
タイ語とクメール語(カンボジア語)はまったく違う。あるとき、カンボジアの女性の、話すささやくようなクメール語に惹かれたこともあったのだが、それはタイ女性の話すタイ語では感じたことのないような語感だった。そしてタイ語とクメール語の違いのことに想いを馳せて、複雑な気持ちになった。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
それぞれの民族・地域で話す言葉が違う
東南アジアは国と国が何百年もひしめき合っている。何百年どころか、何千年も、と言った方がいいかもしれない。しかし、それぞれの民族、それぞれの地域で、話す言葉が大きく違う。
挨拶ひとつ取っても、タイ語、クメール語(カンボジア語)、ベトナム語、マレー語、タガログ語(フィリピン)、インドネシア語、ビルマ語(ミャンマー)ではまるで違う。何百年も国が隣り合っているにもかかわらず、そうなのだ。
私はすべての言語に通じているわけではないので細かくはわからないが、互いに似たような言葉もあったりするだろう。共通する単語もいくつもあるはずだ。たとえば、タイ語とラオ語(ラオス語)は近しい言葉であるという。
しかし、タイ語とクメール語などはまったく違うのでタイでクメール語を話しても当たり前に通じないし、インドネシアでタイ語を話してもやはり通じない。
以前、タイ、カンボジア、シンガポール、インドネシアをぐるりと回って最後にまたタイに戻る旅をしたことがあったのだが、いつしか、うろ覚えで覚えた単語がタイ語だったのか、インドネシア語だったのか、クメール語だったのか、わからなくなったこともあった。
そのとき、「東南アジアというブロックでひとつの言葉にしてくれたら便利なのに」と無邪気に思わずにはいられなかった。互いに通じないよりも、通じる方が便利に決まっているからだ。
しかし、言葉は融合しなかった。単語も語法も共通化しなかった。融合したほうが便利なのに、そうならなかった。
もっと細かく言えば、ひとつの国の中でも未だにまったく違う言語が話されていることも珍しくない。フィリピンの中にもタガログ語以外にセブアノ語(ミンダナオ)だとかイロカノ語みたいな言葉もある。インドネシアもインドネシア語が国語だが、国内ではジャワ語だとかスンダ語などがある。
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タイ語とクメール語は、言語の起源が違っていた
タイ語とクメール語(カンボジア語)は、その響きがまったく違った。カンボジアの女性の、話すささやくようなクメール語に惹かれたこともあった。
もちろん何を言っているのかわからないのだが、クメール語の音感に惹かれた。クメール語で頻繁に使われるKnh-om (クニョム)だとか、aa (アー)という言葉の響きが、私にはとても心地良く聞こえたのだ。
優しい性格の女性がクメール語を話すと、本当に女性らしさが際立つ。
そのときにふと、「このクメール語の心地良さはタイ語にはないな……」というのも気づいたのだった。タイとカンボジアは隣り合っているのに、まったく違う言語なので、タイ語を話すタイ女性には似たような感覚を覚えたことはなかった。
クメール語のこの音感を浴びたいがために、カンボジアの女性と一緒に長く時間を過ごしたこともあった。それくらい私はクメール語の響きや「語感」が気に入っていたのだ。
これは個人的な感覚で、あくまでも私がそう感じているというだけで一般的なものではない。あと、もし私がそれぞれの言葉を流暢に話せていたのであれば、また違った感慨があったのかもしれない。
あくまでも私が言っているのは、それぞれの言葉を音楽的に聞いた上での個人的感想に過ぎない。しかし、隣り合っている国なのに、タイ語とクメール語はまったく違う感じがして、それが自分でも興味深かった。
あるとき、このふたつの言語を調べるうちに、面白いことに気がついた。現在話されている言葉というのは、だいたい昔をたどっていくと、どの言葉にも「言葉の起源」というものがある。
東南アジアの言葉も、それぞれ言葉の起源を探っていくと、その起源になった「言葉の原郷」にたどり着く。タイ語とクメール語はどうなのだろうか。実は、両者は「言葉の原郷」を異にしていたようなのだ。
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クメール王国の衰退と、南下してきたタイ族
クメール語は、モン・クメール諸語に属しており、その起源は「アウストロアジア語族」になるという。タイ語は、カム・タイ語派に属しており、その起源は「シナ・チベット語族」となるという。
ちなみに、ベトナム語はクメール語と同じ「アウストロアジア語族」の方に属するのだという。ラオ語(ラオス語)は、タイ語とかなり似ていて同じカム・タイ語派であるのは明白だ。ちなみに、タイ族と、ラオ族も、同じ民族である。
東南アジアで、このように起源が違う言葉が話されているというのは、言うまでもなく民族が違っていたからに他ならない。
タイ人とカンボジア人は、部外者から見ると同じ民族に見える。だが、この両者は明確に民族から歴史から文化まですべてが違う。
カム・タイ語派の言葉は中国の雲南省が発祥ではないかと言われているが、そうだとしたら今のタイ人の祖先は中国から南下してきた人たちだったとも考えられる。
クメール族はもともと東南アジア全域を支配していたアンコール王朝(クメール帝国)の末裔だ。東南アジアを支配していたクメール王朝の全盛期は12世紀頃だと言われている。
この帝国が衰退するに従って、南下してきたタイ族がクメール王朝の領土をはぎ取って大きくなった。そして、現在の形になっているのだが、それは数百年にも及ぶ争いの歴史でもあったのだ。
今、このタイ族とクメール族が国境問題で激しく争っているのだが、どちらも譲れないのは歴史的な軋轢もあるからだ。(ブラックアジア:国境問題から始まったタイとカンボジアの衝突は紛争から戦争になっていくのか?)
両者の争いは今に始まったことではなく、数百年も前からずっと続いていたものだったのだ。
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言葉は、憎悪によって分断されてしまう
タイ族もこれだけ強大な力でクメール王朝を蹴散らして東南アジア全域を支配できたのであれば、なぜ東南アジア全域はタイ語で共通化されなかったのだろうか。やはり、ここに「民族憎悪」があったからではないだろうか。
クメール族にしてみれば、タイ族からは領土を奪われ、権威を奪われ、身内を殺されたという歴史を持っている。そんな人間たちの言葉を、どうして覚えたいと思うだろうか。同じことはタイ族にも言えるはずだ。
こうした歴史を抱えていると、部外者がいくら調停やら仲介を申し出たとしても、それですんなり収まるわけではないことがわかる。骨肉の恨みが染みついていて、一時的には収まっても、すぐにぶり返す。
別にタイとカンボジアだけの話だけではない。世界中でそうなのだ。こういった衝突を見ると、民族憎悪というのはすぐに消え去らないということが理解できる。それは100年たっても200年たっても消えることはない。
それは民族全体が抱えたPTSD(心的外傷後ストレス障害)と表現してもいいのかもしれない。
民族も言葉もまったく違うというのは、相互理解よりも相互憎悪の方が深まりやすく、どこの国でも隣国同士は仲が悪いからだった。相手の文化も伝統も言葉も「積極的」に拒絶した結果だったのだ。
ヨーロッパでも、それぞれの国、それぞれの民族では、常に戦争があって、民族憎悪があった。今でも隣国同士は基本的に仲が悪い。EU(欧州連合)も、うまく回っているときはいいが、いったん歯車が狂うと相互不信が噴出する。
何百年も隣り合っていて言葉が融合できなかったのは、結局こういうことだったのだろう。「民族憎悪」「隣国憎悪」が言葉の共通化を邪魔しているのだ。
相手の言葉を受け入れて自分たちの文化の中に融合するというのは、その前に相手の文化や歴史が尊重できなければならないということでもある。憎悪があれば、尊重も何もない。
だから、言葉は憎悪によって分断されてしまう。







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