カンボジアでも世襲政治がおこなわれ、その背後で中国が侵略に虎視眈々と動く

カンボジアでも世襲政治がおこなわれ、その背後で中国が侵略に虎視眈々と動く

今後10年間、カンボジアはどのような方向へ進むのかは、現状を見ればあきらかになってくる。今は、フン・センが院政を敷いているが、フン・センが高齢で死亡するか認知が低下したとき、息子フン・マネットの後ろ盾になるのはまぎれもなく中国である。悲惨なことになる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

世襲のぼんくらは、中国には都合が良い

カンボジアは、長年の一党独裁とフン・センの強権政治のもと、政治的な自由や透明性が制限されてきた国である。

フン・センが1985年に首相に就任して以降、権力は人民党によって握られ、反対派やジャーナリストへの圧力が常態化した。その結果、カンボジアの政治構造は極めて閉鎖的で、特権層が権力を独占する形となっている。

2023年7月の総選挙では、フン・センの長男フン・マネットへの権力移譲が公然とおこなわれた。この選挙は、事実上の信任投票であり、選挙法の改正や野党の排除を経て進行したものであった。

結果的に、父親から息子への政権引き継ぎとなり、国民不在のままフン・マネットが新首相として就任したが、これはカンボジアの政治構造が依然として閉鎖的であることを示すものだ。

中国は長年にわたりカンボジアの最大の投資国であり、フン・セン政権と強固な関係を築いてきた。

カンボジア政府は中国からの経済支援を受け入れる代わりに、南シナ海問題など国際的な課題で中国寄りの立場を取るようになった。この経済支援は、インフラ整備、不動産開発、カジノ産業への投資を通じて進行し、カンボジア国内で中国の影響力が急速に拡大している。

カンボジアの政治的世襲と中国の影響拡大が相互に絡み合いながら、社会全体にどのような影響を与えているのか。特に、フン・マネットが首相に就任した今後10年間、カンボジアはどのような方向へ進むのか。

それは、現状を見ればあきらかになってくる。今は、フン・センが院政を敷いているが、フン・センが認知が低下するか高齢で死亡するかしたとき、フン・マネットの後ろ盾になるのはまぎれもなく中国である。

フン・マネットが「世襲のぼんくら」であればあるほど、中国にとっては有利となる。これは中国による実質的なカンボジア支配になる前兆であるともいえる。

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将来のどこかでカンボジアは「債務の罠」に

フン・マネットが正式に首相に就任したのは、2023年8月22日だ。カンボジア国民は、べつにフン・マネットを支持していたわけではない。

2023年の総選挙は、ひどかった。フン・セン首相が野党を弾圧して選挙から排除し、投票ボイコットの呼びかけを罰する法改正がおこなわれ、反対意見を表明する自由が制限され、政権に批判的なメディアのウェブサイトが国内で閲覧不可となるよう規制された。

つまり、この選挙は民主的でも何でもなく、ただの茶番だったのだ。

結局、フン・センの思惑どおり、政権が長男に引き継がれたことで、カンボジアの政治的世襲は公然のものとなり、国際社会からの批判も増加した。欧州連合(EU)はカンボジアへの制裁措置を強化する可能性を示唆しており、国際的な圧力がカンボジア政府に対して強まっている。

フン・マネットが「世襲のぼんくら」なのか、それとも「狡猾な二代目」なのかは、今のところまだ何ともいえないところがある。「世襲のぼんくら」であれば、父親の威光がなくなったときにカンボジアは深刻な政治変動が起こるだろう。

そのときに、中国が裏側で自分たちの利するように動くのは歴史が示すとおりだ。すでに中国は着々とカンボジアの侵略を進めている。

現在、カンボジアの公的債務の約5割は中国からの借款によるものであり、2020年末時点で公的債務残高は対GDP比で23%に達している。この数字は、カンボジアの債務が増加し続けていることを示している。

さらに、シアヌークビル特別経済区の開発やリアム海軍基地の拡張工事など、中国資本がかかわる大規模プロジェクトが相次いで進行中である。これらのインフラプロジェクトには、中国からの数十億ドルに及ぶ投資がおこなわれており、その一部にはカンボジア政府の保証が付いている。

このような中国の巨額投資はカンボジアの経済発展に寄与するのはたしかだが、カンボジアが経済不況になったとき、この巨額投資がカンボジア政府の致命傷となる。つまり、将来のどこかでカンボジアは「債務の罠」に陥るリスクがある。

カンボジア政府が設定した公的債務の上限はGDP比55%であるが、どこの国でも公的債務は増えていくものだ。現時点ではまだその半分程度にとどまっている。しかし、インフラプロジェクトが増えるにつれ、カンボジアの借款依存度はますます高まる。

そうなると、中国の経済的・政治的介入はますます深まっていくだろう。

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カンボジアはすでに中国の軍事戦略の一部か?

フン・マネットはアメリカの陸軍士官学校であるウェストポイントを卒業し、英国のブリストル大学で経済学の博士号を取得している。

立派な経歴だが、これは「いいところのボンボン」が親の威光で箔をつけただけの話であり、フン・マネットが本当に素晴らしい資質を持っているとは限らない。まれに見る「世襲のぼんくら」かもしれないのだ。

父親のフン・センとは異なるアプローチを取る可能性があるが、実際には父親が築いた政治的ネットワークや既得権益層の影響が依然として強く、新たなリーダーとして自由に政策を展開することは難しい。

新政権が「若返り」を掲げているにもかかわらず、閣僚や主要なポストにはフン・センの側近や親族が多数就任している。

たとえば、州知事や国立銀行の要職にも、親族が続投している状況である。このような人事は、見た目は新しく見えるが、実質的には旧来の権力構造が温存されていることを示している。

中国はカンボジアに対して、経済的支援のみならず、軍事的協力も進めている。かつて、私がさまよい歩いていたカンボジア南西部のシアヌークビル州には、リアム海軍基地がある。

じつは、この基地の拡張工事に中国が関与しているという指摘もある。自国の軍事基地を他国に関与されるのだから尋常ではない。これは、カンボジアがすでに中国の軍事戦略の一部に組み込まれている可能性を示唆している。

もしこの基地が中国海軍の拠点となれば、カンボジアはアジア太平洋地域における中国の戦略的前哨基地としての役割を果たすことになる。

また、中国からの投資は不動産開発やカジノ産業にも及んでおり、シアヌークビルなどの都市は急速に中国資本によって再開発されている。大量の中国人労働者の流入もあり、シアヌークビルは中国に乗っ取られたような状況になっている。

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おそらくそれは、カンボジアの悲劇になる

フン・マネット政権の今後の展開について、私はそんなに楽観視していない。そもそも、フン・マネットは何もできないだろう。フン・センは上院議長に就任し、事実上の院政を敷いているからだ。

フン・マネットの政治的自由度は限られている。最初からフン・センのコマとして動くだけの存在に過ぎない。そして、そのフン・センも年齢によって衰えるか死ぬかしたら、今度は中国のコマになる。

いくらフン・マネットが欧米で教育を受けたといっても、カネでフン・マネットの両頬を叩いているのは中国である。今後も中国の影響力が増大し続ける中で、カンボジアは中国寄りの政策を強いられる可能性が高い。

中国からの借款が増加する中で、カンボジアが債務の返済に行き詰まった場合、中国はさらなる政治的・軍事的影響力を行使するはずだ。たとえば、リアム海軍基地が中国海軍の拠点となることで、カンボジアは完全に中国の属国と化す。

カンボジア国内の経済格差や環境問題もフン・マネットは解決することはできない。(ブラックアジア:カンボジアの貧困と高利貸し《アングリョル》は切っても切れない深刻な問題だ

中国企業による乱暴で粗雑な開発が進む一方で、地元住民の生活基盤が脅かされ、環境破壊が広がっている。土地接収や不当な開発に対する住民の抗議活動が増加しているが、カンボジア政府は中国資本との関係を優先し、これらの問題に十分な対応をしていない。

カンボジア政府は、自国民よりも「中国さまさま」なのだ。

今後、カンボジアが中国依存から脱却し、真の自立を果たすためには、透明性の高い政治改革と国際社会とのバランスの取れた関係が求められる。しかし、現状のままでは、そのような変革が実現することはないだろう。

このまま中国の影響力が拡大し続けるならば、カンボジアの主権や国民の生活はさらに危機にさらされることになる。中国のカネが流れ込んでいるので、カンボジアは当面は経済成長するだろうが、いずれカンボジア国民はそのツケを中国に支払わなければならない。

おそらくそれは、カンボジアの悲劇になってしまうのだろう。

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