし、自らの性的指向を必死で隠して生きている。知られてしまうと何が起こるのか分からない。性的指向がバレた同性愛者が街で同性愛嫌悪のグループに囲まれ、罵られながら殴られ、蹴られ、無理やり髪を切られるような暴力が待っている。

映画でも、同性愛者が暴力を振るわれる生々しい場面や、カメラの前でレイプされるような惨状が映し出されている。リアルでこのようなことが起こっているのである。

警察当局も助けてくれることはない。助けてくれるどころか、逆に警察当局が「ゲイ狩り」をしている。同性愛者を摘発し、拷問し、時には処刑までする。

『ネズミを背中に乗せて鍋をかぶせ過熱するんだ。ネズミは逃げようとして背中の皮膚を引きちぎる』

映画では、当局がひとりの同性愛者を捕まえたら、携帯電話に名前が載っている人間が誰なのかを執拗に尋問や拷問で聞き出し、その同性愛者と交友関係を持つ同性愛者をさらに逮捕し、それを繰り返して次々と同性愛者を摘発していると告発されている。

チェチェンで同性愛者であることは「死」に直結する。必死で隠すしかない。しかし、どんなに隠しても自分を理解してくれている同じ同性愛者から辿られてしまうのである。

チェチェンでは、ゼリム・バカエフという男性歌手も消息不明になった。彼の性的指向で摘発されたと映画の登場人物は語っている。

チェチェンで同性愛者であることは「死」に直結する。必死で隠すしかない。しかし、どんなに隠しても自分を理解してくれている同じ同性愛者から辿られてしまうのである。

「この国には不要な奴らだ」と消されていく同性愛者

いつ自分が逮捕され処刑されるのか分からない。チェチェンでは怯えて暮らすしかない。まさに四面楚歌だ。

映画では、こうした生命の危機に瀕した同性愛者たちを支援する活動家に焦点を当てている。乏しい資金と仲間、社会と当局の無理解の中で、同性愛者たちを救済する活動は凄まじく危険でリスクがある。

助けを求める同性愛者たちへの一時的なシェルター(避難場所)を用意し、検問や国境を越えるための支援を行い、亡命申請も行う。

同性愛者たちはそれまで、きちんと仕事を持ち、普通に日常生活を送ってきた人物である。それが性的指向が異なるという理由だけで、突如として生命の危機に晒されて国を捨てて逃げるしかない。

映画では、こうした極限の状況に置かれた人たちを追っているのだが、権力が凄まじい弾圧を個人に加えることの恐怖と不安が映画の不安定な画面から浮き彫りになっていく。

映画で印象的だったのは、チェチェンの支配者ラムザン・カディロフ首長のインタビューである。インタビュアーが「チェチェンで同性愛者が迫害を受けて拉致や拷問を受けている疑惑」をどう思うかと聞いた場面だ。

ラムザン・カディロフはそれを聞くと薄ら笑いを浮かべて、このように言う。

『ありえないね。チェチェンに同性愛者は存在しない。この国にゲイはいない。もしいたら、カナダでも連れて行ってくれ。神のご加護を。民族浄化のためにも、この国には不要な奴らだ』

これでは同性愛者も生きた心地がしないだろう。

興味深いことに、この映画は多くの登場人物が顔を出しているのだが、これらの顔と声は実際には「ディープフェイク」と似た手法が使われていて、本当の個人のものではないのだという。

彼らの安全とプライバシーを徹底的に守る手法として、本物の顔を隠しつつリアルな現場を見せるという興味深い映像体験を見せてくれている。私自身はこれをディープフェイク的な技術の正しい使い方であると認識した。

国家を支配する権力者が「不要な奴ら」と認識した人間はどうなるのか。この映画『チェチェンへようこそ・ゲイの粛清』の、過酷な運命に突き落とされている同性愛者たちを通して、私たちもそれを知ることができる。

この映画がなければ誰も彼らの存在を知らなかったに違いない。彼らは闇から闇に消されていくからだ。

国家を支配する権力者が「不要な奴ら」と認識した人間はどうなるのか。この映画『チェチェンへようこそ・ゲイの粛清』の、過酷な運命に突き落とされている同性愛者たちを通して、私たちもそれを知ることができる。

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