途上国特有のトラブル満載のバングラデシュに戻りたい理由

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バングラデシュは何もない国だ。インドに関心を持つ人であっても、バングラデシュには関心を持たないことが多い。

この国はアジアの最貧国であり、政治から行政までがすべて腐敗しており、人権もなければ福祉もにない。

サイクロンのような自然災害は毎年のようにこの国を縦断し、洪水は日常茶飯事であり、地下水には砒素が混じっている。(砒素で危険だと言われても飲むしかないバングラデシュの人々

食べ物に虫が混じることもたまにある。レストランのコップも底にコケがたまっているような不潔なものだった。それに大騒ぎしていたらバングラデシュでは生きていけない。静かに受け入れるしかない。

貧困層の宿泊所に泊まれば、ベッドには南京虫が這い回っており、マラリアを運ぶハマダラ蚊が窓の隙間から入ってくる。

中級ホテルに泊まっても、設備はあちこちが壊れており、備品は切れているし、鍵すら満足にかからない。また、トイレも非常に汚く、個室に入るだけでも恐ろしい。

どこに行くのも途上国らしい障害とトラブルが発生する

ゆすり、たかり、脅迫、ワイロの要求、約束の不履行、来ないバス、壊れた船、動かない列車と、何をするにもどこに行くのも途上国らしい障害とトラブルが発生する。

単なる旅行者でさえそういう目に遭うのだから、この国の国民は恒常的な貧困で明日も分からない状況で暮らしている。

ストリート・チルドレンも駅や路上で寝ているし、ダッカの一角では、ホームレスの家族が数百人も集まって一斉に雑魚寝する広場のような場所すらある。テントすら持たないホームレス家庭も多かった。

ダッカの少し郊外に行ったところでは、やはり川のそばにスラムとも呼べないテント群があって、子供から老人、障害者までそこで暮らしていた。

環境も悪く、ハザリバーグは近寄っただけで異臭を放つどうしようもないほどの汚染地帯だ。(凄まじい環境破壊の中にあるバングラデシュのハザリバーグ

そういう環境の中で立派な道路があったりすると、「日本のODAで作られたんだ。日本人には感謝している」と言われたりすることもある。

しかし、インドと違ってなぜかバングラデシュの悲愴さを感じないのは、もしかしたらバングラデシュ郊外の見渡す限りの水田や自然がとても美しいのと、行き交う女性もまた美しいからなのかもしれない。

バングラデシュも他民族国家で、たくさんの民族が共生しているのだが、私が好きなのはベンガル系の顔立ちをしたベンガル人の女性である。

今でも私の中ではインド人と言えばベンガル人を思い出すほどベンガル女性の印象は強い。褐色の肌、小柄、小さな顔、大きな目……。

バングラデシュは、客観的に見るとまったく旅に適した国ではない。それなのに、バングラデシュに憧憬があるのは、まさにこの国の女性の美しさに惹かれているからかもしれない。

穏やかな表情を見せる少女。バングラデシュの女性は、どの女性もサリーやパンジャビードレスの着こなしがおしゃれだ。

バングラデシュでは郷愁ではなく異邦感を感じた

バングラデシュは、ベンガル州が半分に割れてできたような国なので、ベンガル州が誇るコルカタの人たちと、バングラデシュのベンガル人は、国は違えど人種は同じである。

コルカタの売春地帯で知り合った多くの女性も、ベンガル人だった。中にはバングラデシュからやってきたという女性も普通にいた。

インド人とひとことで言っても、いろんな人種がいて、たとえば北部の人たちはほとんど白人に近いような人がいたり、南部にはほとんど黒人と大差ない肌の人がいたりする。

また、東南アジア系のような人もいれば、東アジア系のような人もいる。ネパーリーは日本人がサリーでも着て立っているのかと思うほど日本人の顔立ちに近い人もいる。

私がはじめてインドはコルカタで、何度も繰り返し訪れたのもコルカタだ。この街はインド有数の大都市で、印象的で忘れられなかった。

そうなると、バングラデシュという隣国に関心が向いたのも当然のことで、最後にはインドからバングラデシュに向かうことになった。

コルカタからダッカに入ると、なぜか、バンコクからカンボジア・プノンペンに入ったときの感動をデジャヴーのように思い出した。

「大都市から自然が残る途上国の都市に降り立った」というイメージが、似ていたのかもしれない。

しかし、プノンペンは郷愁を感じたが、バングラデシュでは異邦感を感じた。インド人なのにイスラム文化が混じり、一種独特の雰囲気がそう思わせたのかもしれない。


バングラデシュの女性の方が優しくて穏やかだった

バングラデシュの郊外に泊まり、夜中に虫の鳴き声を聞いていると、ふと自分が知らない間に遠いところに来ているんだと深い感慨に包まれたものだった。

「遠いところ」というのは、地理的に遠いという意味ではなく、心理的に遠いと感じたという意味である。

アメリカやメキシコは地理的に遠い国だ。しかし、そこに訪れても、心理的にはそれほど遠い国だとは感じなかった。しかし、バングラデシュは地理的にはアメリカよりも近いが、私にとって「遠い」と感じさせた。

それはバングラデシュという国が、教科書的な知識以外にまったく馴染みのないものだったからだろう。

私でさえそうなのだから、大半の人にとってバングラデシュは馴染みも関心もないに違いない。

しかし、この国を長い時間をかけてさまよい歩き、女性たちに慣れ、途上国特有の何もかもうまく行かない旅の予定に振り回されながらも旅を続けて去ってみると、非常に印象に残るのである。

そのインパクトは、インドよりも強いかもしれない。

嬉しかったのは、女たちの性格が一般的にインド人よりも、ずっと穏やかで接しやすかったことだ。同じベンガル人なのに、女性の気質が違うのは面白いと思う。

日本でも地域によって女性たちの性格が違うとよく言われる。たとえば、京都や九州の女性は特異な性格があってすぐ分かるという人もいる。

それと同じことが、コルカタのベンガル女性と、バングラデシュのベンガル女性の違いで感じる。

何が違うのかとよく考えてみれば、最も大きかったのは、バングラデシュでは激しい拝金主義がなかったことだ。それだけでも助かった。

気を許すと持っているものが必ずなくなるのはインドと同じだが、総じてバングラデシュの女性の方が優しくて穏やかだったように思う。

旅するにはハードな国だが、今でもバングラデシュを再訪してみたい気持ちは強い。



バングラデシュの女性たちは美しい。旅するにはハードな国だが、今でもバングラデシュを再訪してみたい気持ちは強い。

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