
「Fortune Tobacco」はフィリピンの地場たばこ企業だ。長いあいだ、フィリピンのたばこ産業の中心で存在感を示してきた企業でもある。創業者ルーシオ・タンは1940年代初頭に中国福建省アモイからフィリピンへ移住した中国系移民である。たばこが敬遠される中で彼のLTグループはどうなるのだろうか?(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
フィリピン最大のたばこメーカー
フィリピンをうろついている旅人ならば、きっと誰かが「Fortune Tobacco」を吸っているのを見たことがあるはずだ。アンヘレスのゴーゴーバーの女性も、たまにこれを吸っているのを見かけた。
いくつか種類があるのだが、メンソールの強い東南アジア独特の風味のたばこもあって、女性たちには人気だった。
「Fortune Tobacco」はフィリピンの地場たばこ企業である。長いあいだ、フィリピンのたばこ産業の中心で存在感を示してきた企業でもある。創業者ルーシオ・タンは、例によって1940年代初頭に中国福建省アモイ(厦門)からフィリピンへ移住した中国系移民である。
彼は1960年代後半に中小メーカーを買収しつつ設備を拡張し、低価格帯ブランドを武器に市場へ浸透させた。「Hope」「Fortune」「Champion」といったブランドは、価格優位と広い流通網によって全国へいっせいに広がった。
1990年代には国内シェアの過半を押さえ、同社はフィリピン最大のたばこメーカーとして確固とした地位を持つようになった。これによってルーシオ・タンの名は内外に知られることになっていった。
ルーシオ・タンは葉たばこ農家との直接契約や製造工程の自動化を取り入れ、原材料調達から販売までのコストを下げた。他社が広告投資で市場を維持する中、Fortune Tobaccoは価格競争力に徹したことで、フィリピンの貧困層にも支持された。
フィリピンのたばこ税は2000年代以降段階的に引き上げられたが、同社は生産効率の改善と販売量の維持によって利益を確保した。
外国勢ではフィリップモリスが幅を効かせているのだが、低価格帯を押さえていた同社は今も健在だ。ただ、2000年代後半になると業界全体が急激に変化して、同社を苦しめ始めていた。
背景に何があったのかは、言うまでもない……。
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現代のソドムとゴモラ。堕落と快楽と貧困とマネーが渦巻くフィリピンの売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。
フィリップモリスとの合弁で何が起きたか?
フィリピンでも喫煙率の低下、健康意識の向上、政府による政策の強化、たばこ税の引き上げなどが相次いでいて、社会全体がたばこ業界を締めつけ始めていた。特に2013年あたりから、低価格帯たばこの税負担は段階的に増加した。
安価なブランドほど増税幅が大きく設定された。Fortune Tobaccoにとって、この税制変更は従来の強みを消し去るほどのダメージとなった。
ところが皮肉なことが起きた。
これらの悪環境が逆にFortune Tobaccoをより盤石な経営環境にしていったのだ。Fortune Tobaccoはフィリップモリスとの合弁会社「PMFTC」の設立を選択した。これによって、PMFTCはフィリピン市場の過半を占める強い寡占体制を形成するに至った。
フィリップモリスが持つ高価格帯ブランドと、Fortune Tobaccoが蓄積してきた中低価格帯のラインナップが組み合わさったことで、企業としての戦略幅は大きく広がったのだ。
製造の効率化に加え、広告規制強化の中でもブランド維持を可能にする統合的な運営が進められた。高価格帯ブランドは税負担が重くても販売量が維持されやすく、低価格帯ブランドも統合されてコスト管理が進んだ。
結果として、2010年代後半以降の市場縮小局面でも収益性は比較的安定し、市場支配力はますます強くなっていったのだ。
市場の参入障壁が高まり、他のたばこ企業は生き残りが難しくなった。PMFTCの支配力が強まっていくと、販売網や製造設備の規模で太刀打ちできないからだ。
結局、他社の事業縮小や撤退が相次いで国内たばこ市場全体は縮小していくのだが、PMFTCはその中で圧倒的なまでに優位な位置を保持することになったのだった。老獪な経営者であるルーシオ・タンの勝利だった。
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ルーシオ・タンの「たばこ帝国」
ルーシオ・タンは256億ペソの脱税で物議を醸した経営者なのだが、事業を次々と拡大していくその手腕は恐るべきものがあった。Fortune Tobaccoを含む彼の母艦企業が「LTグループ」なのだが、同社の事業も日銭が入るたばこ企業がコアの収益基盤となっている。
LTグループは長年にわたり、たばこ事業から生まれる現金収入を他の事業へ振り分ける経営手法を採用してきた。たばこは需要が比較的安定し、税負担が大きくても一定の収益を確保しやすい性質を持っている。だから、余裕が生まれたら他の事業を買収しては巨大化していったのだ。
たばこによって、景気変動に左右されにくい構造が自然と形成されたと言っても過言ではない。まさに「たばこ帝国」である。
ちなみに、このたばこの資金が、PNB(フィリピン・ナショナルバンク)の運営や拡大にも使われてきた。PNBは国内で長い歴史を持つ銀行であり、LTグループが持つ資本力が安定運営の基盤になっている。
銀行業は資産規模の大きさと信用力が重要になる。そのため、たばこ事業からの継続的な資金供給は明確な強みとなる。金融業とたばこ業という組み合わせは非常に異質に見えるが、リスク分散の観点では非常に効果的だったのだ。
片方の収益性が揺らいでももう片方で支える体制ができる。
飲料事業も同様である。Asia Breweryはフィリピン国内でビール、清涼飲料水、ボトルウォーターを幅広く展開している。ここでも、たばこ事業の規模の大きさがブランド投資や製造設備拡張の財源として役立った。
飲料市場は競争が激しく、広告費や流通網の維持に大きな資金が必要になる。LTグループはたばこ事業の収益を注ぎ込むことで、国内の競争環境に耐える基盤を整えてきた。財務的な裏づけが強いことで、価格競争や市場変動の中でも比較的安定して売上を維持している。
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LTグループは今後も影響力を行使し続ける
LTグループは、もちろん不動産事業にも進出している。「イートン・プロパティーズ」だ。不動産開発は初期投資が大きく、回収までの期間が長いのが一般的である。短期的に大きな利益を生む事業ではないが、長期的な資産形成には直結する。
LTグループはたばこ事業の高収益によって、この長期投資を成立させてきた。
不動産は賃貸収入だけでなく、資産価値の上昇によってグループ全体の資本力を強化する効果を持つ。結果として、たばこ・飲料・金融・不動産が互いに補完し合う構造が形成されている。
たばこ事業は規制の影響を強く受けるが、それでも一定の売上を確保しやすい。他方で、銀行や不動産は景気の波を受けやすいが、中長期で安定的に資産を積み上げる仕組みを持つ。
収益源の性質が異なる複数の事業を組み合わせることで、LTグループはリスクの偏りを避ける構造を築いてきた。
いわば、たばこ事業が生む強固なキャッシュフローを土台に、他の事業が拡大していく形が一貫して維持されてきたのだ。そういう意味で、ルーシオ・タンが作り上げたLTグループは、経済危機や不景気などの防御には徹底的に強いグループになっているとも言えるだろう。
今後、たばこ規制はより厳しく、健康意識も向上してたばこに関する需要は減っていくに違いない。だが、LTグループは銀行、飲料、不動産など複数の事業を展開しており、たばこ事業に依存しすぎない体制をすでに築いている。
現在、ルーシオ・タンは91歳なのだが、彼が亡くなったとしてもLTグループはフィリピンの巨大財閥のひとつとして影響力を行使し続けるはずだ。たばこというビジネスがフィリピンに強固な経済基盤を持つ財閥を生み出したとも言える。







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