
人類の歴史を振り返れば、嗜好品はつねに厳しい規制や非難を受けながらも消えることはなかった。アルコールも一時期は「禁酒法」によって国家が全面的に禁止した時代があったが、結果として密造酒や闇市場を生み出しただけに終わった。ニコチンによる快楽も人類は捨てられるのだろうか?(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
統計を見れば明確に階層による違いが存在する
私が愛した東南アジアの貧困層の女性たちは、タバコを吸っている女性が多かった。そのため、私はタバコを吸っている女性にとても強い憧憬があり、それがタバコ銘柄を保有し続ける動機にもなっている。
フィリップモリス株は売ってしまったが、それはこの企業のCEOが「煙のない未来」とかきれい事を言って、紙タバコに対して憎悪とも取れるような発言に深く深く失望したからでもある。
ところで、この喫煙なのだが、WHOの報告では、世界中の約13億人超の喫煙者のうち 約80%が低所得国・中所得国に住んでいるということがわかっている。つまり、たばこ使用が先進国よりも経済基盤が弱い国でより広がっているという構図がある。
喫煙による死亡や健康被害の割合も、低中所得国でより重くなっている。
喫煙は個人の嗜好として語られることが多いが、統計を見れば明確に階層による違いが存在するのが興味深い。特に、所得や学歴といった社会経済的要因と喫煙率のあいだには強い関連がある。
実は、日本でも世帯所得が高い層ほど喫煙率が低く、逆に低所得層ほど喫煙率が高い傾向が示されている。たとえば、年収600万円以上の世帯に属する成人男性の喫煙率は20%を下回る一方で、年収200万円未満の層では30%を超える。
女性においても同様の傾向があり、所得階層が低くなるほど喫煙者の割合が高くなっている。タバコの値段はけっして安いものではないのだが、それでもタバコは貧困層の嗜好品だったのだ。
もちろん、富裕層でも喫煙を好む人は大勢いる。だが、富裕層は教育水準が高く、健康リテラシーが高いため、統計的に見ると禁煙に取り組む人が多い。それが健康に悪いとわかっているので、「人生を長く楽しむため」に禁煙するのだ。
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なぜ貧困層はタバコを吸いたくなるのか?
富裕層のコミュニティでは喫煙率が低下している。そのため、周囲の人間がタバコを吸わない環境が当たり前になっている。
反対に、貧困層のコミュニティでは依然として喫煙者が多数を占めるため、自然と喫煙が習慣になる人が増える。タバコを吸わないと共同体に入れないような場面もあったりする。
それにしても、なぜこんな差になるのだろうか。そもそも、なぜ貧困層はタバコを吸いたくなってしまうのだろうか。これに関しては諸説がある。
たとえば、肉体労働や単純労働に従事する人々は、休憩時間の習慣として喫煙を受け入れる文化が根強い。建設現場や工場、運輸業などでは「一服」が労働の区切りとして当たり前に存在している。
長い伝統と習慣として、喫煙が労働の一部として組み込まれている。
この職場環境の習慣は、新しく入った労働者にも自然に受け継がれていくため、個人の意思とは関係なく喫煙が生活に入り込む。こうした環境に置かれることで、喫煙は単なる嗜好品ではなく、労働文化に埋め込まれた行動として固定化される。
また、低所得の人々は経済的不安に常時さらされ、家計が破綻する恐れや将来の生活の見通しのなさに苦しんでいる。そうした心理的負荷は強いストレスとなるのだが、その一時的な解消手段としてタバコを吸う行動につながっていると考える人もいる。
喫煙は即効的にリラックス感をもたらす。そのため、慢性的にストレスを抱える環境下では「もっとも身近で利用可能な対処法」として定着してしまう。
結局、そんなわけで貧困層が多く住む地域では喫煙者が多数派を占めるため、周囲の人間関係の中で喫煙が容認されやすい。近隣や家族に喫煙者が多い環境では、タバコを吸わないことのほうが例外となり、喫煙が社会的な常識として共有される。
タバコを吸う親を見て、子供もまた早いうちからタバコを吸うようになる。
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みんなタバコを吸っている光景
貧困層の多くがタバコを吸い続け、富裕層がタバコをやめてしまうのはなぜか。それも、ひとつの要因として「教育格差」を上げる専門家がいる。教育水準の高さはそのまま健康リテラシーの高さに直結する。
高学歴層は健康関連の情報に触れる機会が多い。喫煙が肺がんや心疾患、慢性閉塞性肺疾患などを引き起こすことを具体的に理解している。そのため、早い段階で喫煙を避けたり、喫煙習慣があっても禁煙に成功する確率が高い。
一方で、低学歴層では健康教育の機会が乏しい。学校で学んだ内容が十分でなかったり、家庭環境で健康に関する意識が形成されにくいことが多い。貧しい国の貧しい女性たちなどは、そもそも教育すら受けていない。
タバコが身体に悪いことは本能的に知っていても、なぜ悪いのか、どのようなメカニズムで病気を引き起こすのかといった具体的な理解はない。そのため「害はあるがすぐに影響が出るわけではない」という認識になり、喫煙を続けることになる。
私の知り合ったインドネシアの女性なんかは、会ったときから寝るときまで、ずっとタバコを吸い続けていた。インドネシアのタバコは非常に強いニオイがするタバコが多いので、一緒にいる私もたった一日でタバコのニオイがする男になっていた。
彼女はタバコが自分の健康を害することは知っていたが、だからと言って気にしているふうでもなかった。まだ20代の彼女にとって、喫煙で自分が病気になることなど想像もできなかったのだろう。
インドネシアの貧しい集落《カンポン》に潜り込んでいると、祖父も、父も、母も、子供も、みんなタバコを吸っている光景を目にすることもある。
低学歴の親が喫煙を続ける家庭では、子供も自然に喫煙行動を目にし、それを当たり前の習慣として受け入れるが、貧しいカンポンを見ていたら理解できる。親を見て子は育つのだ。
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タバコ企業はいまだに巨大な利益を上げている
タバコは世界的に禁じられようとしている。だが、私は人間が一度覚えた嗜好品は絶対に手放さないと考えている。アルコールも、ニコチンも、ドラッグも、それがある種の快楽を生み出すとわかったら、それは「人類の宝」として継承されるのだ。
そのため、今でこそタバコは害悪として規制されているのだが、人類がニコチンという「快楽」を捨てるなんて絶対にないと確信している。
人類の歴史を振り返れば、嗜好品はつねに厳しい規制や非難を受けながらも消えることはなかった。アルコールも一時期は「禁酒法」によって国家が全面的に禁止した時代があったが、結果として密造酒や闇市場を生み出し、逆に社会を混乱させただけに終わった。
最終的に人々の欲望を抑えきれず、酒はふたたび合法化されて今も世界中で消費され続けている。タバコ(ニコチン)も同じである。たとえ各国が規制を強めても、喫煙は形を変えて残る。
紙巻きから電子タバコ、加熱式、ニコチンパウチへと変遷してきたように、人類はつねに「ニコチンを享受する手段」を工夫し続ける。これは単なる依存ではなく、人間が生理的に快楽を求める存在である以上、避けられない現象だ。
快楽をもたらすものは文化として受け継がれ、次の世代に引き継がれる。音楽や美食と同様に、嗜好品は「生きることの一部」として定着する。ドラッグに関しても、規制と解禁を繰り返す国が増えている現実が示すのは、人類が快楽を徹底的に排除することなど不可能だからだ。
したがって、人類は社会が規制しようが何だろうが、何とかしてニコチンから得られる快楽を残そうとするだろう。タバコ産業の規制も、そういえば25年くらい前からずっと言われていたはずだ。
だが、タバコ企業はいまだに巨大な利益を上げている。







コメント
低所得層はタバコを買うより
巨大タバコ会社の株式をひたすら買ったら
いずれは底辺から脱出できますが
彼らは投資資金がほぼないし
マネーリテラシーもないので
また投資する期間が数十年かかるので
しないみたいです。